5.

 学校を休んだホシミは、アカネを例の神社へ連れてきました。

 彼女が倒れていた場所に、何か失った記憶の手がかりがあるかもしれないと思ったからです。

 アカネは参道に倒れた大木を見ると、たいへん大きなため息をつきました。


「あーあ……あたし派手にやらかしてんなあ……」

「そりゃ、空から落ちてきたんだもん。いん石みたいに」

「空からねえ……もしかしてあたしの正体、宇宙人だったりして」

「うちゅう人?」

「だって、空から隕石みたいに落ちてきたんでしょ?」

「でも、それじゃあなんで日本語が分かるの?」

「そこはこう、宇宙人だから……なんか宇宙の凄い翻訳システムとかあるんじゃない?」

「まあとにかく、何かないかさがしてみようよ。本当にうちゅう人なら、うちゅう船のカケラとかあるかもしれないよ」

「それもそうね」


 そこで二人は、倒れて折り重なった木々を退かしました。

 非力なホシミでは一本動かすのにも一苦労だった大木は、アカネと一緒ならいとも容易く動かせました。

 そして全部の倒木を退かすと、あるものが見つかりました。

 それは黒いゴムの巻かれた乾電池のような物体で、ちょうどアカネの手のひらにすっぽり収まる大きさのものでした。円柱の上と下は銀色の金属ですが、電極のようなものは見当たりません。片側にだけ同心円状の溝がいくつも刻み込まれていました。


「これは……」

「うちゅう船の電池とか?」

「宇宙船がこんな電池で動くの?」

「そこはこう、うちゅう人だから……うちゅうのすごい電池みたいな?」

「……ふふっ」

「? なんでわらうの?」

「いや、あたしの真似してるのかなと思って……」

「……? あっ」


 ホシミにそんなつもりはありませんでした。

 でも自分が無意識にアカネの口ぶりを真似していたのに気づかされて、可笑しくなりました。

 それで二人は、顔を見合わせてけらけら笑いました。


 ……少しのあいだ笑っていると、二人の後ろから足音がしました。

 振り返ってみると、そこには若い男の人が二人いました。

 この辺りでは見かけないような人でした。白い半袖シャツに白いズボン、そして白い靴に身を包んでいて、左胸では碧い六芒星のバッジがキラリと光っています。その下に着けられた金属製のプレートをよく見ると、〈国連ANNA〉と刻まれていました。


「探しましたよ、深川ふかがわ1佐」

「みんな心配しています。戻りましょう」

「フカガワ1佐……??? あたしのこと?」


 男の人たちはアカネを見てそう言いました。背の低い二人を見下ろしてくるその視線はとても威圧的なものでした。

 ひょっとするとアカネのことを知っているのかも、とホシミは思いました。ですが仲間と言うには少し怖すぎます。嫌な予感がして、ぞわっと鳥肌が立ちました。

 実際、アカネは二人に怯えているように見えました。


(だったら、どうする?)


「1佐、あなたは墜落のショックで記憶を失ってるんです」

「戻って治療を受けるべきですよ」

「確かに記憶はないけどさ……何よ、あたしがあんたたちみたいのと仲間だったっていうの?」

「仲間と言いますか……」

「同じチームの同僚です。もっとも我々は3尉ですので、あなたの方が階級はずっと上ですが……」


(どうする……?)


「さあ、行きましょう1佐」

「あなたのダチ公が朝から心配で泣きっぱなしなんです。いい加減顔を見せてやらないと身を投げかねない勢いですよ」

「ちょ、ちょっと……!」


 二人がアカネの腕を掴み、引っ張っていこうとします。

 このままではアカネは無理やり連れて行かれてしまうでしょう。

 まるで誘拐です。そんなのは許せません。

 だったら!?


「アカネさんにさわんないでよ、ヘンタイ!」

「うっ!?」

「ぐっ!?」


 ──ホシミはアカネと二人の間に割って入り、男の人たちの股間にゲンコツをぶち込みました。

 不意打ちを食った二人は顔を真っ青にし、アカネの腕をパッと放します。


『男の人の股間は〈急所〉なので、間違ってもぶったりしてはいけないよ……』


 ──お父さんが昔そう言っていましたが、今はもう仕方がありません。〈正答ぼうえい〉だって成り立つでしょう。

 お前らが悪いんだからと心の中で思いつつ、ホシミはアカネの腕を掴み、神社の入り口に向かって走り出します。


「にげよう、アカネさん!」

「う、うん……!」


 二人で鳥居をくぐり、鎮守の森から道へ出ます。

 しかしそこには〈UN〉と書かれた白いクルマが停まっていて、神社の入り口を通せんぼしていました。クルマの横には性格のキツそうな初老の淑女が立っていました。


「あらナツミ? あの若いのはどうしたの?」

「奥で寝てるよ」

「寝てる? まあいいわ、さっさと乗りなさい。その子の記憶処理はちゃんとさせておくから」

(記おくしょ理……!?)

「ホシミちゃんっ!」


 淑女が物騒なことを口走ると同時、アカネはホシミの手を振り払ったかと思うと、両腕でホシミの身体を持ち上げました。ひかがみと背中に腕を回す、いわゆるお姫様抱っこでした。

 そしてクルマを蹴り飛ばして横転させ、人間離れしたスピードで走ってその場から逃げ出します。


「こら、ナツミ! 待ちなさい!」


 後ろから淑女の呼ぶ声が聞こえてきますが、アカネは一向に構わず走り続けます。


 ……それからどういう風に逃げたのか、ホシミは覚えていません。

 アカネが超人的な脚力で走ったり跳んだりしたので身体に大きなGがかかり、意識を失ってしまったからです。

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