第7話 長い夜

 日が沈むと、街は明かりを灯し、

一年に一度やって来る特別な夜のお祝いの飾りが街道を彩り、

街のあちこちでは大人達の笑い声と、

子供たちの明るい声が響いていました。

この夜だけはいつもよりも時間の早さが遅くなるので、

子供たちはいつもよりも長く外で遊ぶことができます。

そして、今年一年の収穫の感謝を込めて、

家にはごちそうが並び、大人たちはお酒をくみかわします。

そうして人々は、それぞれに長い夜を過ごすのでした。


 その頃、エイミーとサーヤは、

約束の時が来るのを待っていました。

時計台の中はサーヤのおかげできれいになっており、

大きな時計の歯車たちが静かに時を刻むのでした。


そして、月がはっきり見えたその時、

あの”迷いの森”の方から、ケモノたちの声が聞こえてきました。

それは姿を見せることなく、街の方へと近づいてくるのでした。

街の人たちは楽しいことに夢中で、それに気がつきません。

しかし、街からほんの少し離れているサーヤたちには、

その声が聞こえたのでした。


ついに、その時はきたのです。


街のあちこちから、うなり声とともに

ケダモノたちが飛び出してきました。

これを見て驚いた街の人たちは大さわぎ。

あちらこちらに逃げ惑う人や泣き出してしまう子供たち。

しかしそんなことも気にせず、

彼らは街の人たちに襲いかかります。

そんな街の真ん中を、一人歩いてくる影が。

そう、彼こそが”はぐれオオカミのスタン”です。

彼は街の真ん中の時計台広場で立ち止まると、

ケダモノたちを静かにさせました。

そして、街の人たちを広場へと集めました。

そこで、いよいよ彼が口を開きます。


「サーヤ、約束は忘れてはいないね?

 身代わりを渡してもらおうか。

 さもないと、君の妹がどうなるか、

 ここで見せてあげよう。」


そう言うと、彼は大きな体の影からアイリーンを出しました。

それを見ていたエイミーは我慢できずに飛び出してきました。

「私が身代わりになります!だから妹をはなして!」

しかし、彼は首を縦に振ろうとしません。

エイミーはケダモノに捕まったまま動けなくなってしまいました。

そこへ、アイリーンが口を開きます。

「お姉ちゃん、ごめんね。私は大丈夫だから心配しないで。」

その時です。

「私は、ここにいます。」

と、サーヤが時計台から降りてきました。

そして、こう続けました。


「スタン、あの時は驚いてしまったけど、今はもう怖くない。

 あなたの連れている手下たちも、私は怖くない。

 それでもまだ悪さをするのなら、私は許さない。」


そう言うと、サーヤは静かに呪文を唱えました。


「クインシルバ ドルミウント

ヌン テンプス エスティーク

レビビシェーレ」


すると、鐘の音とともに、

時計台の針がゆっくりと逆回転をはじめました。

そして、教会の中から、

なんと服を着たガイコツたちが出てきました。

彼らはゆっくりとこっちへ近づいてきます。

街の人たちは何が起こったのかまるでわからず、

ただただ見守ることしかできませんでした。

そしてついに彼らは広場にたどり着き、

ケダモノたちを取り囲みました。

ケダモノたちは何もできないまま、

ただ動けずにいたのでした。

それを見ていたスタンは、

もう一度サーヤを見ると、こう言いました。

「まさかお前、ヤツに会ったのか?」

と。

次の瞬間、時計台のかげから人影が。

「その通りだ。」

と言いながら出てきました。

そう、バルタザールです。

更に、彼は言いました。


「スタン、お前は約束を破ってしまった。

 あれだけ人間に手出しをするんじゃないと言ったのに。

 この動物たちも本来なら精霊になってたはずだ。

 スタン、お前も本当はそうなりたかったはずだ。

 だから私がここにきた。」


それを聞いていたスタンは何も言えず、

ただ、そこに立っていることしかできませんでした。

そして、彼は懐から十字架を出すとこう言いました。


「安心しろ。お前は俺が助けてやる。」


そう言うと、彼は十字架をかかげながら呪文を唱えました。

「メンスレクタ レディアドシルヴァン」

すると、海の方から強い風が吹いてきました。

その風はとても強くて、

誰もが目が開けていられないほどでした。

そして、しばらくすると、

風は吹き抜けていきました。

人々が目を開くと、

そこには、さっきまでいたはずのケダモノたちが、

ガイコツたちとともにいなくなっていました。

しかし、ふと見ると、

スタンはまだそこにいたのでした。

彼はしばらくだまっていましたが、

少しすると、ゆっくりと口を開きました。

「お前、何をしたんだ。」

その言葉に、バルタザールが答えます。

「みんな、いるべき場所に帰したのさ。」

次の瞬間、スタンの後ろに二つの白い影が。

それは少しずつはっきりと見えてきました。

そして、顔がはっきり見えた時、

エイミーが叫びました。

「お父さん!お母さん!」

そう、その2つの影は、

エイミーたちのお父さんとお母さんなのでした。

「スタン、飼い主が迎えにきたぞ。」

とバルタザールは言いました。

なんと、スタンの飼い主はお父さんたちだったのです。

そして、お父さんがスタンにこう言いました。

「スタン、長いこと一人にしてすまなかった。

あの時から私はお前を探していたのだけど、

まさか、こんなふうになっていたとは…。

どうか、悪く思わないでくれ。

もう一人にはしない。一緒に森へ帰ろう。」

すると、スタンが答えました。

「俺はあんたが好きだった。

あの時、あんたは逃げたと思ってた。

でも、そうじゃなかったのか…。

俺はとんでもなく悪いことをしてしまったようだ。

あんたの娘に俺は気付かされたよ。

離れていても家族は家族なんだと。

俺の方こそすまなかった。

どうか、あんたのそばにいさせてくれ。」

そう言いながら、彼はひざを落としたのでした。

それを見たアイリーンが彼に言いました。

「飼い主さん、見つかってよかったね。」

そう言うと、アイリーンはにっこり笑いました。

そんなアイリーンの頭を優しくなでながら、

お母さんは言いました。

「しばらく見ないうちに、

みんなしっかり者になったわね。

これなら安心だわ。

エイミー、サーヤ、アイリーン。

あなた達は私の自慢の娘たちよ。

お母さんは、いつでも見守っているからね。」

そう言うと、お母さんはにっこり笑いました。

次の瞬間、雲が月を隠して、

街の灯が全て消えてしまい、

辺りは少しの間真っ暗になってしまいました。

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