第2話 大丈夫な人



生徒会長との一件は俺の頭を悩ませた。


本当に俺はどうしてしまったんだろう?

確かに自覚はあったけど、あそこまで酷い症状が出るとは思わなかった……まさか日常会話まで儘ならないとは……



今日も両親は帰りが遅い。

なのでいつもの様に姉ちゃんと二人きりで夕食を食べている。今日の献立は姉ちゃんの手作りラーメン……モヤシが沢山入ってる。

人が作った御飯に文句を付けたくないけど、とにかくモヤシがしこたま入ってる。


多過ぎるモヤシの処理に四苦八苦していると、姉ちゃんが何かを言いたそうに見ていた……もしかして、モヤシに苦戦してるサマを見て楽しんでいるのか、殺すぞ。



「あんた、なんかあった?」


「いや別に」

 

「別にって……じゃあ何でさっき麻衣のこと睨んでたわけ?」


「なんか癪に触ったから」


今の言葉を聞き、優香は難しい顔で首を横に振った。やはり弟の様子がおかしいと確信する。



「普段そんなこと他人に言わないだろ……もう絶対なんかあんじゃん……」


「まぁ、そうかもだけど」


姉ちゃんに対してはいつも通りだって言うのに、たったアレだけのやり取りでおかしいと気が付いたのか……やっぱり長年一緒だから……わかるんだろうか?愛梨は何も解ってくれなかったが……


姉ちゃんの推察通り俺は考え方を変えた。

それは女を信じなくなった。疑って掛かることにした。だって恐ろしいし、何考えてるか分からないし、奴ら隙があれば俺を害そうとして来るんだからな。


……でも姉ちゃんにはそれを言わない。

正気を疑われそうだし、どうせ解ってくれないさ。



──雄治はもくもくとモヤシを処理してゆく。

モヤシラーメンを半分ほど減らした所である違和感に気が付き、雄治はその箸を止めた。



(どうしてだろう?なんで姉ちゃんとは平気で話が出来るんだ?)


横断歩道で見かけた婆さんや女子小学生みたいな恐ろしさを感じない。いつもと同じように会話が出来てる。生徒会長ですら話してる途中で苦しくなってしまったのに……



母さん、愛梨、楊花、姉ちゃん……


心を許していた四人の内、三人が俺を傷付けた。

それなら順番だと次は姉ちゃんの番だ。他の三人が裏切ったのに姉ちゃんだけが裏切らないなんて道理はない。


……と、思っている。


なのに、そんな風に警戒していても、姉ちゃんに対しては拒否反応が現れないんだ。

モヤシましまし嫌がらせラーメンを食べさせられる事象なんて不信を抱いてもおかしくないと言うのに、俺はいつもの事だとそれを受け入れていた。そして逆に受け入れないで欲しかった、俺よ。



………



それらの疑問から今度は雄治が優香を見詰める。

ジッと見られてる優香は地面から足を浮かせ、照れ隠しにそれをパタパタと動かした。



「ちょ、あんまコッチみんなし……」


「なぁ姉ちゃん」


「ん?なに?」


「ちょっと手握っても良い?」


「はぁぁッッッ!!!?な、おま……きっしょ!な、なんなん突然?!いやマジで意味わからんしッ、は、はぁ!?」


「確かに俺キモ」


正論すぎて反論すら出来ない。

……ただ、女性なのに普通に会話が可能な姉ちゃんになら、触れても大丈夫なのか確かめたかっただけで……今のは本当に口が滑ってしまった。


ちょっと嫌な事が続いて頭が変になってたかも知れん。

明日精神病院で診てもらおうかな?……でも今行ったら普通に引っ掛かりそうで怖いわ。



「あ、嫌なら良いよ」


俺はラーメンを食べ始めた。

今の話は無かった事にしよう。


それに、このままでは麺が伸びてしまう。ただでさえ食い辛いのに伸びて量まで増えたら完食が難しくなる。



「………いや、なに食べ始めてんの?」


「え?残して良いんですか!?」


「はぁ?なんでお姉ちゃんの愛情たっぷりモヤシましまし豚骨ラーメンスペシャルを食べ残せるのが嬉しいみたいな顔してんのよ?いや全部食えよ?スープも飲めよ?」


「いやスープまで飲んだら太っちゃうし……」


「まぁそれはそうと………なんつーか……その」


「………?」


この女、さっきからなにモジモジしてんだよ。


──雄治が怪訝な眼差しで姉を見つめていると、優香は明後日の方を向きながら、徐に自らの右手を雄治に差し出した。顔は耳まで真っ赤で羞恥から肩を震わせている。



「だ、誰もダメとは言ってないじゃん……良いよ別に……手を握るくらい……ん、ほら」


「お……おう……」


ええ……俺の中で終わった話なのに……どうした姉ちゃん……もう今の姉ちゃんが今までで一番怖いわ。

ま、まぁでも、本人から許可を貰ったし……早速触らせて貰うとするか……大丈夫か?手を潰されたりしないよな?



俺は恐る恐る姉ちゃんの手を握った。

これが姉ちゃん以外の女の人が相手だったら、自分から触りに行くなんて不可能だったろうな……


ほんとは触れるだけで良かったが折角なのでいろんな握り方を試しに行ってみる事にした。

許可は貰ってるし大丈夫だろう。



「あ、おま……すりすりすんな……くすぐったいし……だ、だからやめろって……ばかぁ……」


文句は垂れても雄治を突き飛ばしたりはせず、優香は口元を抑えて必死に声を押し殺していた。



「う~ん……姉ちゃんは普通だなぁ……」


「──おいこら、散々撫でくりまわしといて普通とは何事だ?ああん?!」


「ご、ごめんごめん。ただちょっと……いろいろあって……」


「……ふ~ん」


「…………」


雄治は口を閉ざす。流石に打ち明ける勇気はない。

女性に嫌気が差して信じられなくなったなど、なかなか言い出せるものではないのだ。


「……まぁ言いたくないならいいや。気が向いたら相談しなね?──なんかあっても、私ら家族だし、助けるくらいはしてやるからさ、まぁ気が向いたらだけど」


「……姉ちゃん」


姉ちゃんは空いてる方の手で頭を乱暴に撫でてくれた。

てっきりその手で頭蓋骨をかち割られるかと思ったけど、今日の姉ちゃんは妙に優しい。


頭を撫でられて、まだ小さかった頃を思い出した……あの時は毎日のように撫でられてたな、そういえば……



「姉ちゃん……いつもありがとう」


「ん?あ、ああ……まぁ……そういう感じで」


恥ずかしさが限界を迎えた優香は、雄治の掌と頭から手を離し、自らが作ったラーメンをマズそうに食べ始めた。



──姉ちゃんに裏切られたら本当に終わってしまう。


予感じゃない、これは確信だ。

そうなれば、俺は未来永劫女性を信じられなくなるだろう。


だから、どうか、信じさせて欲しい。



「……そう言えば、冷蔵庫にプリン置いてあるからラーメン完食したら食べな」


「……ッ!!とかいって本当は既に食べてるんだな!!」


「あん?食わねーよ……てかまだ根に持ってんの?」


「うん、すげぇ根に持ってる。1日たりとも忘れたことはないよあの恨みっ!」


「うわ、みみっちい……お姉ちゃん弟がみみっち過ぎて心配だわ……」


「心配してくれてありがとう」


「情緒不安定かよ」


うん、姉ちゃんは信じてるけど、プリン関連で信用するのは無理だな。


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