6.

「う……ん」

「あっ、起きた……」


 次にホシミが目を覚ましたのは夜でした。

 起きて辺りを見回すと、そこはさっきまでいた神社でした。人の気配はありません。


「……あっ、さっきのやつらは──」

「しっ!」


 ホシミが大きな声を出しかけたところ、アカネは人差し指を口に当てて止めました。


「一応撒いたけど、まだ探し回ってると思うから。たぶん増援も来てるし」

「ご、ごめん……でも、ここにいていいの? 見つからない?」

「ふふっ、灯台下暗しってね」

「……ねえ、さっきのやつらって……」

「うん。記憶を失くす前の仲間……だと思う……」


 アカネは自信なさげに言いました。いや、自信がないというより、認めたくなかったのかもしれません。もし本当にあれがアカネの仲間だったなら、自分のせいでホシミに迷惑をかけていることになるのですから。

 もちろん、ホシミは迷惑だなんてこれっぽっちも思っていませんでした。悪いのはあの国連ANNAとかいう謎のおっかない組織であって、アカネは悪いことなんてしてないんですから。

 でも、それとは別のことで、ホシミは少し怖くなっていました。もし、アカネの記憶が戻ってしまったら……?


「ねえ、アカネさん……」

「大丈夫。ホシミちゃんのこと、ゼッタイ悪いようにはさせないから」

「そうじゃなくて」

「え?」

「あのね、わた──」


 ホシミが続きを言おうとしたその時。

 ぐうう~……というお間抜けな音が、ホシミのお腹から聞こえてきました。

 アカネはキョトンした顔でホシミの方を見ています。……それからこらえきれずに吹き出して、くすくすと笑いました。


「そういえばお昼食べてなかったからね。お腹空いたね」

「うん……」

「お家で何か食べよっか」

「うん!」


§


 二人は晩ごはんのためにこっそり家に戻りました。お父さんはやっぱり帰っていなかったようで、電気は消えたままでした。

 追手に見つかるといけないので、明かりをつけるわけにはいきません。悠長に料理をしている余裕もありませんから、真っ暗な中でカップ麺を食べることにしました。

 醤油ラーメンを一口すすると、アカネがホシミに言いました。


「ねえホシミちゃん、さっき何を言おうとしてたの?」

「さっき?」

「そうじゃなくて、って。お腹空いたって言いたかったわけじゃないんでしょ?」

「あ、あのね……えっと……わたし、やっぱりアカネさんの記おくがもどってほしくないなって……」

「…………」

「だって、元々のアカネさんはあのANNAのやつらとなかまだったんでしょ? 記おくがもどったら、もう今のアカネさんはいなくなっちゃうんでしょ……?」


 そう、これがホシミにとって恐ろしいことでした。

 もし記憶を失う前のアカネが、あのANNAの一味と同じようなおっかない人物だったらどうでしょう。平然と記憶処理がどうとか言ったり、小さな女の子を無理やり連れ去ろうとするような軍人だったらどうでしょう。今のアカネは優しいお姉さんとしか思えませんが、記憶と一緒にそういう本性が復活しないとも限りません。

 もし本当にそうだったら……記憶を取り戻したアカネは容赦なくホシミの記憶を処理消去し、奴らと一緒に去ってしまうに違いありません。ホシミにとって、ここまで仲良くできた人はいないのに。


「自分かってだって、分かってるけど……でもわたし、アカネさんにいなくなってほしくないよ……」

「ならないよ」

「えっ?」


 ホシミの話をじっと聞いていたアカネは、きっぱりとそう言いました。


「あたしはいなくならないよ。自分がANNAの仲間だったとしても、そのことを思い出しても、あたしはホシミちゃんのそばにいるよ」

「どうしてそう言えるの?」

「だって、記憶があろうとなかろうと、あたしはあたしなんだもの。だから大丈夫!」

「本当?」

「ホントだよ」

「本当に本当?」

「……よし。どうしても不安に思うなら、ちゃんと証拠を残しておこうか」


 するとアカネはサイドポニーをさっと解いて立ち上がり、ホシミの後ろへ回り込んできました。

 ホシミの黒くて長い髪を頭の左側で纏めて、シュシュで括って……自分と同じサイドポニーに結っていきます。


「そのシュシュはあげるよ。ダチ公の証!」

「だちこう?」

「心からの親友ってこと!」

「……!」


 心からの親友。ダチ公。

 アカネにそう言ってもらえたホシミは嬉しくて、しばらくそのサイドポニーを触っていました。

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