第12話 三度目の裏切り
「──坂本先輩でしたっけ?違うんですよ。中川さんは自分の意志で僕と付き合った訳では有りません。この金城さんに煽られて無理やり付き合う事になっただけです」
町田がすぐに否定の言葉を口にする。
自分を裏切った女を庇う彼に対して雄治は好感を抱く。ただ彼が良い人間であればあるほど罪悪感に苛まれる。
しかし、それを聞いていた金城が楊花に負けないくらい慌てふためいて居た。
「え、あ、ち、違う、無理矢理だなんて……そ、そこまで強制はしておりませんでしてよ!?ただ、一度付き合ってみてはどうかと提案しただけで……」
「可憐様……?」
「可憐様……如何なさいましたか?殿方相手に動揺するなんて珍しいですわ」
「二人とも、今は黙りなさい!!」
「「ひ、ひゃい!!」」
──金城可憐は必死に否定していたが、それは雄治の耳には入らない。
今の雄治の目に映るのは被害者の町田と、問題の中心にいる楊花だけだ。
「町田くん……って言ったかな?」
「はい、そうです」
「君はそれで良いのか」
「それでとは?」
「楊花のやってる事は二股だと思うけど?」
「いえ……でも、今のお二人の関係は恋人のフリだと聞いたのですが……?」
「俺はそのつもりだったけど、皆んなの話を聞く限り、楊花には俺へ気持ちがあったんじゃないか。その事には俺自身も驚いてる……でもその話が本当ならフリとは言えないんじゃないのか?恋愛感情が有れば完全に浮気だよ……」
「………そう……でしょうか……?」
「ち、ちが、違う!違いますよ坂本先輩!!浮気じゃないっす!!私は最初から先輩だけが好きっす!!町田くんを好きになったことなんて一度もないです……だからね?……私は先輩を裏切ってないっすよ?幼馴染さんとは違うっす……」
「……………」
まさに墓穴、火に油の一言。
まだ黙っていれば案外頭のキレる町田くんがどうにか場を収めた可能性も僅かにあった。
しかし、楊花の気持ちを聞いて雄治の中に最近感じた負の感情が押し寄せてくる。
愛梨に裏切られた時、愛梨へ抱いてしまった冷めた感情が、楊花へ対しても止め処なく押し寄せて来るのだ。
「……町田くんが可哀想だとは思わないのか?」
「……それは……でもそれは金城さんが強引に……」
楊花は目を泳がせながら答える。
しかし、ほとんど嘘の言い訳だ。
楊花の言い分を聞き、此処で初めて雄治は金城可憐へ目を向けた。
「おい、金髪、楊花の言ってる事はほんとなのか?無理矢理そうなる様に仕組んだのか?」
「金髪……やっぱり覚えてらっしゃらないんですのね……」
「……何のことだ?」
「い、いえっ!なんでも御座いませんわ──あ、あの、質問の答えですけど、付き合うように茶化しましたが無理矢理仕向けたりしてません。でも原因はわたくしに有るのは事実です……申し訳ありません」
可憐は目を泳がしながらも正直に答える。
お嬢様は多少自分が不利になっても、何故か雄治には嘘を吐きたくないようだ。
よって今の発言に嘘はない。
彼女が煽り、楊花が受けて立ったのが全て原因だ。
しかし、もちろん雄治は半信半疑。
再び目線を楊花へ向け今度は彼女に問い掛ける。
「イジメられてるのか?」
「……そういう訳ではないですけど」
「じゃあどういう事なんだ?町田くんと付き合ってて、俺と付き合うフリをしてくれたって事なんだろう?それなら町田くんに悪いし、今すぐ俺とは別れ──」
「ち、違うっす!!さっきも言いましたけど、私が好きなのはこの世で坂本先輩ただ一人だけっす!!それが本当の気持ちっす!!──町田くんとは本気じゃないですよ!!キスは当たり前っすけど手も繋いでないですから!!」
今の言葉を聞いて、自分の体から急激に力が抜けるのを雄治は感じた。
「……………そうか」
──楊花は町田くんのことを何も考えないで言葉を口にしている。
彼が傷付くのなんてどうでもいいかのように……ただ自己弁護の為だけに喋っているんだ。
「最低だぞ楊花……見損なったよ」
「え……や、やだ先輩……やだやだやだやだ!!」
冷たい言葉を投げかけられ冷静さを失う楊花。
ただその冷たい言葉よりも、雄治からの射るような視線が楊花にとっては何よりも恐ろしかった。
なんせあの視線は、愛梨へ向けてるモノと全く同じ性質だったから、楊花は心底震えている。
「町田くん……ほんとに済まない。知らないなんて言い訳は出来ないよ。君が付き合ってるのに楊花と付き合っていた」
「………いえ………良いです……はい」
「楊花」
「………は、はい」
雄治は浅く息を吐き、その後、楊花が聞き逃さないようにハッキリその言葉を口にした。
「まさか愛梨より先に、楊花にいう事になるとは夢にも思わなかったよ」
「ま、まっ──」
「さよなら、俺たちの関係は終わりにしよう」
「………ひ、あ……う、うぅぅ……ごべんなざい……先輩………」
楊花は座り込み頭を垂れた。更に身体を震わしながら目からは大粒の涙を流している……しばらくは立ち上がれないだろう。
雄治の事だけしか考えてなかった楊花が辿り着いたのは、まさに自業自得な結末であった。
「あの、お待ちください、雄治様!!」
堪らず声を掛けたのは、この地獄的な状況を作り出した原因の一人でもある金城可憐だった。
楊花ほどではないが、彼女もまた顔を青くしながら雄治へとにじり寄る。
「……あの……ほんとに私はそんなつもりでは……」
「いやアンタ一体なんなの?話し掛けないでくれる?君みたいな子は普通に嫌いだからさ」
「………………………………………………………………………………………………………………え?」
「町田くん」
「あ、はい」
「本当にごめん」
「いえ……大丈夫です……」
──最後に町田に対して頭を下げ、雄治はこの場から立ち去って行った。
後を追う者は居ない……この場の誰しもがそんな余裕のある精神状態では無かったからだ。
「可憐様……もしかして、あの殿方が好きでしたの……?」
「まさか……気を確かに、可憐様!!」
「………もう辞める」
「え?可憐様?」
「もう学校辞める!!こんな学校辞めるもんっ!!雄治様が居たから日本一頭の良い高校の推薦を蹴って来たのにぃっ!!それなのにどうして嫌われなきゃいけないのよぉ~!!うわぁぁん!!ほんのちょっと中川さんに嫌味を言っただけなのにぃ!!それを間に受けて田中くんと付き合いだしたの中川さんなのにぃ~……うわぁぁぁ~~んんッッ!!」
「「お待ちになって可憐様~!!」」
可憐が泣きながら走り出した。それも大泣きだ。
彼女はタレ出た鼻水を拭いもせず、この場から全速力で姿を消した。
そして影の薄い取り巻き二人も可憐の後を追ってこの場を後にする。
「………もう何もかもどうでもいい……先輩………もうどうしてこんな……うぅ……」
今度は楊花が立ち上がり、ふらふらと揺れながら昇降口へと向かった。教室へは戻らずに、このまま早退するつもりなのだろう。
因みに先ほど逃げ出した可憐、そして後を追い掛けた取り巻きの二人も同じで早退している。
よって、この場に残されたのは……町田くん一人だけになってしまった。
「な、なんだよ。一番傷付いたのは間違いなく僕なのに……なんであんな言われ方されなきゃいけないんだよ……俺を好きになった事が一度もないって……幾ら何でも言い過ぎだろ……それに誰も居なくなるしさ……ぐずっ……もうなんだあの女は!!こっちから願い下げだ!!俺ももう帰るッッ!!」
ここに追加の帰宅者が現れる。
超絶被害者の町田くん……彼もまた昇降口を目指し、脱兎のごとき勢いで中庭を駆け出した。
今日がいつも以上に人が少なく、誰にも観られていないのがせめてもの救いか。もしクラスメートにでも観られていたら大惨事だったろう。
──そして誰も居なくなった中庭には春の心地良い風が穏やかに舞っていた。
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