7.
一方その頃。
アカネを見つけて連れ帰るべく、国連ANNAの一味は地元の警察と協力して──というより無理やり従わせて、町中を探し回らせていました。
一味のリーダーである初老の淑女は警察署の一室を乗っ取り、警官二人から報告を受けていました。
「湖畔を中心に捜索したものの、これといった手がかりはありませんでした」
「隣の
「いいえ結構。山狩りなんて必要ありません。もう一度
「「了解」」
二人が部屋を出ていくと、淑女はため息をつきました。
彼女はANNA所管の研究所の博士で、アカネこと
そのナツミが実験中の事故により墜落、記憶を失い、混乱して行方をくらましている──これはとんでもない事態です。早々にナツミを見つけ出して収拾をつけないと、後々どんな面倒な事件を招くか分かりません。
(失ったのはエピソード記憶だけで、身体に染み付いた手続き記憶は恐らく健在。私たちの車を破壊して足止めを図ったのがその証拠。とすれば、夜の山へ入ることの危険性も本能的に覚えているはず)
「〈魔法使い〉、英語で言えば
博士が机の上で手を組んで考え込んでいると、隣に座っている警察署長が唐突に言いました。
「だからその頭文字を取って〈M事案〉。噂に聞いたことはありますが、ここまでてんやわんやの大捕物になるとは聞いていませんでしたよ」
「噂?」
「ええ。あるヤクザの事務所へマル暴が殴り込もうとしたら『Mだ』と言われて止められたとか、凶悪な強姦殺人の捜査がいきなり打ち切られたんで、納得行かずに訳を聞いたら『Mだ』とかね。
Mに指定された事案はどこかの特務機関が捜査を引き継ぎ秘密裏に解決するが、記憶の消去や情報操作、さらには
「…………」
「しかしまあ部内で噂になっているのは、こうしたある意味スケールの小さいケースだけでしてね。まさかその特務機関が警察署を直接占拠しに来るとは……」
警察署長は嫌味ったらしい半笑いで言いました。
実際、署長は博士たちANNAの一味に腹を立てていました。カルト疑惑のある新興宗教の調査や昨晩から行方不明の男性の捜索で忙しかったところへいきなり押しかけてきて、重大な事案だとか言って指揮系統を乗っ取ってしまったのですから。
署長は尚も続けます。
「というか大体、Mだの〈魔法使い〉だのが本当だったことすら信じられませんわ。悪い夢でも見ているようだ」
「夢ならよかったんですが、これは現実です。魔法使いは実在するし、今まさに町内を逃げ回っている」
「ま、私の知ってる〈魔法使い〉とはずいぶん印象が違いますがね。魔法使いってのはもっとこう、『キュアップ・ラパパ』とか唱えるようなやつを想像してたんですが……あなた方の追っかけているのはまるで仮面ライダーだ」
「あの子が特別なだけです。普通は呪文とか唱えますよ」
「『キュアップ・ラパパ』って?」
「ええそうです」
「ウソだろオイ……」
その時、コン、コン、コン、と部屋をノックする音が聞こえました。それに続き「失礼します」という声。
博士が入るよう促すと、白制服を着た男二人が入ってきました。警官ではなく、博士の部下です。
「あらあなたたち。もう動けるようになったの?」
「そうやってイジるのはおやめください」
「博士だってね、まさかあんな女の子が金的狙ってくるとは思わないでしょ」
部下たちは先程の失態をなじられ、顔を赤くしました。
まさか魔法使いともあろう二人が、よりにもよって一般人の子供に無力化されるなんて。このことは今後一生笑い草にされ続けるでしょう。
「まあそれはそうと、何の用? ナツミがとうとう見つかった?」
「いえ、そうではなく。我々の仕事が増えました」
「なんですって?」
「町内で行方不明になっていた男性がとあるカルトの本部で発見されたのですが、その教祖と信者数名が魔法使いだったそうで……男性は連中に監禁されており、上から我々に救助命令が出ています」
それを聞くと、博士は生き生きと部下たちに指示を出しました。またしても仕事を奪われ、あくびをしている署長の隣で。
「よろしい。それじゃそちらはあなたたちに任せます」
「お、俺たちがですか?」
「1佐の捜索はいいんですか?」
「いいから行きなさい。ナツミのことは大丈夫です」
「「りょ、了解!!」」
二人の部下たちは敬礼をすると、部屋から出ていき現場へ向かっていきます。
それを見送る博士の頭の中では、まるでパズルの手がかりが見つかったかのような気持ちよさが満ちていました。
(……ナツミは春野ホシミと共に行動している。そしてカルトどもが監禁してる男性は、その春野ホシミの父親……なら、カルトの方を追っていればナツミに繋がる可能性がある)
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