第4話 懐かしさと少しの気恥ずかしさと

 診察室は白を基調とした変わり映えもしない内装と、顔馴染みの看護師さん、それに件の新しい先生が座っていた。先生はカルテを片手に、優し気な目線で入室を促す。顔はマスクに隠れていて、私より背の低い、しかしどこか仏様のような雰囲気を纏った男性であることと、その目線にこもった優しさは容易に読み取れた。しかしこの目、どこかで見たことのある気がするのだが。

 促されるままに椅子に着席し、よろしくお願いいたします、と頭を下げる。コミュニケーション能力の低い私でも、初対面の先生にはこれくらいのあいさつは出来るくらいに回復したのだ。先生も、はい、よろしくお願いします、と、挨拶を返す。言葉のキャッチボールの1往復目は、順調な滑り出しである。

 いつもならここから本人のフルネーム確認と最近の精神状況について、流れるように診察に移行するのだが、先生はなかなかキャッチボールの二巡目に突入せず、何かを期待するようにニコニコと、5秒ほどだったろうか、私の顔を見続ける。やがて少し気恥ずかしそうに、こう言葉を発した。

 先輩、僕です、わかりますか。今は長田になりましたけれど、後輩の秦野五郎です。約束通り、先輩の主治医になるために、この度鹿児島から帰ってきました。どうか、よろしくしてやってください。

差し出された手に、一も二もなく飛びついて、久々に感じた、現実感のない嬉しさに私は破顔一笑してしまった。嬉しくないわけがない。5年前、医療の道に進んだ彼は、私の症状を目の当たりにして進路を精神科医に決めたと、いつか先輩の主治医になります、と医者の世界に飛び込んでいった男なのだ。そんな約束を覚えていてくれる義理堅い男を、一瞬で認識できなかった自分に少し腹が立ってしまった。

そこからは、彼の鹿児島での苦労話や、資料にもある私の病状の簡単な確認をする流れとなった。しかし、あくまで私と彼は今、患者と医師であることを意識し、あまり話を脱線させないように気を配ったつもりだが、気付いたらいつもの診察時間の3倍は話し込んでしまっていたため、看護師からのお小言を頂戴してしまった。

今後の方針として、主治医は田島先生、五郎はカウンセラーの資格も所持しているということから、診察とは別個のカウンセリングの時間を担当してもらうこととなった。カウンセリングとなると、より個人の思考に踏み込んだ話をすることになるが、気心の知れた五郎なら、私は受け入れることができる。初回のカウンセリングは明日からということで、本日の診察は終了となった。入院してから一番うれしい事件、というか出来事であったし、明日からの入院生活に、一つの光明を見た気分だ。

診察室から出た私は、軽やかな足取りで自分の病室へ向かっていった。

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