第4話 厳しい姉


「──そろそろかな……?」


早朝。いつもの時間より20分程遅く俺は目を覚ました。日頃の習慣からすると驚異的な遅れだが……コレは寝坊ではなく意図的だ。

遅起きの理由はもちろん、いよいよ今日から作戦が決行されるからである。


流石に昨日の今日では急過ぎるので、少し経ってからにしようと考えていたが、昨晩、楊花の方からさっそく今日迎えに行くと連絡が来た。

俺に気を遣ってるんだろうけど、気を遣わせ過ぎて申し訳ないと本気で思う。


絶対になんらかの形でこの借りは返す。

俺って律儀だからな。



部屋を出て朝食を食べる為リビングへと向かう。

そして決められたいつもの席へと座った。例え遅くなろうと登校前に行う準備はいつもと変わらないのだ。


ただいつもと違うのは、隣の椅子で偉そうにふんぞり返る不純物が存在している事だ。

そしてその不純物……明らかにヤバそうな女は隣に座った俺に対してメンチを切って来る。

正直、朝っぱらから睨まれ腹が立ったので、こっちも負けじと睨み返した。



隣に居たのは姉、坂本優香18歳。俺より学年が一つ上で通ってる高校も同じだ。

碓井曰く超可愛いらしいのだが、俺から見ればただのチンピラに過ぎない。だから例え鋭く睨まれようとも、こんな女など恐るるに足らん。



「姉ちゃんよぉ?誰にガン飛ばしてんだぁ?」


「……はぁ?」


ふん、そんな殺意の篭った目で威圧されようが微塵も怖くないんだなこれが。

それに昨日からイラついてるし、女だろうが容赦なくぶっ飛ばしてやるっ!



「……これ……僕のウインナーです、はい……良かったら召し上がって下さい……へへ……」


まぁ今日のところはこの辺で勘弁してやるか。


「ビビるなら最初から喧嘩売ってくるなよ……もういいよ」


とか言いつつ、ウインナーはしっかりと奪い取ってゆく。

『もういいよ』の単語の中に、差し出したウインナーは含まれてなかったらしい。


くそっ……なんて女だ……!!

てか別にビビってねーしな!!


俺は姉弟で喧嘩とか絶対にダメだと思ってる。

だからこそ朝食のおかずを譲ることで穏便に解決した訳さ。高校三年生にもなって品行が崩壊してるヤンキー崩れと俺とでは格が違う。


なのでしつこく言うが、別に断じてビビってる訳ではない!!それだけは信じて欲しいです。



……と、そう言えば、この姉君に言わなきゃいけない事が有ったんだ。



「あっ、姉ちゃん。昨日またやらかしたでしょ?昼休み生徒会長が来て『お姉さん何とかして』って、文句言われたんだけど」


「ちっ……高宮……余計な事を……」


「あんま弟に迷惑掛けないで」


「私は悪くない」


足を組みながら悪態吐く我が姉には悪びれた様子が一切観られない。

今年で卒業なのだから、もうちょっと落ち着いても良いと思うんだけど、未だにそこら辺のヤンキーやギャルとの喧嘩に明け暮れてる。スカートの短いリアルスケバンだ。

早いとこ豚箱に放り込めよ……警察ほんと無能だな。



「いや俺に対してもそうだけど、あまり生徒会長さんを困らせないで。あの人、姉ちゃんがやらかしたら絶対俺のとこ来るんだよ……正直、あの人は癖が強すぎて相手すんの面倒くさい」


「はぁ?なに?飯のおかず全部むしり取られたいわけ?」


モンスターは俺の目玉焼きにまで手を出そうとする。

一番最後の楽しみに残してるから止めて欲しい。

スカートの丈長くすんぞこの野郎。



「あらやだわお姉様。飯とか、むしり取る、だなんて言葉遣いはお下品ですわよ?」


「どこかのお嬢かお前は──まぁ冗談はさておき……今日どしたの?いつもより遅いじゃん」


なるほどね。

朝から可愛い弟にガン飛ばしてきたのは、俺がこの時間に居たのが珍しいからか。



「……まぁ色々あって」


「はん、とうとう愛梨ちゃんに振られたか」


「ゔっ……」


俺の反応を見て姉ちゃんの食事の手が止まった。

そして信じられないと目を見開く。



「…………え……まじ?」


「……まぁ……ね」


「……まじか」


適当に言って当てんじゃねーよ……

まぁ、その内バレたんだろうけど流石に早いわ。


そして言った本人はこっちの顔色を伺いながら、気まずそうにコーヒーをちびちびと飲んでいた。居心地悪がそうで何よりだ。

因みに、俺は食後にコーヒーを楽しむタイプじゃないので朝食を済ませた後は歯を磨いてそのまま登校している。


席を立って洗面台へ向かおうとすると、姉ちゃんに引き留められた。これ以上ハウスヤンキーに絡まれるのはしんどいんだが……?



「冷蔵庫……」


「帰りに買って来いと?」


「そんなデカイのパシらせんわ」


「良かった……じゃあ冷蔵庫がどうしたの?」


「……いや、だから、冷蔵庫にクリームプリン有るから……私のだけど……あげる。帰って来たら食べなよ」


「姉ちゃん……」


「まぁ?それで少しは元気だしなよ」


たかがプリンで元気出せと?



──そう言うと優香は顔を背け照れ臭そうに頬を掻いた。

雄治はそんな姉の態度に恐怖心を抱いてしまい、慌てて洗面台へと向かう。

3分程で身支度を済まると、靴を履き終えたタイミングで優しい姉に声を掛ける。



「──同情してんじゃねーよ!!腐れヤンキーがッ!!警察にでも捕まってしまえ!!」


「─ぶふぉッ!!?」


姉ちゃんがコーヒーを吹き出したのを無視し、俺は逃げるように玄関を出た。

確かに愛梨に振られたのは事実だけど、慰めて欲しい訳ではない。なのに勝手に同情してくる姉ちゃんに腹が立って仕方なかった。でもプリンはありがとう。


ただ帰ったら間違いなく殺される。だから天国へ行く為に今日は善業を積むとしよう。



「………え?………まじか……」


──姉の所為で予定より早く家を出てしまったのが雄治にとって仇となった。玄関を出て直ぐ、予期せぬ人物と出会してしまったのだから。



「──ごめん、やっぱり待ってたよ。昨日の連絡だけじゃ納得出来ないよ……」


「……愛梨」


そこには愛梨の姿があった。

楊花と付き合う事になった話と、その女の子と一緒に登校する事になったという連絡は予め行っている。

それなのにも関わらず、愛梨が家の前で待ち構えて居たのだ。



──楊花との待ち合わせまで少し時間が有った。

雄治はどうやってこの場をやり過ごそうかと、深い溜息を漏らしていた。


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