7


時刻は午前01:48


俺は飛び跳ねるように起きてすぐ、離れて暮らす弟に電話をかけていた。


それも今見た夢のお陰だ。


何だか胸騒ぎがする。

杞憂であれば良いが。


しかし電話をかけ続けるも一向に出る気配が無い。


この時間だ、出なくとも当たり前だが。


鳴り続ける発信音を聞きながら心を落ち着かせた俺は一度電話を置いて一服入れる事にした。


タバコを強く吸い込み天井を仰ぎながら大きく深呼吸する。


そしてそのまま二、三回吸ってまだ長さの残るタバコを灰皿で丁寧に揉み消した。



酷い夢だ。


書くか迷うが、やはり書くか

弟には朝、もう一度電話してみよう。



この夢の内容を書く前に、

いつかこの文を読んでくれるかも知れない人達には少し説明がいるだろうからまずはそれからだ。



俺には十も離れた弟がいる。

最初弟が生まれた頃はそれはそれはもう何よりも可愛がったものだ。


自分もまだ小学校だというのにベビーカーに弟を乗せて散歩に行ったり、少し大きくなってテレビも見るようになれば弟が楽しめそうな子供向けの番組を録画しておいてやったり。

しかしそれもまあまあ大きくなってくると可愛げも減って生意気さが目立つようになる。

そうなると喧嘩をしてる訳でも無いのに不思議と会話が減ってくる。

それから少し経ったつもりでも気づけばもう成人して勤めに出ていたものだ。


年の差がいくつあろうと男兄弟なんて物はそうやって勝手に育っていくのだろう。


俺としては実はもうちょっと兄貴らしく甘やかしてやりたい気持ちもあったのだが。


何か小っ恥ずかしくて出来なかったな。


まあ俺にはそんな弟がいるとわかってもらった上でさっき見た夢を書くので読んでもらおうと思う。





夢に意識を落とすと俺はどこの家だかわからない広い家の広い台所にいた。


俺の後ろには小学生低学年ぐらいの子供が3人、賑やかに立っていた。

その中の一人は俺の弟である事はわかっていたが後の二人は知らない子供だ。


その子供達は何かを楽しみに待っているかのように浮き足立って騒いでいる。

きっと待っているのは、俺が今作っているインスタントラーメンだろう。


休日に弟が友達を連れてきて遊んでいる間に昼飯時になったのでお兄さんがラーメンを作ってやろう。


そんな感じのシチュエーション。

ほのぼのした夢だ。


こんな事してみたかった。


最も弟はそんな友達を連れて来るようなタイプではなかったが。


忘れてしまう前に話を夢に戻そう。


俺がラーメンをグツグツ煮込んでいると、俺の真後ろにいる弟達がざわついている事に気がついた。


一体何があったのか。


俺もコンロの火を止め後ろを振り向くと


そこには親父が仁王立ちで構えていた。


そういえば夢が始まってから親は出てこなかった。

夢の世界でどこへ行ってるか等わかる筈もないが、

休日の、それもこれから昼飯だという時に親父が帰ってくる。

なんて事はない普通の事だ。

ただ一つ、


親父は俺にとって、現実では心底恐れている存在だったのだ。


昔から怒られるような事をするとすぐ殴られるから物を落とすとか、何かを失敗とかすると俺はすぐ親父の顔色を伺う。

すると親父はそれに腹を立て更に怒る。


そんなおっかない親父が今夢の中で俺の前に立ってい。


そこで俺は現実でも無いのに、親父の顔色を伺って現状の言い訳をしてしまった。


親父にはしちゃいけない事だとわかっていたのに。


気を悪くした親父は険しい顔でゆっくりとこちらに近づいて俺が使う為に置いていたラーメン用の器を一つ手に取った。


そして思い切り振り上げ、


俺は恐怖に負けて反射的に顔を体ごと背けた。



パカッと陶器が勢い良く割れる音が響いたが俺はどこも当てられた感触は無った。


急に嫌な予感がし、はっと振り向くと

やってしまったと思っているかのように狼狽る親父と

今にも泣きそうな顔で首を手で抑えながらこちらを見る弟がいた。

その手で抑える首筋には手のひらで覆いきれない傷が出来ていた。


他の子供はいるのはわかるがもうはっきりと見えてはいない。




「うわぁぁあああああ!!!!!!!」



俺は目の前の光景が信じられず慌てて親父の手によって首を切られた弟を抱きしめその傷口を確かめた。


何センチまで切れているのかわからない程深くぱっくりと割れた首筋を見て俺は親父に

「病院だ!早く!病院だよ!」


と訴えるが親父は狼狽えたまま俺の呼び掛けに反応すらしてくれない。


何なんだよこの親父は!、と思いながら弟の首を手で抑えるが弟が不安そうに俺の名を呼ぶ度に深く切れた首筋から血が溢れてくる。


俺はその血を止めようと躍起になって強く手で傷口を塞ごうとするが血の勢いは緩まる事も無くただ無情に流れ続けていた。


どれだけ親父に病院だ医者だと避けんでも親父はその身を震わせるだけでなにも反応してはくれない。


弟の体は弱く震えている。


夢の中とは言えど、これから間もなく死ぬかも知れない弟の不安そうな、眉をひそめて泣きそうに俺を見つめるあの顔が脳裏に焼き着いてしまった。




ここで俺はこの前代未聞の悪夢から飛び起き自分の手についた血の汚れが無かった事を確認してこれが夢であった事を心から感謝した。


しかし夢から覚めても弟にひょっとしたら何かあったのでは?これは何かの予知夢なのでは?

と急激な不安感に襲われて弟に電話をかけ全く電話に出てくれない。

その後少し落ち着いてきたにしてもやはりまだ不安がある。


夢で見たあの弟の顔がちらついて寝れない。

年の離れた可愛い弟が心配で寝れない。

朝早くでも電話してみよう。


タバコ火をつけながら書いた文を見返すと誤字脱字がちらほら見つかった、

しかし何だか

直す気が起こらない。

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