第6話 石田との話
放課後、愛梨と頻繁に訪れた喫茶店へと向かう。住宅街に紛れ込んだその場所は偶然見つけた穴場だ。
そして愛梨との思い出の場所でもある。
コーヒーが苦手なのに無理やり注文させられてたな。
アレは地獄だったけど、愛梨と一緒なら楽しかったんだと思う。あの頃はほんと馬鹿だったな、わざわざ金払ってまで苦手なものを無理して飲んで……あの頃と言ってもほんの数日前の話だけどね。
──店に到着すると既に石田が待ち構えていた。
俺が入店したのに気付くと、石田は手招きで俺のことを呼んだ。そして向かい側の席へ座るように促す。
その席も愛梨と良く座ってたテーブル席だ……別に今は嫌いだから、俺との思い出を大切にしろとは言わないけど……なんかムカツク。
「まぁ座ってくれ」
自分の家かよ。まぁ座るけど。
席に座るとウエイターが注文を聞きにやって来る。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
「アイスティーと、デザートはいつものヤツで」
「あ、自分、今日が初めてなんで、いつもの奴とか言われても分かんないんすよ~!」
「え……そ、そうなの……?………じゃあチーズケーキをお願いします、はい」
「かしこまりぃ~したぁ~!」
は、恥ずかしいよぉ。もう帰りたい。カッコよくこの店知ってるアピールしたかったのに、大恥描いたわっ!
絶対に笑ってるわ~、今の見て絶対に心の中で笑ってるわ石田……
「………ふっ」
「その心笑ってるね!?」
「いや、声に出して笑ったが?──でも意外とユーモアあるんだね、坂本くん」
「まぁ失敗は誰にでもあるさ」
俺は適当に返して飲み物とケーキを待つ事にした。
それにしても、面識の無い奴と一緒に待つ時間ほど気まずいモノはない。
早く来てくれないかな~……いつものやつ……
「そう言えば、姫田さんから君はここのコーヒーが好きだと聞いたんだが?今日はアイスティーにしたのかい?」
「ん?ああ、アイツは俺のこと何にも分かってないから、気にしなくて良いぞ」
「え……?」
石田は驚いた様子で雄治を凝視する。今の発言がよっぽど意外だったんだろう。石田には仲の良い者へ対しての言葉とは思えなかったようだ。
「もしかして、姫田さんと喧嘩でもしたのかい?」
思い付くとしたらそれしか無かった。一時的に喧嘩しているから辛辣な言葉を口にしたんだな……と。
まさか二人の関係が絶望的に拗れて、今では修復不可能だなんて夢にも思ってないのだ。
「いいや。喧嘩とかじゃないぞ?話を始める前に言っちゃうけど、俺は姫田愛梨が嫌いだから、石田が心配しているような事にはならないぞ?」
石田は驚き目をパチクリさせる。彼女とその幼馴染がどこまで仲が良いのか聞こうと思ってたのに、その前提が覆されては驚くのも無理はない。
「いや、まさか……そんな……」
しかし、とても嘘を言っている様には見えなかった。雄治の目が真っ直ぐで無駄にキラキラしているからだ。
でもそれだと、普段から愛梨に聞いてた人物像と大きくかけ離れてしまう。
ただ、そう聞かされても安心は出来ない……石田は雄治より先に運ばれて来たアイスコーヒーを飲みながら、まだ少し様子を伺う事にした──
──まさにそんなタイミングだった。
柄の悪そうな二人組が来店して来る。その二人は店内を見渡すと、何かに気付いたような反応をみせた。
どうやら『何か』とは石田らしく、ずがずがと雄治達が座ってる席へと歩き出した。
それを観ていた石田の表情が険しくなる。
彼にとって心底嫌な相手なのだろう。ただ向こうもそうらしく真っ直ぐ石田を睨み付けた。
雄治など眼中にない。
「おやおや~?スーパースター様が、優雅にコーヒーを飲んでらっしゃるんですかぁ~?」
「ッチ……厄介だな」
相手は石田の中学時代の同級生だった男達だ。
今の通ってる高校は違うが、当時から運動や容姿に優れていた石田は中学時代も異様にモテていた。
その所為で男友達が一人も出来なかった……それどころか、この二人の様に妬んでいる者も大勢居たのである。
「また女をたぶらか……ん?なんだぁ男かよ!ははっ!お前にも友達出来たのか!?」
「……大きなお世話だ」
ここで柄の悪い二人組の一人が雄治の肩に手を置いた。
「──お前、止めとけ止めとけ……コイツと仲良くしても良い事ないぜ?それとも痛い目見るか?んん?」
……このチンピラ、もしかして喧嘩売ってんのか?
雄治は肩に置かれた男の手を払い除けた。
「……今僕らが話してるんで……ちょっと出て行って貰えませんか?」
「え……?坂本……?」
雄治はチンピラを真っ向から相手にする。
その姿が意外だったらしく石田は驚き声を上げた。
(俺を見捨てて出て行けば良いのに……?それに怖くないんだろうか……?)
石田が考えている通り、雄治は全くビビってなど居なかった。
ヤンキー界の頂点に立つような女と毎日一緒に居るのだ……今さら三下にビビる雄治ではない。
加えて愛梨に関する誤解を解く為に、わざわざ雄治は苦手な店に足を運んだのである。それをチンピラ風情に邪魔され内心穏やかではなかった。
「はぁ?なんだテメェ……!」
雄治は胸ぐらを掴まれる。
当然、喧嘩などした事は無かったが、最悪殴られたら姉ちゃんに告げ口すればいいと考えている。
後は店内なので店の人が止めるだろうと……そんな浅はかな算段を立てていた。
「はん!コイツはいつも女とばかり遊んで、男のダチが一人も居なかったんだぞ?連んでも良い事ないぜ?」
「ただの僻みじゃんかよ。ぶっちゃけ石田が女とばかり遊んでるから何だよ?そんなもん俺には関係ねーよ」
事実、あんまり関係ないしな。
石田の悪評を吹き込まれても全く気にする必要なんてないわ……所詮は愛梨関連の知り合いでしかないし。
「第一、石田が女に好かれてるのは石田が努力した結果じゃないのか?」
「クソがきがぁ……」
「坂本……お前ってやつは……」
「……ん?な、なに?」
……え?石田は何で涙目でこっち観てんの?もしかしてヤンキーが怖かった?コイツら三下だから大丈夫だぞ?
──雄治が石田を庇うのは当然の事だった。
石田が同級生なのに比べて、相手は初対面で通ってる高校も違う。これからの学校生活を考えても石田を庇うのは当然なのだ。
だが、雄治の思惑など知らない石田にとって、今の雄治はヤンキーに立ち向かう漢にしか見えていない。
それも自分の為に立ち向かうヒーローだ。
(喧嘩したところで勝てない……ただし指一本でも俺に触れてみろ……その時は姉ちゃんだぞぉ?)
「俺はそのスーパースター様に話があんだよぉっ!邪魔だからとっとと帰れやっ!」
「石田に用があるのは俺だからな?というか石田は嫌がってるみたいだし、あんたらこそ帰れよ」
「良い度胸だぞテメェッ!!」
「さ、坂本……!!」
ついに痺れを切らした男たちが雄治に殴り掛かろうとした……まさにその時だった。
「……おい坊主、誰に喧嘩売ってんだ?」
「後ろからなんじゃテメェ!?ぶちころ……ひいっ!?」
「え………吉沢先輩!?」
「お、お疲れ様です……でも、な、なんで止めるんです?」
「なんでどうしたもあるかいっ!!──雄治の坊ちゃん。止めに入るのが遅れてすんまへん……優香の姉御に宜しく頼んます……テメェらは表に出ろやっ!!」
「「ひ、ひぃ~……!!」」
雄治達に殴り掛かろうとした二人組は、その背後から現れた強そうな男に連れて行かれてしまうのだった。
あまりに突然過ぎて雄治も石田もポカーンと成り行きを見届ける事しか出来なかった。
「さ、坂本……なんだったんだ今の人……」
「わ、わかんない……でもさっきの人ヤバかったな……あの人が相手だったら、流石にあんな強気になれなかったわ……おー怖っ」
「き、筋肉ムキムキだったな……」
てか姉ちゃんって、もしかして凄いのか。
あんなヤバそうな人に姐御とか言われてるし……昔は優しかったのに、どうしてあんなヤンキーになっちゃったんだろうね……それにしても──
「──今日はもう話す気分じゃないな」
「……あんな事があったしね……迷惑掛けてすまない」
「石田は悪くないさ……」
「………あ、ありがとう」
何で顔真っ赤なんだよ……さすがにビビりすぎだぞ。
それはそうと、日を改めるにしても石田の連絡先なんて知らないし……どうすれば……あ、そうだ!!
「石田……スマホって今使える……?」
「実は学校で充電切れちゃって……」
「ああ、それだったら──」
雄治はカバンからメモ帳を取り出して何かを書き込んだ……そしてそれを石田に渡した。
「俺の電話番号……家に帰ったら登録してくれ。また違う日に今日の話の続きをしようぜ?」
「………!!?」
それを聞いて石田は椅子から勢い良く立ち上がる。
そして雄治に詰め寄った。
「ぼ、僕に連絡先を教えてくれるのか!?」
「あ、ああ……電話の方が話し易いかもだし、それにチャットとかで済ませるのも良いかもな」
「僕が男子とチャット!?」
あれキモいぞ?ええ……どうした石田?さっきまでそんなんじゃ無かったろう……?
いやもしかして嫌がってんのか?それなら急にキモくなった説明も付くんだが……
「別に嫌なら──」
なかなか受け取らない為、雄治は手を引っ込めようとした……すると、石田はメモ書きを慌てて掴みとった。そして離さないように強く握り締める。
「……男子から電話番号教えてもらうの……初めてだ……こんな奇跡が……」
「う、うん……じゃあまたな……」
石田の様子がおかしいので、雄治は椅子から立ち上がりその場を離れようとした。
「ま、待て!電話番号を教えてくれるって事は、こっちから連絡しても良いんだよな!?俺からチャット送っても許されるんだよな!?」
「う、うん、そうだけど……?」
「……じゃあ、また後で……必ず……!」
「必ず?……まぁうん、わかった」
話が終わり雄治はようやくその場を離れる事が出来た。
──なんでアイツ、あんなに興奮してんの?
……あ、チーズケーキとアイスティーはお持ち帰りで包んで貰おう。
雄治はカウンターでテイクアウトの商品を受け取り、帰り際に石田へ手を振って店を出て行く。
──雄治が立ち去った後も、石田は電話番号が書かれた紙をグッと嬉しそうに握り締めていた。
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