第10話 音楽の萌芽

 翌朝、目が覚めたのは朝7時。一体何時間寝てしまったのか、身体中の関節と背中が痛い。おまけに少しだけ怠さもある。体温計は平熱を示しているため、やはり精神的な疲れであろうか。

 私はのろのろと朝の洗顔等の準備を済ませると、朝食を摂る。本日は食パンメインの洋風朝食のようだ。本来、朝はパン食が多かった私にとってはありがたい。我儘を言えば、クロワッサンや塩パンなど、もっと脂っ気と塩気のあるパンが好みだが。


 朝食を終えて、私は昨日のカウンセリングを思い出す。幼少期から抱えていた思いを、あのように一つにまとめて誰かに話すのは、実は初めての事であった。これまでもカウンセリングや先生との診察で、その欠片のような話をする事はあったものの、どうしても話が飛んでしまい、黙り込んでしまう事が多かった。しかし、その悔しさから書き溜めていたメモと、五郎先生という心許せる先生を前に、ようやく心の内に思っていた事を言葉にして伝えられた事に、希望を持てた気がするのであった。


 朝食後の思考を終えて、私は二日ぶりにジムへと向かい、汗をかく事にした。身体は元気であるため、やはり動かさねば夜、中々寝つきが悪くなってしまうのだ。手早くジャージに着替え、着替えを準備していると、中に積んでいた楽譜が数冊、パタパタと落下してきた。

 そう言えば、最近音楽に触れていない。この病棟には音楽室まであり、時間を決めて予約をすれば誰でも使えるきまりになっている。70年代フォークソングのギター弾き語りが趣味であった自分は、何冊かの楽譜を持ち込んで入院したが、精神的な余裕が音楽にまで振ることが出来ず、こうして楽譜は少し埃を被っていたのだった。昨日のカウンセリングでの小さな快挙は、自分に音楽への関心も、少し甦らせてくれたらしい。

 ああ、久々に弾き語りをしたいな、と思った。


 ジムで体を動かし、汗をシャワーで流した後、ナースセンターで音楽室の予約状況を確認すると、今日の午後2時から使用可能らしい。私は予約をお願いすると、しばらく溜まってしまった洗濯物の洗濯に取り掛かった。

 コインランドリー式の洗濯機は2台しかないため、時折順番待ちが発生する。今日は折良く洗濯機を確保できたため、手早く設定して自室へ戻る。洗いから乾燥までしてくれる優れもので、是非自宅に欲しい。

 自室に戻ったら、洗濯が終わる40分後まで、少し片付けを行った。物は少ないとは言え、あまり整理整頓が得意ではない自分には、こうしてたまに纏まった整理整頓タイムが必要なのだ。ベッドや部屋の床などは、掃除担当の職員が各部屋2日おきにやってくれるため、専らクローゼットと机の中の整理が必要な作業となる。私は少しだけ気合を入れて、クローゼットの扉を開けるのだった。

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