第15話 真田との電話

 結城と真田の着信は、よく被る。二人とも社会人として働いており、自然、平日に通話できる時間は同じくらいとなるためだ。よく、3人同時に通話する事もあるが、やはり三人以上の通話ともなると、発言が混み合ってしまい、もどかしい所がある。こればかりは、如何ともし難い事だ。

 着信を報せる振動に急かされ、通話ボタンを押す。長く連続した通話を続けるため、水分を摂りながらの話をさせてもらいたいので、水を用意したい、と彼に一言断って、可及的速やかにそれを用意して、いざ通話へと移る。


 真田とは、結城と同じく20年来の友人であるだけでなく、彼自身も私と同じ様に、精神的に病んでいる、いわば病み友達、とも言える関係である。健常な人間と病んだ人間の間には、やはり理解し合えない所がどうしてもあるが、同じような経験を経た彼とは、共感して分かり合えるのだ。

 仲間内でいち早く結婚した彼は、順調にIT関係企業に就職し、多少健康に不安はあったものの、高い能力を発揮して、日々バリバリと仕事に、家族サービスに邁進していた。趣味のゲームや音楽を、時たまに私も一緒に楽しんだものだ。家族で飲み会に来てくれた事もあった。

 そんな彼を変えてしまったのは、突然の単身赴任だった。大都会・東京の通勤ラッシュに揺られ揺られ、心の支えであった家族とも離れてしまい、少しずつ、日々の暮らしが荒れていった。やがて食事も満足に摂れない程に疲弊してしまった彼を、大都会の通勤ラッシュが、その心を壊してしまったのだ。

 多くの困難を乗り越えて、故郷へ帰ってきた彼は、懸命に自身の病と向かい合った。家族の助けを得て、足掻き、踠いたその一年に渡る闘いの果てに、奇跡の様な復活を遂げたのであった。言葉にするのは恥ずかしいが、私は、そんな彼の姿勢に心からの敬意を抱かずにはいられない。

 病む事にかけては先輩であった私に出来る事と言えば、病院を紹介する事くらいであった。そんなちっぽけな事しか出来なかった私は、一人の友として、もっと出来た事が無かったろうかと、恥ずかしくなる時もある。


 そんな彼へ、一つ大きな迷惑をかけてしまった事がある。私が今回の遁走を発症する直前に勤めていた農場を紹介し、少しずつ社会復帰をしていた彼を放り出して、遁走をしてしまったのだ。申し訳なく、恥ずかしく、友人失格な行為を仕出かしてしまった私に、なんと彼は心配し、私の家族と共に遁走した私の捜索を手伝ってくれたのだ。その過程で私の遁走の原因を、家族では無いかと強く疑い、私が見つかり、入院してからは、こうして結城と同じく2、3日に一度の頻度で連絡をくれて、割とストレートに、両親との決別を勧めてくるのであった。


 私が入院する前に、結城、真田と、地元で同級生がやっている喫茶店でコーヒーを飲んだ事があった。今回の遁走に至る経緯などを色々と話したのだ。その際、高校時代の友人である藤野さんが、わざわざ札幌から来てくれたのだが、彼女も波瀾万丈な人生を送ってきた人であり、その経験から、人の事を慮ることの出来る、性格の良さと美しさを兼ね備えた女性である。その日のひと月前に自殺を試みる程に心を病んでしまった経験などを、明け透けに語り、すっかりそちらに話題を持って行かれてしまったが、その際の彼女の性格の良さなどを真田は気に入った様で、電話する度に、盛んに彼女と私の結婚を勧めてくるのであった。曰く、お前を理解してくれる女は、藤野さんしかいない、との事だ。


 今夜の通話は、今夏の異常気象が農作物に確実に悪影響を与えているとの事、両親との決別の薦め、藤野さんとの結婚の薦め、の3点セットであった。

 それぞれの話題が、中々自分にとっては重い話題であったが、隙間隙間に下らない会話を混ぜながらも、彼の心からの心配を感じる通話であった。

 両親へは、自分の想いを手紙で伝えようと思っている事、藤野さんにとっては、多分私はつまらない相手であろう事、農作業で倒れない様に、などと返答して、今夜の通話は終了したのが、21時55分、消灯5分前であった。


 今日はこうして、様々な感情を揺さぶる日常を過ごして、暮れていったのだった。

 

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羊蹄に揺蕩う雲よ カゼタ @kazeta2199

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