第5話 五郎との想い出

長田先生の診察を終えた後、一旦病室へ戻る。スマホを取り出し、10年以上前の写真を改めて眺め、時の流れを無性に感じてしまった。思い出がよみがえってくる。

彼は私の高校時代の2つ下の後輩にあたり、同じ合唱部で切磋琢磨した仲であった。しかし弱小合唱部であったため、専ら切磋琢磨したのはふざけて行った即興コントの方であったが。私はテノール、彼はベースを担当しており、数少ない女子の歌声を潰さぬため、歌声を押さえる練習をさせられるほど、お互いに良い声をしていた。

部活動としては1年だけの交流であったが、その後私が就職してからも、何かかしかの交流を持ち続けてくれた。就職1年目の冬、彼が高校2年生の時、私はうつを発症し、人生で初めての遁走をしてしまった時も、わざわざ自宅まで様子を見に来てくれたことがあった。料理好きで飲食業に進むか、医師にも興味があり、進路に悩んでいた彼は、そこで苦しんでいる私を見て、医師を志すきっかけになったのだ、と、その数年後の飲み会で教えてくれたことがある。

大学を卒業した彼は、いつか先輩の主治医になりに戻ってきます!と、鹿児島の病院へ向かっていった。それが5年前のことであったが、些細な口約束を、義理堅く守ってくれた後輩に、少しだけ目頭が熱くなってしまった。歳のせいだろうか、最近は涙腺が弱くなってしまっていけない。

少しの間、思い出に浸っていたが、気づいたら午前10時半を回ってしまっていた。この時間はいつもなら併設のスポーツジムで汗を流している時間であった。私はあわててジャージに着替え、ジムへ向かうこととした。

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