第5話 愛梨の彼氏



──月曜日の朝……長い一週間の始まりである。

もう楊花と待ち合わせする必要がないので、今日は以前までの時間から支度を始めた。これからはそうなるだろう。


リビングへ向かうが、やはり早い時間だと姉ちゃんは居ない……それが少し寂しくもあり、超嬉しくもあった。


グッバイ、朝のだらしない姉ちゃん。



─────



「お待ちしておりましたわ」


「お、おう」


あっさり返事をしたが内心かなりビビってる。


外で金城可憐が待って居たからだ。

もちろん事前に約束などしていない……いったい彼女は何なんだ……?


いや、そう言えば……

昨日の帰り際に、確か……



『また来ても良いですか?』


と聞かれたので──



『距離感を保ってくれるなら良い』


と答えたんだった。 


……


……いやまぁそうは言ったけどさぁ?

朝の登校時間に来いとは言ってないんだよな……

結構遠い場所から来てくれてるし、今更帰れとも言えない……今日だけって事で許すしかないか。



「……今日は良いけど、これから登校前に来るの止めてくれる?正直迷惑だからね」


愛梨の時と同じ過ちは繰り返さない。

嫌な事は我慢せずハッキリと言う……そうしないと鬱憤が溜まりに溜まって最後には爆発してしまうから。

一度爆発したら最後、その後遺症は凄まじい破壊力があると身を持って体験しているのだ。



──雄治の言葉を聞き、可憐は申し訳無さそうに項垂れる。自身の非常識さを自覚したみたいだ。


「ご、ごめんなさい……どうしても早くお会いしたくて──でも雄治様がそう仰るのでしたら、次から気を付けますわ」


「うん、ありがとう」


物分かりが良くて助かる。

愛梨だと説得に時間が掛かってた筈だからね。そう考えるとあんな面倒臭い女に良く惚れてたよな、俺。



「取り敢えず話してても仕方ないし、行こうか」


「は、はいですわ!うふふ!」


雄治が呼び掛けると可憐も嬉しそうに歩き出した。頬は先程からほんのりと赤く、今の状況が嬉しくて仕方ないんだと伺える。

明日からは来るなと言われてるので、今日限りの出来事ではあるが、可憐の心は幸せな気持ちで満たされてた。



ただ、やっぱり肩を並べて歩く事は出来ない。

それは雄治がどうしても警戒して嫌がるのだ。なので後ろから金城可憐は着いて行く。



「はぁぁ~~……後ろ姿が凛々しいですわ~……」


「………」


「助けて下った時と同じで、死ぬほどいけめんですし……はぁ~……そんな殿方と……夢見たい……」


「………」


「………あれぞ男の背中ですわ~……堪りませんわ……好きすぎて好き好きですわ……」


「………あの」


「はい、雄治様……如何されましたか?」


「……やっぱり前歩いてくれる?なんか怖いから」


「あ、ごめんなさいですわ」


指摘されると、可憐は申し訳なさそうな顔で雄治の前へと移動した。

でも言ったことを後悔していない……なんせ金城可憐にとっては全部ほんとの事だから。

気持ちが迷惑だと言われない限り、今更その気持ちを隠す気はない。例え怖いと言われても今はこうして一緒に居られるだけで大満足なのだ。



「……ふふ~ん、ですわっ」


可憐はスキップしながら雄治の前を歩く。そんなお嬢様を雄治は後ろから不可解な目で見ていた。



……ほんとにおかしなお嬢様だな。

それに、あのとき助けたとか言ってるんだが……どっかで会ったこと有るのか?

……う~ん……お嬢様には悪いが全く思い出せんな。



──ただ、彼女の気持ちには流石の雄治も気付いている。

態度はあからさまで、好きだという言葉も先程から連呼してる……もはや疑いようもない。

でも雄治はその気持ちには応えられない……少なくとも今は……そんなことを考える気にはなれなかった。



────



学校に到着し、二人はそれぞれの学年に割り振られた下駄箱へと向かう。


つまり此処でお別れという事になる。

お嬢様は心底名残惜しそうだ。

ただ別れの間際、金城可憐はダメ元であることを雄治にお願いした。



「それでは失礼します……あの……毎日はダメですが……偶になら、ご一緒しても宜しいでしょうか……?」


そう言われて雄治は少し考える。

今日、彼女と登校してどう思ったのか……?


金城可憐は学校に到着するまで、ずっと前を歩いてるだけだった。話し掛けてくる訳でもなく、かといって不用意に接近する事もない。偶にぶつぶつと怖い独り言を喋ってたが、一回注意するとそれも無くなった。

早い話、坂本雄治は金城可憐と一緒に登校することが全く苦ではなかった。そもそもアレが一緒に登校してる内に入るのかも疑問だ。


……それならばと、雄治は彼女の願いを聞き入れる事にする。




「うん、べつに良いけど」


「え!?や、やりましたわ!──こ、こほんっ、では失礼しますわ雄治様、ご機嫌ようっ!」


嬉しさが込み上げて来たのだろう……お嬢様は何度も小さくガッツポーズを取り、足早に立ち去って行くのだった。


「あの子……めっちゃ良い子だな……」


朝、家の前に居た事はかなりマイナス評価だったが、その後の対応は申し分ない。

それに何故か彼女を観ていると、どこか懐かしい気持ちになる……不思議な感覚だ。


それがなんなのかは分からないが……

でも彼女にそこまでの不信を抱かないのは、無意識に彼女の事を覚えているのかもな……


「でなければあんなお願い、今の俺なら絶対に断ったろう」



──雄治は上靴に履き替え廊下を歩く。

そんな時、意外な人物から雄治は声を掛けられる。



「君が坂本くん……で良かったかな?」


「ん……?げっ」


声がしたのでその方向を見ると──そこには愛梨の彼氏、石田一樹の姿があった。


向こうは相手が雄治だとは確信を持ててない様子だが、雄治は彼を知っていた。

幼馴染の恋人であると同時に、学校では有名人でスポーツも万能……その整った容姿から彼は光り輝く学園生活を謳歌している。


そんな彼が雄治に声を掛けて来たのだ……もちろん雄治には呼び止められる心当たりが大いにあった。間違いなく姫田愛梨だろう。

ただ彼女の事で怒られる筋合いなんてない。雄治も普通にアレの被害者なのだ。愛梨の件でクレームを入れられるのだけは死んでも嫌だった。



「石田くん、姫田愛梨について、俺に言いたい事があるんでしょ?」


「……むっ……まぁそうだが……君と彼女の関係について──」


「ただの幼馴染ですよ」


雄治の何気ないこの一言を聞いた石田は、あの出来事を思い出し、表情を険しくする。


「良いのか?そんなこと言ったら怒られるぞ?」


「いや、これ位じゃあ流石に怒らないでしょ」


「……怒られたよ。ただの幼馴染なんて言わないで欲しい……ってね」


「ええ!?」


やべぇ……なんて女なんだ……てかそんなこと言ったら俺が石田に恨まれるだろーがよっ!

頭沸いてんじゃねーのか……知らないところで俺の敵を作らないでくれよ、マジでっ!!



「それについて放課後、ゆっくりと話をしたい……坂本雄治くん。時間があれば、学校の近くにある喫茶店で待ち合わせないか?帰宅部で暇だと聞いてるよ」


言い方に少し棘があるな……ただそれも今は仕方ない。向こうからすれば、今の俺は彼女にちょっかいを出す迷惑な男という認識なんだろう。

まぁアイツが余計なことを言ってるみたいだし、そう思われるのも仕方ないっちゃ、仕方ないか……


だったら此処は俺からも話をしておきたい。野放しにしてると石田とも険悪な関係になりそうだし、そんな風に思われ続けるのは絶対に嫌だ。絶対にそんな誤解は解いておきたい。




「……ああ、良いよ」


「ありがとう」


「……おう……じゃあ後で」


「あっ………そう言えば、姫田さん休みらしいけど、なんか聞いてないだろうか?連絡しても繋がらないし……どうしたんだろう?」


ああ、そう言えば……昨日、とんでもない話を姉ちゃんから聞かされて居たんだった。


「姫田愛梨なら休みだぞ?なんでも夜中に出歩いて風邪を引いてしまったらしい……あっ、ウチの姉ちゃんから聞いた話な」


姉ちゃんから聞いた話だと強調する。実際にそうだが、変な誤解をされないように釘を刺して置いた。


「え?夜に出歩いて風邪ひいた?どうして?」


「頭おかしいんだよ、きっと」


「そんな事…………ないと思うが……」


そう思うならもっと自信を持って言えや。




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