人造少女 ~錬金術師に創られた乙女は、絞首台の夢を見るか~
東紀まゆか
人造少女 ~錬金術師に創られた乙女は、絞首台の夢を見るか~
「強盗だ!捕まえとくれ!」
雑踏の中、悲鳴が轟いたかと思うと、覆面をした二人組が宝石店から飛び出した。
人混みを掻き分けて通りを走っていた強盗は。
近くの建物の屋根の上を、何かが追いかけて来るのに気が付いた。
なんだ?あれは?
銀色の長い髪をなびかせて。
屋根の上を走って来た少女が、二人の強盗に襲い掛かった。
衣服をまとわぬ体は硬質の革で作られ、その関節は可動軸が剥き出しになっている。
まばたき一つせぬ硝子の眼球で強盗を見据えると。
次の瞬間には、二人の関節を取り、ねじ伏せて制圧していた。
『国王の名において』
唇を動かさぬまま、銀髪の少女は言った。
『強盗の現行犯で拘束します』
遠巻きに見ていた野次馬の中から声が上がった。
「オートマタだ」
「あれが、錬金術省のグレゴリ長官が、初めて命を創るのに成功した人造人間……」
その時。
群衆の中から、罵声が浴びせられた。
「父ちゃんを返せ!」
飛んできたレンガが顔面に当たり、オートマタの硝子の右目が割れ、顔の右半分が陥没した。
オートマタにレンガを投げつけた少年は、泣きながら言った。
「父ちゃんは、俺の為にパンを盗んだだけなんだ!それを捕まえて、縛り首にするとか言いやがって!」
顔を半分、潰されてもオートマタは怯まなかった。
『刑罰に不服のある場合は、裁判所に申し立てて下さい』
迫りくるオートマタに、少年は腰を抜かした。
『あなたは、法の遂行者である私を攻撃しました。拘束します』
周囲で見ていた野次馬たちが、一斉に少年の味方についた。
「こいつデク人形の癖に!」
「貧乏人ばかり監獄に放り込んで、金持ちは見逃してるんだろ!」
普段の司法への不満が爆発したのか。
人々は、オートマタを打ちのめし、蹴とばし、石打ちにした。
『警告、貴方たちの行為は罪になります。警告』
やり返さず、同じ警告を繰り返すオートマタだったが。
笛を吹きながら、おっとり刀で自警団員が駆け付けると。
人々は蜘蛛の子を散らす様に逃げ出し、後にはボロボロになったオートマタが残された。
「これは、ひどくやられたねぇ」
『私は人間を傷つける事が出来ません。あの人数を、傷つけずに制圧するのは不可能でした』
その夜。自警団本部の奥に作られた整備室で。
錬金術省より派遣された術士イコンは、整備用チェアーに座ったオートマタの顔面を外しながら言った。
「うん、中身は無事みたい。もっとも君の内部構造は極秘事項。僕如きお世話係にはわからないけど」
『表皮を破壊されただけです。関節にも異常ありません』
オートマタに新しい顔面をはめてやると、イコンは言った。
「女の子の姿をしているから舐められるのかなぁ。もっとゴツい見た目にしてもらう?」
『容疑者を油断させ、人々に愛される為に、私はこの姿になったと聞いています。でも』
一拍おいて、オートマタは言った。
『私は、人々に愛された事がありません』
おや、とイコンは思った。
オートマタが配備されて三か月。
初めて彼女から、感情のこもった声を聴いた様な気がしたからだ。
「君、もしかして愛されたい?」
『私の任務は法を護る事です。市民に愛されるのは、その手段に過ぎません』
やっぱり気のせいか。イコンがそう思いかけた時。
オートマタは、意外な事を言った。
『私は、不思議です』
「何が不思議なんだい?」
『人間は、自らを守る為に法を制定します。なのに法を守りません。更に法を守らない者を逮捕すると怒ります。何故でしょう』
「難しい事を聞くね」
イコンは苦笑した。
「今日はもう遅いから、その答えはまた考えよう。ただ君のしてる事は間違いではないよ」
『おやすみなさい。マスター・イコン』
そう言うとオートマタは、動力節約の為のスリープ・モードに入った。
「父ちゃんを返せ!」
これは、夢。
「父ちゃんは、俺の為にパンを盗んだだけなんだ!それを捕まえて、縛り首にするとか言いやがって!」
休息時に、私の記憶装置が、今日あった出来事の整理をしている。
それが夢。
『そんな!私、人殺しなんてしていません!』
急に生々しい記憶が甦り。
スリープ・モードのまま、オートマタは整備用チェアーの上でビクン、と痙攣した。
『お店のお客さんに、お金を渡されて、お酒を買ってくる様に頼まれたんです!』
『被告の使った紙幣には被害者の血がついていました。被告が犯人である証拠です』
『【酒を買ってくる様に頼んだ客】など存在しませんでした』
『判決、被告人を強盗殺人罪で、縛り首の刑に処す』
ダン、とオートマタは、整備用チェアーから立ち上がった。
「先生、錬金術師の先生よぉ」
眠っていたイコンは、宿直の自警団員に起こされた。
「あんたん所のお人形が、歩いて出ていっちまったぜ」
「な、何だって?」
イコンは慌てて、夜の町へ飛び出した。
「うわ、これは……」
オートマタに付けてある追跡装置の反応を追って。
王都の中でも治安の悪いダウンタウンで。
ゴロツキどもが、何十人も、顔から血を流して倒れていた。
「おい、どうした。誰にやられた」
「人形みたいなバケモノにやられた……血の付いた紙幣で、飲み屋の女に酒を買いに行かせたか、と聞かれて……」
オートマタは人間に暴力を振るえないはずだが……まさかスリープ・モードのまま動いているのか?
悪党どもがゴロゴロ倒れている通りを走り回って。
ある酒場の中で、イコンはようやく、オートマタを見つけた。
「わかった!喋る!だからこれ以上、殴らないでくれ!」
顔をボコボコに腫らした男は、胸倉を掴んで拳を振り上げているオートマタに向かって叫んだ。
「頼まれたんだ!錬金術省のグレゴリ長官に!新月の夜に生まれた若い女を、うまくハメて絞首台に送れと!」
オートマタが拳を振り下ろす前に。
背後からイコンが抱き着き、オートマタはスリープ・モードから覚めた。
『マスター・イコン?』
周囲を見渡し、オートマタは呟いた。
『私の夢の中に、何故いるのですか』
「君が作られる三日前に、強盗殺人の罪で一人の少女が絞首刑になっていたよ。女の子が犯人なんて珍しいから覚えてる。なるほど、君の中身が秘密な訳だ」
夜道をとぼとぼ歩きながら、イコンはオートマタに言った。
「グレゴリ長官は、錬金術で命を創り上げたのではなく、一人の少女を無実の罪で死刑にして、その魂を君の中に入れたんだ」
硝子の両目で正面を見据えたまま、オートマタは無表情で歩いていく。
「さっきまでしていた事、覚えてる?」
『夢かと思っていました。無実の罪で、少女を死刑にした悪人を罰する夢。それは現実でした』
「君の魂が、他の女の子の物だった、ってのはどう思う?」
『私の中に、彼女……フレア・クレイドルの記憶や感情が甦りました。でも』
自分の胸を押さえ、オートマタは言った。
『それも夢を見ている様なものです。私は、もう彼女ではありません。それより、私はわからなくなりました』
満月の光を浴びながら、オートマタは言った。
『フレアは最期まで、生きたがっていた。そんな彼女を、法が誤って殺した』
長い銀髪が夜風に揺れる。
『人間を守る為に法があります。その法を守る私が、法を悪用した者に作られました。私はもう、何が正しいのかわかりません』
それは、非難や皮肉を込めているのではなく。
本当に、理解に苦しんでいる機械少女の本音だった。
『人間は……。そしてグレゴリ長官は、何故こんな事をするのでしょうか』
その言葉で、イコンは閃いた。
彼女を作る事が、グレゴリ長官の最終目標だったのか?
これが計画の第一歩に過ぎないとしたら?
イコンは、オートマタの硝子の瞳を見て言った。
「君には、やるべき事がある。君が生まれて来た意味が、ちゃんとあるんだ」
「王都の犯罪検挙率は四割増です」
その日、王と大臣たちの前で。
錬金術省のグレゴリ長官は、新たなる計画のプレゼンをしていた。
法務大臣が苦々しく言った。
「おかげで監獄は満員で、死刑囚も溜まって行く一方だ」
「それは我が錬金術省が開発したオートマタが、如何に優秀かを物語っております」
そう言うとグレゴリ長官は指をパチン、と鳴らした。
謁見の間の扉が開き、オートマタと、整備係のイコンが歩いてくる。
「ご紹介しましょう。王都の治安を守るオートマタと、その補佐をするドクター・イコンです」
国王は玉座から身を乗り出し、周囲の大臣たちからも、どよめきが上がった。
「これが錬金術で創られた命、オートマタか」
予定ではこの後、オートマタは国王に尊敬の念を込めた挨拶をする予定だったが。
『グレゴリ長官』
不意にオートマタが自分に話しかけたので、長官は少し驚いた。
『私が嘘を付けない事を、王様に保証して下さい』
そういう事か。納得すると、グレゴリ長官は国王に言った。
「オートマタは、真実しか喋れません。嘘をつけない様に設計しております」
その言葉を受け、王の前に膝まづくと、オートマタは恭しく言った。
『偉大なる王に、心よりの尊敬と愛情を捧げます』
巻き起こった拍手が収まるのを待ち、グレゴリ長官は言った。
「今日、私が提案するのは、オートマタ量産計画。全国の都市の治安を守るのみならず、今度は兵士として、敵国との戦場にも送り込みます」
「彼女の活躍で、溜りに溜まった死刑囚の命を使ってですか」
イコンの声に、その場がざわめいた。
「王様、長官は錬金術で命を創り出してなどいません。人を殺し、その魂をオートマタに移し替えているだけです」
その言葉にグレゴリ長官は激怒した。
「失敬な!いいがかりだ!」
「オートマタに移す魂を、一つでも多く確保するため、長官は彼女を王都の治安に投入したのです。一人でも多く、死刑囚を確保する為に!」
ずい、と王に歩み寄ると、硝子の目で彼を見据え、オートマタは言った。
『グレゴリ長官は、一人の少女に無実の罪を着せて死刑にし、その魂を私に吹き込みました。彼は殺人者です』
「う、嘘だ!でたらめだ!」
『私が嘘をつけない事は、先ほど長官自身が保証した通りです』
場内のざわめきが大きくなり、王はグレゴリ長官に問い詰めた。
「これは一体、どういう事だ?」
王が衛兵に目配せした時。
グレゴリ長官は、開き直った。
玉座にかけよると、王自身が腰に差していた短剣を引き抜き、彼の首に当てる。
「逃亡用の馬車を用意しろ!動くと、王の首が飛ぶぞ!」
咄嗟に動こうとした衛兵たちに向かって叫ぶ。
「動くなと言っただろう!早く馬車を用意しろ!」
『陛下』
オートマタは、表情を変えずに言った。
『私は人間を傷つけられません。法に守られている限り』
その意味を理解した王は。
グレゴリが首筋に突き付けていた短剣を振り払うと、大声で叫んだ。
「国王の名において。グレゴリ・カテマンズに死刑判決を下す!」
『御意』
次の瞬間、オートマタの姿がフッ、と消えたかと思うと。
グレゴリ長官の背後に膝まづいていた。
その右手には、今、抜き取ったばかりの、グレゴリの心臓が握られ、まだ動いていた。
胸に穴をあけられ、倒れるグレゴリの死体を、衛兵たちが部屋の外へ運び出す。
王は、衣服の乱れを直しながら、オートマタに言った。
「見事な腕だ。これからも王都の治安を守ってくれ」
『僭越ながら、陛下にお願いがございます』
グレゴリ長官の心臓を王に捧げ持ち、オートマタは言った。
『これから起こる犯罪は、全て検挙しますので、どうか……』
「王のご慈悲だ!全ての罪人に恩赦が下された!」
監獄から、死刑監房から。囚人が続々と釈放され、再会した家族と抱き合っていた。
「オートマタの活躍に感心した王のご慈悲だ!二度と犯罪を犯すなよ!」
『そう。今度、犯罪を犯したら、私が捕まえますよ』
イコンとその光景を見ていたオートマタに、いつか彼女の右顔を潰した少年が、手を振りながら言った。
「人形の姉ちゃん!父ちゃんを返してくれてありがとう!」
少年に手を振り返しながら、オートマタは言った。
『人形ではありません。私の名はフレア。フレア・クレイドルです』
人造少女 ~錬金術師に創られた乙女は、絞首台の夢を見るか~ 東紀まゆか @TOHKI9865
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