第11話 一度ある事は三度ある
誰にも絡まれる事なく中庭に到着する。
今日の俺はツイてる。ツキがありすぎて怖いくらいだ。
……と思ったけど全然そんな事なかったわ。
何故そう思ったのかと言うと、中庭に来たのを後悔する事になったからだ。
一人でゆっくり食べれるスペースを探して居たら、偶然とあるカップルを発見した。
俺は相手に見つかる前に急いで木の影に隠れる羽目になる……何というか、反射的にそうしてしまった。
だって、そのカップル……男の方は知らないけど、女性側の方が見知った人物だったんだ。
うん、他の誰かとの見間違いじゃ無さそう。
彼女の方は間違いなくあの子だ。
「……楊花……彼氏居たんか……」
ベンチに座り、男子生徒と二人きりで食事を取るなんて交際関係でも無ければ有り得ない。
俺と愛梨みたいな特殊なケースもあるが、それは殆ど可能性が低いレアケースなので、やはり二人を彼氏彼女の関係と観て良さそうだ。
そうだったのか……楊花……
……彼氏が居るとは露知らず、あの子には本当に申し訳ない事をやらせてしまってたんだな。
恋人が居るのに俺の彼女役なんて嫌だったろうに……アイツは優しい奴だから、気が滅入ってる俺に対し気を遣ったんだと思う。
──もともと【恋人役】とは設定に過ぎない。
なので楊花に彼氏が居たとしても雄治がそれで嫌悪感を抱くことはなかった。むしろ逆に、後輩とその彼氏に申し訳なく思っている位だ。
雄治は邪魔するのは悪いと考え、その場からこっそり立ち去ろうとする。
そんな中、二人の側へと近付く三人の女子が目に入った。
位置的に今出ていくと隠れていた事がバレる為、止むを得ず雄治はもう少し息を潜める事にした。
「ちょっと、中川さん!!貴方どういう事ですの!?」
三人組の内、先頭の金髪女性が楊花へ声を掛けた。
いや、声を掛けたというより怒鳴り込んだと言った方が正しいかも知れない。
木の影に隠れていた雄治も表情を険しくするくらい、金髪の女性は物凄い剣幕で楊花に噛み付いていた。
金髪の女性はネクタイの色から一年生だと雄治は推測する。
長い髪は後ろで結ばれており、垂れさがったところにはカールが施されて居た。
それを観て緊迫しながら雄治は思う……現代日本に似つかわしくないその姿はまるで、物語に登場するお嬢様みたいだと。
そして彼女の家の総資産が無性に気になった。
……しかし、彼女の剣幕はそれどころではない。
「……金城さん……なんですかいきなり……」
楊花は面倒くさそうな反応を見せる。
だが金城と呼ばれた女性はそれでも止まらない。
「なんですじゃありませんわ!!──貴女、その田中くんと付き合ってるのに、あのお方……もとい、別の男性ともお付き合いするなんてどういう事ですの!?」
(……こりゃやべぇな)
陰で様子を観ていた雄治は、金髪女性の言葉を聞いて焦りを見せ始める。
虐められてるようなら助けようと思ってはいたが、それでも視点は第三者だった。
けど今は違う。明らかに自分が当事者である。
金城と呼ばれた女性が言ってる男が自分だと分かり、雄治は様子見を止めた。
そして後輩を守る為、直ぐに弁明する事にした。
「あの、金城さん……!」
「何よ田中くん……貴方からも言ってやったら?」
「僕の名前は町田です」
「そんなことはどうでも宜しくてよ!あのお方以外の男性の名前など知る必要有りませんわ!というか貴方なんでそんなに余裕ですの!?浮気されていましてよ!?」
「……ああ、そのこと何ですが、たった今それについて話し合ってたところです──どうやら彼女はその人がずっと好きだったみたいで、僕に気持ちがないと分かり別れる事になったんです」
「……ふぇ?ど、どど、どういう事ですの!?」
「どうもこうも有りませんよ?──それに金城さん、アレは君が酷い言い方をしたのが原因ですよ?」
「ゔ……それは……」
「僕が好青年だったから良かったモノを……もし悪者が相手だったら中川さんの身に危険が及んでましたよ。あんな事をしてなにが目的なんですか?」
「だって……この女があの方と……」
「さっきからあの方って誰です?」
「それは……言えませんけど……」
………
………
………
当たり前だが雄治は会話を全て聞いていた。
助けようと近付いたから当然だろう。向こうが雄治に気付かないのは全員が話に夢中だからだ。
そして話を聞いていた雄治は──
──額から大粒の汗を流している。
これまでの出来事がフラッシュバックしていたのだ。
………
………
……母さんの裏切る現場を目の当たりにし、俺はそんな人間にはならないと心に誓った。
それと同時に相手側の男にも嫌悪感を抱いた。多分、母さんに対する怒りよりも、そっちに対する恨みの方が大きかった……人の妻ないし、恋人を奪おうとする側の人間には死んでもならないと心から思った。
そして愛梨の不義理。
それによって斬り捨てられる側の気持ちも充分に理解出来てしまう。
楊花を庇ってる町田という子のショックは相当な筈……しかも様子を見るに彼が楊花を思う気持ちは紛れもなく本物。
それなのに、まさか自分の所為で他人にあんな気分を味わわせる事になるなんて思いもしてなかった。
楊花が町田くんにした事は余りにも酷過ぎる。
そして俺は一部始終を見届け、吐きそうな程気持ち悪くなった……
本当に気持ち悪くて仕方ないけど、どうしても今直ぐ確認しなければならない事がある。
まだ確定じゃない……ちゃんと楊花の言い分を聞かなければ……
そうだ、違うはずなんだっ!
楊花だけはアイツらとは違うっ!ただ、楊花までそうなら、俺はもう──
だから楊花へ近付いた……
そして、俺は必死に声を振り絞った。
「…………楊花」
「…………え?……せ、先輩……?え、うそ?やだ、どうしてこんなところに……?うそ、やだやだ……!!」
雄治に声を掛けられた楊花は絶望的な表情を浮かべる。まるで死体のような顔色……それほどの絶望が楊花を襲っていた。
運の良いことに町田は話の分かる人間だ。
ここで雄治が偶然現れなければ、話が綺麗に纏まっていた可能性は非常に高い。
そして町田と正式に別れた楊花は今日にでも雄治に告白し、二人は本物の恋人関係になっていただろう。
雄治の楊花へ対する好感度はかなり高い。この場を乗り切れば全て上手く行くはずだった。
それなのに──
それは神の悪戯か、悪魔の所業か。
母の時と同じように、雄治は最悪な場面に再び立ち会ってしまうのであった。
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