第二部 変わった価値観
第1話 疑心暗鬼な日常
「……う~ん……9時過ぎか……」
──随分と遅い目覚めだ。
急いで支度しても学校なら完全に遅刻だが、休日なので大丈夫。そもそも雄治は寝坊なんてヘマはしない。無遅刻無欠席の猛者、悪く言ってしまうと学畜。
「昨日はかなり早く寝たんだなそう言えば……取り敢えず喉が渇いた、何か飲み物でも呑むか」
俺はリビングへと向かった。
「──ってな訳よ!!どうよ優香?ヤバいっしょ?」
「はは、マジウケる……なんさそれ」
すると、今日も中から女同士で話しをする声が聞こえて来た。雄治の脳裏には一昨日のシーンが過ぎるが、今回は少し違うようだ。
恐らく、優香が友達を家に呼んだのだろう。朝っぱらから騒がしいと思いながらも雄治はリビングの扉を開けた。
「……ん?あれれ?優香の弟じゃん?確か……ユースケ君だっけ?」
「ちょっ、人の弟捕まえて何がサンタマリアやねん」
「誰もそんなこと言ってねーし!」
「アイツの名前はユウジな……因みに、今度ウチの弟の名前間違えたら出禁だからな?」
「うわぁお!!ペナルティーおもっ!!てか、どんなだけ弟好きなんだよ!!」
「はっ?べ、別に、そんなんじゃねーし!」
「顔真っ赤でウケる」
「……くっ!」
──下品な奴らだな。朝から馬鹿騒ぎしやがって……姉ちゃんも友達くらい選べよ。
そんなのと付き合うから不良に仕上がるんだよ。
雄治はオレンジジュースを飲みながら、軽蔑を含んだ眼差しで二人を睨み付けた。その視線に気付いた優香の友達はバツが悪そうに目線を逸らした。
「ゆ、雄治……?なに?あんたどうしたん?そんな風に睨んだら麻衣ビックリするっしょ?──それとも名前間違われて怒ってる?確かにサンタマリアは無いわな」
「………別に、ただ朝から煩く騒いでるから、品が無いと思っただけだよ」
「………ゆ、雄治!あんた何言ってんの?!」
「めっちゃ口悪いじゃん!はは、流石姉弟!!」
「…………」
優香の友達は笑っている。
今の発言は優香が言いそうな事なので、むしろ血の繋がりを感じて大笑いしていた。全く不快に感じていない。
けど優香は違う。
彼女が長年見てきた雄治は、初対面の相手に失礼なことを言うような人間ではないのだ。
彼が冗談を言ったり、若干小馬鹿にするのも心を許した相手にだけだ。少なくとも姉の友人に対して酷いことを言うような弟ではなかった。
「俺、ちょっと外に出て来る」
「…………雄治」
「ユースケくん、いってら~!!」
サンタマリアは不快そうにリビングを出て行く。そんな弟の後ろ姿を優香は黙って見送る事しか出来なかった。
「お前出禁な」
「ああっ!!」
──────────
何処へ行こうかな?
特に予定はないけど気晴らしに外を歩きたい気分だ。だから家を出たんだけど……ん?
──雄治が交差点に差し掛かると、一人の老婆が重そうな荷物に苦戦し、横断歩道を渡れずに居るのを発見する。雄治は手を貸そうとしたが、すぐに考え直した。
(……きっと俺が親切に荷物を持とうとしたら、窃盗犯に仕立て上げられるに決まっている。そうやって俺を犯罪者にするつもりなのだろう。いやもしかしら荷物に俺を殺す仕掛けが施されてるのかも……優しそうな婆さんに見えるが、まさか腹の中ではそうな事を考えてるとは……人の善意に付け込むなんて恐ろしい婆さんだ)
──雄治はお婆さんを助けない事にした。
昨日までの雄治なら間違いなく助けている。でも今は女性というだけで恐ろしく信用出来ない。
自分の中の価値観が本当に変わってしまったんだなと、雄治は改めて実感するのであった。
それでも通り過ぎる瞬間は罪悪感で胸が痛くなる……だが自分を守る為だと自身に言い聞かせた。
──────
「──ありがとうございしたっ!」
「はい、ありがとうございます」
近所の古本屋に立ち寄り、自分の好きな漫画を三冊購入し、公園へ向かって歩き出す。
今から公園に備え付けられた自動販売機でジュースを買い、ベンチでそれを飲みながら漫画を読むつもりなのである。
「お兄ちゃん、ちょっと良いでしょうか?」
「………ッ!」
公園を目指して歩いていたところ、ふと後ろから声を掛けられた。どうしたのかと振り返る……するとそこには見覚えのない女子小学生の姿があった。
雄治は警戒心を強くする。
(まずいぞ、女子小学生といえばモンスター、割と平気で防犯ブザーを鳴らすような生物だ。しかも全く見覚えのない相手なのだから尚更ヤバい。どうにかして逃げないと……でも逃げたタイミングで大声を上げられでもしたら──)
「──紀奈~!!そんなとこで何してるの~!?」
「あ、お姉ちゃん!!」
「……ッ!」
──対峙する小学生よりも少し背丈が大きい少女が走って来た。それを見て雄治の警戒心が最高潮に達する。
……まずい、まさか仲間を呼ばれるとは……ん?いや待て……あの人は──
「あの、ウチの妹がごめんなさい……って、アレ?後輩くん?こんな所で会うなんて……!ビックリだよ~!」
「………どうも」
姿を現したのは生徒会長の高宮。
肌を露出するのが苦手なのか、長めのピンクスカートと白いカーディガンを羽織っている。暖かい季節には若干不釣り合いなコーディネートで、彼女の控えめな性格が垣間見れる。
そして雄治も彼女の姿を観てホッと胸を撫で下ろした。敵の増援ではなく一安心する。
「後輩くん、今何してるの?」
「……はい、漫画買って読むところですけど?」
漫画の話を聞くと、高宮は目を輝かせながら笑顔で雄治の側へと駆け寄る。
近寄る彼女を見て少し心が騒つくが、最低限の距離は保ってくれたので大丈夫だった。
それに高宮が相手だとそこまでの不快感は生まれない。
(家を出る前もそうだったな……姉ちゃんの友達は嫌だったけど、姉ちゃんとは普通に話せた)
その理由は雄治にもあまり良く分かっていなかった。姉と生徒会長が他の女性達と何が違うのか分からない。
「どうしたんですか?」
「ねぇ何の漫画、何の漫画ッ!?」
「………僕との拳」
「……あ、うん」
「あの、タイトル聞いて露骨に興味失くすのやめて貰えます?」
「そんなことないけど……でも後輩くんの趣味が聞けて嬉しいかな~?ふふ」
「………え?」
どうして俺の趣味が聞けて嬉しいの?俺の趣味なんか聞いても嬉しい事なんてないのに……やっぱり信用してはダメな相手なのだろうか?
いや大丈夫だろ……この人は絶対に大丈夫だろ……いや忘れてはダメだっ、女なのだから上手く正体を隠してるだけなのかも知れない……いや、でも──
「後輩くん?どうしたのかな?」
急に黙り込む雄治を心配し、高宮は心配そうに声を掛ける。彼女は雄治の胸元くらいの身長しかない上級生。
常日頃から優香に怯え、なにか有ると直ぐに雄治を呼び出し、弟の彼に彼女の愚痴を溢す頼りない生徒会長。
それでも雄治は彼女を信用している。
だから女性が信じられなくなっても、高宮なら大丈夫かも知れない……そう思っていた……
──しかし無理だった。雄治は信頼してる相手をも疑ってしまっている。日常の何気ない会話がキッカケで変な勘繰りを入れてしまったのだ……趣味を聞けて喜ばれるくらい、普通の事なのに……
……それが雄治にとって堪らなく怖かった。
「ごめんなさい生徒かいちょうお姉ちゃんによばれてるのでここでしつれいしますね」
「え……あ、うん……さようなら……」
「お兄ちゃん、ばいばーい!」
雄治は逃げるようにその場から立ち去った。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
~高宮視点~
「ど、どうしたんだろう……?」
「お兄ちゃん、話し方が変だったね?」
「う、うん……」
体調でも悪くなったのかな……?
それともやっぱり彼女の事が原因で……?
──高宮は一昨日、弥支路に聞いた話を思い出した。雄治の彼女が浮気しているという話だ。もし本当なら可愛がってる後輩を苦しめる許されない行いだ。
それに気付いたのかも……?だからあんな風に……でも最初は普通だったような?
様子が可笑しくなったのは、話してる最中から……そう、確か私が後輩くんの趣味が聞けて喜んでた辺り……?
でもおかしな会話じゃないから、それが原因とは思えないけど……う~ん……
高宮は頭を悩ませる。
昨日は優香がサボりで早退してしまったので、雄治の事を相談できなかった。だから話すのが遅くなっている……その事が気が気で仕方ないのだ。
「……そういえば紀奈、どうして彼に声掛けたの?」
「うん~?だってお姉ちゃんがいつもニヤニヤしながら写真で眺めてる人だか──」
「ああぁぁぁッッッ!!!!!ダメぇぇッッッ!!!」
「お姉ちゃん……煩いよ……」
「うゔ……は、辱めだよ……酷いよ……」
「ふふっ!お姉ちゃんイジメるの楽しいね~」
「皆して私を虐めないでぇ~!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます