第8話 不穏な影
学年の違う楊花とは一旦別れ、二年の下駄箱で靴に履き替える──すると、聞き覚えある声に呼び掛けられた。
「後輩くん、今帰り?」
声のする方を向くと、昼食を共に食べた高宮生徒会長と弥支路さんが立っていた。目が合うと二人は手を振ってきたので、こっちも同じように手を振り返した。
「お疲れ様です、坂本さん」
「生徒会長、弥支路さん、お疲れ様です」
生徒会はサボりだろうか?
いや、生徒会長だけならそれも有り得た。でも弥支路さんが一緒だから今日は単に休みなのだろう。
彼女は真面目だからな………いや生徒会長も真面目だったわ、失敬。
でもあの人学校にトランプ持ち込んでるしなぁ~……真面目枠に入れて良いのか微妙なんだよ。
俺が会長の評価に頭を悩ませていると、その生徒会長が吃りながらある事を提案してきた。
「後輩くん、良かったら一緒に、か、帰らない?」
「ええぇぇ……?」
「なんで死ぬほど嫌そうなの?」
「どうせ姉ちゃんの愚痴聞かされるんでしょ?」
「そ、そうじゃなくって……あの──」
──高宮椎奈は返事に困り果てる。
雄治の姉とは関係なく、ただ一緒に帰りたかっただけなのだが、性格上、自分の気持ちを上手く伝える事ができないのである。
そうこうしている内に、靴に履き終えた楊花が三人の前に姿を現した。
「坂本先輩、早く行きましょう」
「え?……後輩くん、この子は誰?」
「あ、中川さんお疲れ様です」
「……お疲れ様です」
二人は知り合いか?……と思ったけど、楊花と弥支路さんは同級生だったわ。
しっかり者具合が対照的なので本気で忘れてたし。
「その……坂本先輩と私は付き合ってるんです。だから先輩にはあまり絡まないで下さい」
「……え?……付き合ってるの……?」
突然カミングアウトされた雄治は驚きを隠せなかった。何故それをこの場で口にしたのか流石に理解出来ない。
「……楊花、なんで言っちゃうの?」
「いえ、徹底した方が良いと思いまして」
「碓井と一緒の時は言わなかっただろ?」
「……だって、あの人……多分……先輩が……と、とにかく、生徒会長さんは別っす……!」
「別って……楊花、生徒会長には──」
生徒会長は事情を知ってるので『演技しなくても良いのに』と雄治は言おうとした──
──だがそれを遮るように、楊花は雄治を強引にその場から連れて出してしまう。
突然のことにされるがままとなる雄治だが、流石に何も言わず立ち去るのは失礼だと思い直し、二人から完全に引き離される前に別れの挨拶を口にする。
「生徒会長!!弥支路さん!!さようなら!!」
「……後輩くん……さよう……なら……」
「……さようならです」
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
~高宮生徒会長視点~
──高宮椎奈は去り行く二人の後ろ姿を寂しそうに見詰めた。まさか彼女が出来ていたとは思っておらず、焦りと動揺が隠せない。
「そうか……彼女……居たんだ……そうだよね、幼馴染さんが居なくても後輩くんカッコいいもんね。それにしても振られたばかりなのに……彼女さん出来るの早過ぎるよぉ……」
雄治を好きかどうかは高宮自身も良く分かってない。
ただ、楊花が彼女と名乗ったとき、大きなショックを受けたのは事実なのだ。
高宮は酷く落ち込んでいるが、弥支路は別の意味で驚きを隠せなかったらしい。それについて高宮に語り始めた。
「いや、いやいや高宮先輩!!おかしいですよ!!」
「……え?何が?」
伏せていた顔を上げ、高宮は自分より身長の高い後輩女子を見上げる。
すると次の瞬間、弥支路は信じられない事を口にした。
「だって中川さん同じクラスの町田くんと付き合ってるんですよ!?」
「……え?」
若干失恋に近い感傷に浸っていたが、それも一瞬にして吹き飛んだ。それほどの衝撃である。
高宮は未だに頭の整理は出来ていないのだが、弥支路も余裕がないらしく、止まらずに話し続ける。
「勘違いじゃないです!中川さんが二人で話をしてるのも聞きました!!」
「……え……え?後輩くん、二股されてるって事?」
「多分、そうだと思います……坂本先輩、あんな良い人なのに……高宮先輩の話なんかでも真剣に聞いてくれる優しい人なのに……」
「……ひ、酷い」
ふざけてる……もしそうなら許さない。弥支路ちゃんが言うように、彼は本当に優しくて良い子なんだ……それなのに……
あと弥支路ちゃんも私に対して何気に酷い。
「どうしますか?今すぐ追い掛けて坂本先輩に真実を教えに行きましょうか?」
聞かされた瞬間はもちろんそのつもりだった。
けど、ただでさえ幼馴染に振られて落ち込んでるんだ……それなのに彼女が浮気していると正面から教えれば、彼をもっと傷付ける可能性がある……だから直接言うのは得策じゃないと高宮は考えていた。
それと、高宮はもう一つの可能性を考慮する。
「うぅ~ん……やっぱり確認してからじゃないと。私達が分からないような深い理由があるかも知れないし……一度、坂本ちゃんに相談してみるから、それまで待ってね?」
「わかりました……高宮先輩がそうおっしゃるのなら……でも確かにそうですよね。心配する気持ちが強過ぎて焦っていました……」
「いいえ。弥支路ちゃんが優しいだけだよ」
「……ありがとうございます」
後輩くん……大丈夫だよね?
変なことに巻き込まれたりしてないよね……?
──状況を良く知らない二人は、今すぐ雄治達を追い掛けずに、この場は様子を見る事に決めた。
周囲をしっかり固めてから行動するつもりなのだ。
冷静な判断……しかし、二人は今すぐ動かなかったのを心から後悔する事となる。
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