第11話 弾き語り

 初めて足を踏み入れた音楽室は、ジムのさらに奥にある、人通りのほとんどない通路の奥に存在する。音に繊細な患者も抱える病院にとっては、常に騒音という問題と隣り合わせである音楽に対して、仕方のない妥協案であろう。広さは10畳ほどと、中々の広さである。きっと合唱などの練習もできるように考慮されているのかもしれない。防音壁と、4枚ほどの窓、奥の方にピアノと、ギターが2台立ててあった。どうやら弦がナイロンの、クラシックギターのようだ。ピアノの椅子には一人、作業療法士の女性が座って待っていた。

 クローゼットから取り出した数冊の楽譜は、全て70年代フォークソングに関連した楽譜である。これも両親の影響が色濃い嗜好であるが、「自分」を形成した大事な要素となりつつある。特にさだまさしの歌詞の世界には、その物語性のある小説のような世界に熱中したものだ。入院にも、必ず楽譜は持参していた。

 予約制を導入しているだけあって、当然のように利用者は私一人であるが、作業療法に当たるため、当然作業療法士が一人付く事になり、件のピアノの女性がその人のようだ。時間は20分との事であった。

 当たり障りのない、はじめまして、という挨拶にも、にこやかに答えてくれる、柔和で小柄な印象の方だ。

 40代ほどの岸田さんという作業療法士さんで、音楽療法士の資格も持っているらしい。簡単に、音楽室の利用上の諸注意を聴き、早速ギターを手に取る。

 半年以上ぶりに手に取るギターは、少し草臥れてキズが目立つが、綺麗に掃除され、弦も新しく張り替えられている状態のようだ。とある中学校で使われなくなったギターを引き取って、手入れをして使える状態にしたものだと、岸田さんが説明してくれた。

 G、D、C、などの、馴染みのコードを弾き鳴らす。うん、音は悪くない。腕は錆び付いているが。

 療法としては、ギターの基本から、北の国からを弾けるようになるまで、ゆっくりと弾くだけ、というのが方針だそうだ。

 私は持ち込んだ譜面と、弾き語りがしたいという希望を岸田さんに伝えたところ、特に問題はないため、認められた。

 精霊流し、秋桜、防波堤で見た景色、と言った曲を弾き語ってみた。やはり音楽は良い。少し、元気が出た。

 聴いていた岸田さんも褒めてくれた。今後は週に2回、毎回出る事にした。

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