第3話 可愛い後輩
学校からの帰り道。
人気の疎らな住宅街を歩いてると、背後から何者かの気配を感じた。嫌な予感がしたので振り返ろうとするが、アクションを起こすのが少し遅かったみたいだ。
「──坂本せんぱ~いッッ!!」
「……いでっ」
背中に勢いよく抱きつかれた俺は、バランスを崩し前方へと倒れそうになる……だがそれを踏ん張ってどうにか持ち堪える。今の食いしばりは神業と言っても過言ではない。
「チッ」
「ああん?いまお前舌打ちしたか?倒れなかったのを見て舌打ちしたのか?」
振り返った先に居たのは帰宅部の後輩・中川楊花。
茶髪のショートボブで俺より一学下だ。それと身長はかなり小さめで、ヘタすると小学生と見間違うほど小さい。
帰宅部で後輩と言うのは可笑しな話だが、楊花自身が帰宅部後輩を自称するので仕方なく合わせている。
ただ、部活入部してない俺にとっては、唯一後輩と呼べる存在はこの楊花だけだったりもする。
「倒れたら後輩ちゃんの私とスケベな展開になってましたよぉ~?……ああ残念!!」
「わかったから背中から降りてくれ」
「嬉しい癖にぃ~……それとも幼馴染さんみたいに小さい胸のがお好みですか~?私ってナイスバディだ・か・ら」
確かに、身長低い癖に胸だけはやたらデカい。
もうホントに勿体ない。
せめて後10センチでも身長があれば、モデルにもアイドルにでもなれたろうに。
それほどに楊花は可愛いらしい見た目をしている。
もし願い事が叶うなら金なんか要求せず、その低身長を伸ばして貰うんだな。無理だと思うが。
「めんどくせぇな……てか今愛梨の話はやめて」
「………なんかあったんすか?」
意外と察しが良い。いや、愛梨の名前を出され無意識に表情が強張ったのかも……感情的にならないように気を付けないとダメだな。
「……まぁちょっとな」
「良かったら話してくれませんか?」
急にマジトーンになる楊花。
茶化す気は全くないらしい。
そう言えば異性で心許せる存在は、今まで姉ちゃんと愛梨しか居なかったっけ……?
もしかしたら自分が神経質なだけで、愛梨の対応は女性側からすれば普通の事かも知れない。ここは同じ女性という立場の楊花に話を聞いても良さそうだ。
歳下相手に愚痴を溢すのは情けないけど、愛梨とこれからどう接すればいいのかも相談しようかな……?
──楊花とは出会いから仲良くなるまで偶然の連続だった。
彼女とはゲームセンターで半年前に出会った。その時はアーケードゲームの話で盛り上がったのを覚えている。
当時は愛梨の事が好きだったので、他の女性に興味がなく連絡先を聞いたりしなかった。だから二度と会う事は無いと思ってたけど……その数ヶ月後、同じ高校に入学してたらしく帰り道にばったり再会した。
それから良く話をする様になったんだけど……人見知りらしく、愛梨が一緒の時は絡んできた事がない。
……そして悩んだ結果、俺は一連の出来事を楊花に話す事にした。相談するとやはり茶化したりせず、楊花は真剣に話を聞いてくれる。普段ヤバいけど肝心な所では良い奴なんだと思い知らされた。
碓井の時もそうだったけど、俺って友人には本当に恵まれてる。
「なんすか!!その幼馴染さん!!やってること本当に陰湿で最低っすよ!!」
「……俺おかしくないよな?」
「もちろんっす!赤の他人ならともかく!!普段仲良くしてる相手ならもっと誠実じゃないとダメですよ!!しかもあろう事か先輩をキープにしようだなんて言語両断!!」
「お、おぉう……」
あまりの剣幕に思わず後ずさってしまう。
いやでも良かった……女性視点でもおかしいと感じたなら、俺の思考に問題がある訳では無さそうだ。
──それから楊花は何かを熟考し始めた。
普段は見られない真面目な姿を目にし、どうしたのかと雄治が声を掛けようとするが、それより先に楊花から雄治へある提案をするのだった。
「……ねぇ先輩。一つ解決策があるんですけど……どうしますか?」
「ん?解決策なんて無いと思うけど?」
「……あ~っと……なんと言いますか……その……」
「……?」
急にモジモジし始める楊花。
それは今朝、愛梨に見せ付けられた仕草だから止めて欲しいんだけど?と言うかいったい何を企んでるんだ?
「しばらく、私と付き合いません?」
何言ってんだコイツ?
「お前アレだな。頭に行く筈の養分が全部胸に行ったんだな。そりゃデカくもなるわな」
「セクハラ失礼最低張っ倒しますよ?」
「怖いマジごめん」
早口で捲し立てられてしまった。
でも今のは俺が悪い。
突拍子のない話に驚いたとはいえ、口に出していい事では無かったな。今度からは心で思うだけに留めておこう。
いや、と言うより──
「どうして付き合う話になるんだ?」
俺がそう聴くと、楊花は数少ない取り柄である、大きな胸を張りながら質問に答えてくれた。
「だって、先輩朝とか一緒に登校するの嫌なんですよね?」
「まぁそれはそうだけど」
正直それを考えるとかなり鬱になる。あから様に愛梨を避けて父さんや姉ちゃんに告げ口されんのも嫌だしな。
愛梨もわざわざそんな事を告げ口したりはしないと思うが、もう俺には愛梨の考えてる事が良く分からない。だからアイツを分かった気になるのは止めている。
「ですから、私と付き合う事にして、朝私が迎えに行くんすよ!そうすれば幼馴染さんも邪魔したらダメだと先に行くんじゃないすかね?」
「……いやでも……う~ん……」
「な、なに悩んでんすか?……それとも、私はそんなに嫌……ですか?」
涙目で変な事を聞いてくる。
何を勘違いしてるのか知らんけど、何故か泣いてるし、ここは思ってる事を正直に言うとするか。
「いや、流石にそこまでして貰うのは悪い。それに、ぶっちゃけると楊花の事は後輩として一目置いてるから、あまり迷惑を掛けたくないのが本音だ」
「そ、そうですか……私のこと、そんな風に思ってたんすね……割と嬉しいです……」
明後日の方向を向いてぶつぶつ言い出す後輩。
コイツもしかして、今ので照れてんのか?
毎回毎回、会うとアホみたいに抱きついて来る癖に、今の言葉で照れるのか……相変わらず変な奴だ。
まぁそういう変なところも嫌いじゃないけど……実際に今も元気を貰ってる訳だしさ。
「まぁなんだ……気を遣わせてすまんな。それとありがとう」
「あ………ふぅ~……もう決めたっすよ!明日から私、先輩を迎えに行きます!!付き合うっすよ!!」
「え……だから──」
「嫌じゃないっすよッ!!!」
「おお?!」
いつも煩い後輩だが今のは格段に煩い。
手を伸ばせば触れられる距離なんだからマジで止めて……間違って変な声出しちゃったじゃないのよ。
でも楊花の目は真剣そのモノだ。いつもみたいに巫山戯た感じには見えない。本気で俺の彼女役を買って出てくれているんだと確信出来る。
また、俺自身も楊花を気に入ってるのも事実。
例え【フリ】でも、楊花みたいな子が彼女なら嬉しいと思う。
それに愛梨と登校するのはやっぱ嫌だし、ここは可愛い後輩の提案に乗るとするか。
「……少しの間、彼女役を引き受けて貰っていいか?」
「……良いんですか?」
「それはこっちのセリフだぞ?」
「……本当に……夢じゃないっすよね……」
いきなり頬っぺた抓りだす後輩。しかも信じられないほど満面の笑みを浮かべている。
やっぱり脳みそがイカれてるのだろうか?
少し心配だ。手術して治ると良いけど……そう言えば脳みそって手術出来たっけ?
──俺と楊花は肩を並べて歩く。
少し不可解さは残っている……だけど、隣の楊花がずっと嬉しそうに笑っているのは──もしかして、本物の関係を少しは期待しても良いんだろうか?
……いやいや、こんなこと期待してるって楊花に知られたら、それこそ何言われるか分かったもんじゃない。
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~楊花視点~
先輩と別れた私は嬉しさのあまり飛び跳ねていた。
だって夢みたい……ずっと好きだった坂本先輩と『役』とはいえ付き合う事になったんだからっ!
こんなに嬉しい事はないよ!!
反応も悪く無かったし、本物の恋人同士になるのを期待しても良いかもッ!!
いや止めとこう……こんな風に考えてる事が先輩にしれたら何言われるか……多分めちゃくちゃ弄られる。
でも──ふふ、明日から先輩と登校……ほんとうに楽しみだなぁ~
──楊花が有頂天な気分で帰り道を歩いてると、誰かからスマホにメッセージが届いたようだ。楊花は雄治からのメッセージを期待し慌ててスマホを取り出し内容を確認する。
……しかし、差出人を目にして表情を歪める。
『今日は先に帰ったみたいだけど、良かったら明日一緒に帰りませんか?』
──そのメッセージを読むと、それに返事もせずスマホを鞄の奥底へと仕舞う。どうでも良い相手だったからだ。
「……コイツと付き合い始めて1週間。やっぱり好きでもない男と付き合っちゃダメっすね」
そもそも付き合いたい相手じゃないし……先輩と付き合い始めた以上、とっとと別れた方が良いよね。
幼馴染さんが邪魔でどうしようも無かったけど、まさか自分から勝手に先輩を手放してくれるなんて、感謝します。
そうと決まればこのチャンス逃す手はないよね?
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