8.
ささやかな晩ごはんを済ませたホシミとアカネは、また神社に戻りました。今は拝殿の中に隠れて、そこから星を見ています。
真っ白な天の川が空を縦断して、南にある
「わたしね、いつもお父さんが帰ってくるまで、こうして星を見てるの」
「素敵な趣味ね。ロマンチックでいいと思う」
「ううん、ロマンチックなんかじゃないよ」
「どうして?」
「だって、ひとりでいるとやることないからそうしてるだけだし……でもね、今はロマンチックかなって」
「あたしがいるから?」
「えへへ……」
ホシミは照れくさくなって、またサイドポニーを撫でました。アカネとの友情の証を。
いつもなら、星を見ているとその日にあった嫌なことが思い出されてきて、泣きたくないのに涙が出てくるところです。でも今は何かを思い出すのではなく、ただ幸せな気持ちで満ちていました。
ホシミはそっと、隣に座るアカネの手を握りました。アカネもそっと握り返してくれました。
「アカネさん」
「なあに?」
「わたしたち、ずっといっしょだよ?」
「うん、ずっと一緒よ」
朝までこうしていたいな、とホシミは思いました──が。
「そこにいるのはほっちゃんじゃない? こんなところにいたのね」
邪魔というのは、どこにでも入るものでした。
「何奴……!」
アカネに(隠れていて)と目で言われたような気がしたので、ホシミは拝殿の奥の方に隠れました。
一方のアカネは拝殿から出ていき、鳥居の下にいる
「あなたは娘のお友だち?」
「娘ですって?」
(!!??)
アカネにそう言った女の声に、ホシミは嫌というほど聞き覚えがありました。それにホシミのことを「ほっちゃん」とか「娘」とか呼ぶその言葉遣い。
その条件に当てはまる人間はこの世に一人しかあり得ません。
そう。
(お母さん……!!??)
一年前にお父さんと離婚した、ホシミのお母さん──
「こんな格好してるから分かりにくいかしら? うふふ、でもね、これが私の正装なの。だって〈レイディ=セレマイト〉から直々に賜ったんだから。今日はね、本部から娘を迎えに来たのよ」
「……あ、あー、なるほど……」
アカネが呆れたような声を漏らしました。マコの様子が明らかにおかしいと分かったのです。
恍惚とした声色でよく分からないことを言っているマコの服装は、まるでおとぎ話に出てくる魔女のコスプレでした。黒い帽子にワンピース、それに竹箒……。大きな帽子のつばからは貼り付けたような不気味な笑顔が覗いています。
ハロウィンはまだかなり先なので、こんなチープな仮装をして外を出歩くようなことはありません。要するにマコは、その言動をカルト宗教に狂わされていたのです。
「道理で離婚されるわけだ……」
「離婚? 離婚なんてしていないわ」
「でもホシミちゃんが離婚したって……」
「それは思い違いよ!」
マコは急に豹変し、町中に響き渡るほどの大声で怒鳴りつけました。
「〈コロンゾン〉っていう悪魔が、無理やり私を追い出させたのよ! 真実を知っている私が邪魔だから、力づくで排除したの! 夫も〈コロンゾン〉に洗脳された被害者なのよ!」
「こ、ころ?????」
「だから私とあの人は離婚なんてしていないわ。あの人の洗脳さえ解けば全部元通りになるのよ。離婚しただなんて、〈コロンゾン〉が娘にそう嘘をついているだけのことなの」
「アカネさん、耳をかしちゃダメ!」
ホシミは拝殿の奥から呼びかけました。ああなったマコの言葉をまともに聞く意味は一つもないのを知っていたからです。
そんなホシミの言葉は否応なしにマコを刺激し、狂気を加速させていきます。
「ほっちゃん、お母さんは本当のことを言っているのよ!? どうしてそんなことを言うの!?」
「何が本当だっていうの!? お父さんはせんのうなんかされてないもん!」
「〈レイディ=セレマイト〉が間違ってるって言うつもり!?」
「それをせんのうされてるって言うんだよ! 何が〈レイディ=セレマイト〉よ!!」
「洗脳されてるのはほっちゃんの方よ! どうして分かってくれないの? 私がいるうちはそんな酷いことは言わなかったのに……!!」
マコの声が震え、嗚咽が混じり始めます。
程なくしてマコはその場に崩れ落ち、大人気なく泣きじゃくりました。ホシミにとっては何度となく見た光景でしたが、こんなところをアカネに見られたのは恥ずかしく思われました。
そのアカネは「ええ……」と戸惑いを隠せずにキョロキョロしていましたが、ホシミが「アカネさん、行こう」と呼びかけて出ていくと、その手を取ってついていこうとします。
しかし。
「!?」
「あなたね?」
「な、何がですか……?」
マコがアカネの足を掴み、その歩みを止めさせました。力持ちなアカネがいくら振り切ろうとしても離れません。
急に泣き止んだマコは鬼のような形相でアカネを睨みつけると、心底恨めしげに言いました。
「あなたが〈コロンゾン〉ね!?」
「は!?」
「あなたが私の夫を洗脳したんでしょ! 娘があんな酷いことを言うのもあなたのせいよ! その真っ赤な髪と目が何よりの証拠!!」
「やば……。ホシミちゃんだけでも逃げて!」
「逃がさないわ、〈フォレストウォール〉!」
マコは立ち上がるなり竹箒を振り、神社の入り口に柄を向けて叫びました。
するとその英語の呪文が効果を発揮し、不思議なことが起こります。
なんと鳥居の足元からぞわぞわと草木が生い始め、植物の壁を形成し、完全に出入り口を塞いでしまったのです。アカネの脚力でも飛び越えられそうにありません。
なんということでしょう。マコは魔女のコスプレをしただけの一般人ではなく、本当の〈魔法使い〉だったのです。
「「なっ……!?」」
「うふふ、どう? 真実を知っていればこんなこともできるのよ」
科学で説明のつかない現象を見せられたホシミは呆気にとられます。さらにマコは竹箒を宙に浮かべ、その上に腰掛けて空へと上がっていきます。まるで本物の魔女であるかのように。
「死になさい〈コロンゾン〉! 家族に手を出した報いを受けてもらうわ。〈ホーミングコラプス〉!」
空高く浮かび上がったマコが再び呪文を唱えると、今度は周りの木々からミシミシという音が聞こえてきました。軋んで裂けて折れるような、不吉な音が。
アカネは一体なにが起ころうとしているのか悟り、ホシミの手を掴みました。
「あっちへ逃げて!」
「アカネさんっ!?」
そして投げ飛ばすかのように引っ張り、拝殿の方へ走らせます。ホシミはバランスを崩しながらもなんとか転ばず走り抜き、拝殿の中へ入りました。
しかしアカネはついてきません。その場に留まって木々を睨んでいます。
「アカネさんっ! アカネさんも早く──」
「…………」
「アカネさんっ!!」
そのアカネの身体に、鎮守の森の木々が殺到していきます。
のしかかるように。
そして。
「アカネさぁぁぁぁぁん!!」
アカネの姿は木々に押しつぶされ、見えなくなってしまいました。
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