第11話 後悔して少女、初めから


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~楊花視点~


昼休み、中庭のいつものベンチに座る。

そこで独り弁当を食べる。先輩の事をずっと追いかけていたから一人なのは仕方ないんだよね。友達を作ろうとしなかったのは自分が選んだことだから。



「……あ、ほんとに来たっす」


でも今日も違う。

少し遅れてから先輩のお姉さんがやって来た。遅いから来ないんじゃないかと思ったけど……来てくれたんだ。

ちょっと私とタイプが違うから、何を話そうか迷うけど……来てくれて凄く嬉しい──何を話したら喜んでくれるんだろう。



(それに、お姉さんの顔を見ると何故か凄く安心する。やっぱり先輩に似てるからかな?──あと、本当に佇まいが凛々しくて綺麗な人だなぁ)



「私じゃ真似出来ないっすね……要領悪いもん。人の気持ちもわからない最低女だもん」


「ちょっと、結構えげつない独り言聞こえてんだけど、心の中だけにしときな?」


「あ、声に出てましたか……あっはは」


「まぁ良いけど……今日も一緒に良い?」


「はい!」


今日は前もってお姉さんが座れるスペースを開けている。それを見て嬉しそうに笑ってくれた……うん、やっぱり準備して待ってて良かった。

話題話題……お姉さんはヤンキーさんだから、やっぱり暴力の話が好きなのかな?



「人を殴るのはお好きですか?」


「おう?急にどうした?」


「ご、ごめんなさい……お姉さんヤンキーだからつい」


「言うようになったね~……お姉さんそっちの中川さんの方が好きだよ──それと今日は遅れてごめんね?……ちょっといろいろとやる事が有ったから」


「……そうなんですか?」


忙しいのかな?

でも、やる事があるのにこうやって来てくれるのは、私を気に掛けてくれてるんだよね……?

嬉しいな──でも負担になってないかな?この人の足を引っ張るのだけは嫌だよ……



私は恐る恐る聞いてみた。



「えっと……そういえばお姉さんって、どうして私に会いに来てくれるんですか?」


この質問に対し、優香は人差し指で頬を掻きながらバツが悪そうに答えた。



「ん?……ああ、まぁ……ちょっと一昨日、見ちゃってさ」


「あ……そう、でしたか」


これを聞いて楊花は悲しそうに項垂れる。



──やっぱりそうなんだ。あの現場を直接見て……それで何があったのか知ってるんだ。

きっと優しいお姉さんの事だから先輩とのやり取りを見て、私の事を気に掛けてくれたんだな……私ってば凄く凄く泣いてたから。



「先輩を悲しませた私を、怒ってないんですか?」


「雄治がアンタを嫌ってたら流石に怒ってたかも知れないけど……あの時はそんな感じには見えなかったんだよね。雄治はアンタを拒絶するのを苦しそうにしてたしさ」


「だから私を一言も怒らないんですね」


「まぁ……そんな感じ……」


「………ありがとう……ございます……」


「…………ん」


「…………」


「…………」


もうそれ以上の会話をする事はなかった。楊花にとってこの件は本当に重い話なのだ。すればこうなるのも必然。





──キーンコーンカーンコーン



「それじゃ、また明日ね」


「………はい」


去って行くお姉さんの後ろ姿を、私は手を振りながら見届けた。今日は私が暗い顔をしていた所為でお姉さんとあまり話せなかったな。楽しみな時間なのに……でも──


「先輩にも迷惑を掛けて、そのお姉さんにまで迷惑を掛けたくない……明日、言おうかな?」


もう来ないでって……

貴重なお昼休みを、私なんかへの同情の為に使って欲しくないんだから……




───────



「な、中川さん!!今までごめんなさい!!」


「……え?」


教室に入るなり、普段から私に陰湿な嫌がらせを続けている女子達が一斉に頭を下げてきた。

今朝も上履きを隠されたばかりなのに……今度は何を企んでるのかな……?



「あの……もう嫌がらせをしないから……知らなかったんだよ~、中川があんな怖い先輩の知り合いだなんてっ!」


「え?怖い先輩?」


「……こ、今度アンタに手を出したら、タダじゃ置かないって……沢山のヤンキーを引き連れて、私たちの所に来てさ……」


「それって……」


優香さんの事だ……絶対に間違いない。だってそんな知り合いは優香さんしか居ないもん。

あ、だから遅れて来たんだ……用事ってコレだったんだ……どうしよう。どう……しよう。



「……!!な、泣かないで下さい!!本当に殺されますよぉ~!!」


あ、わたし泣いてたんだ。

最近の私凄い泣き虫……恥ずかしい。


でもいつもとは何か違う。

これは悲しみの涙じゃない……これは嬉しくて泣いてるんだよね。


「ぐずっ、ゆ、許すけど……もう嫌がらせはやめて欲しいっす」


「二度と絶対にしませんっ!むしろ今日から中川……いえ中川さんの親衛隊になりますっ!」


「あ、そういうのは良いっす」


こう言ったのに、ずっとぺこぺこしていた。

まだ大した嫌がらせはされてないからそこまで恨んでないんだけど、それでも優香さん本当にありがとう。

私が学校に通いたくない理由を一つを解決してくれたっす。


今は良いけど、このまま彼女達の嫌がらせがエスカレートしてたら、きっとイジメに発展して、きっと学校にも通えなくなる位に追い詰められてました。


お姉さんと知り会ったのは昨日だけど……こんな短い付き合いで、ただ二度ご飯を一緒に食べただけで、雄治先輩の知り合いというだけで……どれだけ優しくしてくれるんだろう。



「返せないっすよ……こんな恩……」


周りに誰も居なくなった中、私はボソリと呟いた。



そして──



「このまま甘えるのは……だめっすね」


ある事を決意する。




─────────


そして次の日の昼休みを迎える。今日は遅れずお姉さんは私の元へとやって来た。そして目と目が合うと嬉しそうに手を振ってくれる。


その瞳を私は疑わない。

裏があるとか、何か企んでると……そんな事は考えてないと思う。だから善意で助けてくれてるんだと分かる。



「……昨日、お姉さんが遅れてしまった件……ありがとうございました」


「……え?ああ、なんかムカツクじゃん、ああいう連中。だから文句言っただけ。アンタが気にする事じゃないよ」


「……はい、そうでしたね……お姉さんはそういう人でした」


「え?そういう人ってどういう人?」


「…………」


照れ臭い時に話をこうやって逸らす所は先輩にそっくりだ。そしてやっぱりこの人にこれ以上の迷惑を掛けたくない。



「あの……明日から来なくて良いです」


「ふぁあっ!?きゅ、急にどうしたん?もしかしてマジで余計な事しちゃった系!?」


優香が激しく狼狽えるのを見て、楊花は慌てて言葉を付け加える。



「あ、いえ!そんな意味では……!言葉足らずだっただけですっ!私はお姉さんに迷惑を掛けたくないだけっすっ!お姉さんにも交友関係があると思うのでっ!」


「………え、何だそんなこと?──じゃあ顔も見たくないとか、そんなんじゃないの?」


「はいっ!!そんな事はあり得ません!!」


「な、なら良いけど……ふぅーマジ焦った」


優香はホッ胸を撫で下ろす。

楊花は気が付いてない様だが、毎日一緒にお昼を食べたり、嫌がらせされてるのを助けたのは、何も同情心だけではないのだ。


ただ単に優香はこの後輩を気に入ってる。

最初は雄治とどんな話をしたのか聞いて終わるつもりだったが、同級生から嫌がらせに遭ってると知り、その後にそれを助けたのは楊花と話しをして彼女の人柄を気に入ったからに過ぎない。


なんと言っても、こうして話せる後輩が出来たのは優香も何気に初めてだった。


二年の間では優香の噂は蔓延して全滅。一番身近な愛梨に至っては優香が良い感情を抱いていない。


なので楊花みたいに面と向かって喋れる後輩が出来て、実は優香もかなり喜んでいるのだ。



(お昼は高宮も生徒会の面々と真面目な話をしてる事が多いし、麻衣も彼氏のところ行ってるし──だから、この子と一緒に食べるのは……結構楽しかったりするんだよね……気遣える良い子だしさ)



「そうそう渡すものが有るんだけど……ほら」


「え、封筒ですか?」


優香がポケットから取り出して楊花に手渡したのは一枚の封筒だった。受け取った楊花は首を傾げる。



「とりま、開けてみ?」


「は、はい」


楊花がその封筒を開けると、中にはA4サイズの紙が入っており、それにはこんな事が書いてあった。



『会ったり話すのは無理だけど……チャットなら大丈夫だと思う    by坂本雄治』



黒マジックでデカデカと……そう書いてあった。



それを読んで楊花の手はプルプルと震える。



「せ、先輩……ほんとに、先輩がこれを……?」


「ふっ、まるで果たし状だろ?なんか手紙とか書くの初めてだから、うちの学校の生徒会長を参考にしたらしいよ?」


優香はずっと手紙を見詰めている少女の肩に、ソッと手を置いた。


ただ、これに関しては何も楊花の為だけではない。弟も楊花を受け入れられない事に苦しんで居たから、最近交流のある優香が雄治にこう話を持ち掛けていた。



『チャットとかで試してみれば?』と。


これに弟は頷いた。

ただ、自分から送る覚悟が無かった雄治の為に、チャットの前にこうして手紙を書く事にしたのだ。



「本人は文章なら大丈夫かもってさ。試しに後で送ってみれば?連絡先とか消してないでしょ?」


「はい……消してません……残してます……ずっとずっと残してますっ!」


「なら今から──っておわっ!」


急に抱き着かれた優香は珍しく素で驚きの声を上げた。突然の出来事に西方不敗まさかの不覚である。


「ほ、ほんとにありがとうございますっ!!先輩の事はもう諦めなくちゃいけないと思ってましたっ!!イジメの件にしてもそうですっ!!──優香さん!!あなたに受けた恩は一生忘れませんっ!!お陰でまた先輩と始められますっ!!本当に本当にありがとうございました……!!」



楊花は抱き着きながら止め処なく涙を流した。それはもちろん悲しみなんて一切含まない喜びの涙だ。


それを見て優香も思わず涙ぐむ。



「そ、そんな風に泣いたらこっちも泣けてくんじゃん……ぐずっ──ただし、今度は間違えるなよ?」


「はい!!絶対に間違えません!!」


──楊花は受け取った手紙を天に翳し、何度も見上げながら嬉しそうに笑った。



「先輩とまた繋がれるんだ……もう今度は絶対に間違えないっす!!」


最後に、力強くそう口にしていた。

まだまだ先は果てしない……言葉が交わせない以上、スタートラインにすら立てて居ないのだから。


これからどうなるかは彼女の頑張り次第である。



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~優香視点~


その日の放課後、優香は役員の仕事が休みだった高宮と一緒に帰っていた。

帰り道、優香は楊花との出来事を話した。


「──ってな事が有ったんだけとさ……あの子、立ち直れると良いなぁ」


「……………」


「え?なんで無言なの……つーかちょっと怒ってない?」


「ふんっ!どうせ私じゃなくても、可哀想な女の子なら誰でも助けちゃうんでしょ!!」


「え?ちょっとじゃないくて超怒ってる?どして?」


「私が特別だと思ってたのに!!もう坂本ちゃんなんて知らないんだから!!」


「あるえぇぇぇぇ???」





心の狭い生徒会長であった。




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ランキングも恋愛週間17位まで上がりました。

応援コメントも心温まるものばかりで本当に嬉しいです。いつも読んでくれてありがとうございます。

これからも楽しみながら執筆していきますので、宜しくお願いします!!





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