第四話 西郷隆盛

   四

 明治三年四月、ふたたび開墾が始まった。

 菊次郎の妹・菊草少女が五年ぶりに鹿児島にやってきた。

「菊草! 菊草じゃなかが!」

「兄さん! 兄さん!」菊草少女が手をふってやってきた。

 愛加那はこなかった。

 私学校では竹刀での稽古もあった。

 多くの青年たちが竹刀で稽古をしている。そこに現れたのが出羽(山形県)元・庄内藩の青年ふたりである。名を篠原政治と伴兼之といった。

「おんしら一緒に稽古できるがか?」薩摩の青年たちは山形県人を笑った。

 伴は「稽古ぐらいでぎる!」といった。

「伴ちゃん! 挑発にのっではだめだで…」

「んだども! こいつら俺らを馬鹿にしでるぞ。俺らもでぎるって示すんだず」

 薩摩隼人たちは、純朴な東北の青年に興味を抱いた。   

 明治九年七月、大久保らは閣議を開いた。「鹿児島は火薬庫じゃ」

 大久保利道(正助、一蔵)や木戸考允らは危機感をもっていた。

「西郷どんがいるかぎり……本当の維新はおわらん。鹿児島で戦でも起こりゃあどげんすっとか?」

 鹿児島県令・大山綱良は

「おいは辞めもうす。鹿児島にもどって西郷先生とともに開墾するばってん」といった。  

 木戸考允(桂小五郎)は苛立った。

「私には長州士族を征伐した苦い経験があります。薩摩のことは薩摩だけで片付けてもらいたい!」  

「……木戸どん」大久保が諫めた。

 すると、日頃の激務が祟ってか、木戸考允(桂小五郎)はふらりと倒れてしまった。

「木戸どん! 木戸どん! 誰か医者じゃ!」

 全国で次々と乱が起こる。

「西郷先生、たってくだされ! われらの頭に!」

 明治政府に不満をもつ士族たちが、しきりに西郷隆盛(吉之助)に「さそい」をかける。 東京では、西郷隆盛のいとこ・大山巌(弥助)が、鹿児島征伐長官に任命される。

 大山巌は、

「西郷さんは本当にたつじゃろか?」と西郷従道にきいた。

「兄さんは馬鹿ではなか。たつ訳ありもさん」

 従道は強くいった。

「しかし、従道どん……西郷先生は人がよすぎるところがありもうそ?」

「…じゃっどん…」

「勢いに乗せられて、御輿に担がれてってこともありもうそ?」

「たつことはなか! 兄さんは馬鹿ではなか! たつ訳ありもさん!」

「なにごていいきれもんそ?」

「わしは兄弟じゃ。兄さんのことは一番よく知っちょる」

 大山巌は、頷いた。

「確かじゃな? 西郷先生は立たぬのじゃな?」

「そげんこつ心配するだけ杞憂というもんじゃで」

 西郷従道は強くいった。

 ようやくわかりかけた大山巌は、心配ないとわかりながら、


 ……〝サイゴウセンセイ タツナ〟……


  と、鹿児島の西郷吉之助の元に電文を打った。


  西郷吉之助はそれを見て、「おいはたたん!」と強くいった。

 西郷と桐野利秋たちの話しの中で「明治維新の話」が話題にのぼった。

 すると西郷が

「維新をおこし、幕府をつぶしたのはよかばってん。まだ維新はおわっちょらんでごわす」

 と顔をしかめた。

 別府晋介も「そうでごわす」と頷いた。

「西郷先生はナポレオンみたいにならんでごわそ」篠原国幹はいった。

「……国幹どん。おいはナポレオンみたいにならんでごわす。おいには野心などごわさん」

 吉之助はまた謙虚にいった。

「まだ明治政府のおもいどおりの近代国家にこの国はなっとらんじゃなかが?」

「そうでごわす。まだ士族たちが暴れまくっちょりもうす」

 別府晋介は吉之助の言葉に答えた。

 篠原国幹は「ハネっかえりどもはおいが叩き潰しもうそ」といった。

 すると桐野利秋は

「それはこの〝人斬り半次郎〟の役目でごわそ?」とにやりとした。

 一同は笑った。

 しかし、全国の士族たちの熱気は冷めることはない。

「おいはたたん!」

 西郷吉之助は強くいった。

「おいはそげな簡単に御輿に乗せられるような馬鹿ではなか!」

 しかし、時代は西郷吉之助を暗黒の渦の中へ巻き込んでいく。

 ………おいはたたん!

 西郷吉之助は、そののち「西南戦争」へとまきこまれていく。

 それは、維新の英雄・西郷隆盛が時代に捨てられるプロローグでも、あった。

         九 蜂起





    一

 東京の警視庁では、その夜、決起集会が開かれていた。

 杯をふるまう警視官……

 当時の警視庁大警視は川路利良だった。皆、警察の服で整列している。            

「みな、鹿児島(かごぉんま)の問題のこと頼みもうそ!」

 川路利良は酒をつぎながらいった。

「ありがとうございます!」

 酒をついでもらうだけなのに皆恐縮している。

 そんな警視官の中に、のちに〝西南戦争の火つけ役〟とまでいわれた警視庁少警部・中原(なかはら)尚(なお)雄(お)の姿があった。

 中原尚雄は髭の濃いたちで、中肉中背、顎ががっしりとしている。

「頼むぞ」

 警視庁大警視・川路利良に酒をついでもらうと、中原は

「おいは西郷どんに恩がありもうす」

 と神妙な面持ちになった。

「せからしか!」

 川路利良は叱った。

「……じゃっどん」

「西郷先生と士族を引き離すのが恩に報いるということじゃなかか?」

 中原は「……じゃっどん。西郷先生を見張れいわれても…」

「おいも」川路利良は続けた。「西郷先生には恩がある。じゃけんど、これはお国のためぞ」

「………お国?」

 川路利良は深く頷いた。

「そう。国のためじゃ。祖国のな、どげんことしよっても西郷先生と士族を引き離すのが恩に報いるということじゃどん」

「はっ!」

 中原尚雄は敬礼した。

「了解しました!」

 中原尚雄は同じ鹿児島出身の西郷隆盛を尊敬していた。

なんといっても維新の英雄である。しかし、彼は西郷私学校生徒のように神のようには尊敬していなかった。

 というより、中原には嫉妬があった。

 皆が西郷、西郷といっている。……自分だって何かでかいことができるはずだ。

 それが、たとえ西郷隆盛をおいおとす結果となってもかまわない。

 なんとしても歴史に自分の名を残したい。

 屈折した思いが、中原尚雄の心の中にあった。

 鹿児島県伊集院には、中原尚雄の妹・香と弟・中原武雄がすんでいる。

 明治九年から十年にかけて、西郷隆盛に『決起』をうながしに、熊本隊の佐々友房、池辺吉十郎がやってきていた。

「いまこそ西郷先生に決起をば!」

「日本国中の士族が立ち上がれば腐りきった明治政府を倒せもんそ!」

 佐々友房、池辺吉十郎が挑発しても、西郷隆盛は黙ったままだ。

「現政府に不満はあるけんど……決起ばは…」

 村田新八は複雑だった。    

 西郷は黙って目を瞑ったままだ。

「日本をいまいちど回天(革命)させもんそ!」

 いくら、佐々友房、池辺吉十郎が挑発しても西郷隆盛は動かなかった。

「西郷先生は重要な人物ばってん。犬死にみてぇなことばではどけんとすっと?」

 別府は注意した。

 西郷は黙ったままだ。

「樺太、朝鮮、台湾。その後ろには清国、プロシアがある!」

 佐々友房は手をオーバーにふって大声でいった。

 それでも西郷隆盛は黙ったままだ。

 池辺吉十郎が、

「軍事力をつけるば、西郷先生の力しかなか!」

 といやに強気だ。

「いまこそ西郷政権を!」

 いくら、佐々友房、池辺吉十郎が挑発しても西郷隆盛は動かなかった。


     二              

 東京の明治政府では木戸と西郷従道(慎吾、西郷隆盛の弟)が心配していた。

「鹿児島が難儀なことになっている。きみは弟として西郷先生の動向をどうみる?」

 木戸孝允はいやに丁寧にいった。

「……そげんこつ急にいわれても……」

 従道は言葉を呑んだ。

 木戸は、「じゃあなにかい? わからないとでもいうのかい?」

 と、咳き込みながらいった。丁寧な言葉だった。長州(山口県)の田舎者とは思えないほどきれいな日本語だった。                         

「なんごて? 兄さんが武装蜂起でもすっちょとでも思うとりますがか?」

「そうだ」

 木戸は心の中のことをあらいざらい話した。

「僕は、西郷吉之助は武装蜂起すると思っている」

「なにごて?」

「西郷吉之助(隆盛)という男はね、従道さん。情に弱い。それが僕にはよくわかる」 

「じゃっどん。兄さんはたたないとおいにいうとりもうした」

「従道さん、本当は心配しているのじゃないかね? 弟としては兄がどんな人物かよくわかっているんじゃないかい?」

 西郷従道は沈黙した。

 その後、苦悩の顔になった。

 ………確かに、兄さんは情に弱いごて。周りに御輿に乗せられるこっでんありうる。

 次に、西郷従道は大久保利通と話した。           

「鹿児島の武器はすべて大阪へ移しもうせ」

 大久保利道は部下の海軍中将川村純義に命令した。

「はっ!」

 ただちに川村は動く。

 大久保利道(一蔵)は顎髭をなでながら、

「どけんなっとかな?」

 木戸が咳をしながらやってきた。

「藩は県のものだ」

 当たり前のようなことをいう。

 大久保は迷っていた。

「西郷どんは動くじゃろか? たたんだろう。いや……たたんであってほしいど」

 西郷従道は「おいもそう願っておりもんそ」といった。

 大久保は

「維新を無駄にしないようにしてくれもんそ。吉之助どん。維新はまだ…終わってはおらんど」

「とにかく……薩摩のことは薩摩で…ごほ…ごほ…東京のことは東京で…やってほしい」

 木戸孝允は咳き込みながら、いって去った。

 大久保は「桂小五郎は…あげんこついうとる」と呟いた。

「しかし…」大久保は嘆く。涙を両目に浮かべ

「吉之助どんは士族のために命を投げ出すかも知れぬぞ。おしかことど」といった。

 山県有朋は天皇の〝九州巡幸〟の護衛のために随行していた。

 大久保は決意した。

「こげんこつなるとは……」

 大久保利通(一蔵)は顎髭をなでながら嘆いた。

「大久保先生!」

 従道は声をかけた。

 しかし、大久保は答えなかった。

 大久保は遠くを見るような目をして涙を流し、

「吉之助どん……おいがどんな気持ちかわかるでんごわすか?」と呟いた。

 明治十年一月二十九日、政府による薩摩からの武器とりあげが「西南戦争」の引金になった。武器庫から、着物の背中に三菱のマークの商人が武器を運んでいた。

 一月から二月にかけて、政府が薩摩に潜入させておいた密偵のうたがいのある者七十名余りが、私学校生徒によって捕らえられた。

 この捜索は、桐野利秋によってすすめられたものであったが、政府・火薬庫が私学校生徒たちによって襲撃された。

「おんしら誰に頼まれて武器運んどるとか?!」

「…政府から頼まれて…」

「せからしか!」

 私学校生徒たちは三菱社員を斬り殺し、三十日になると千数百の生徒たちが武器を強奪した。もともと武器は薩摩のものだったが、廃藩後、政府の管轄になっていた。

 それを奪った。

 学生たちは大興奮で西郷隆盛に

「幕府の不貞なやからから武器ば奪いかえしちゃとです!」と報告した。

「ちょっしもた(しまった)。とうとう………やってしもうたか」

 いままで黙って椅子に座っていた西郷から出た言葉はそれだった。       

 桐野利秋は

「西郷先生! これはいっこくも早く鹿児島にかえらんと」

 と息をつきながらいった。

 西郷隆盛は暗殺者から逃れるため、秘密の地へ隠れていたのだ。

 鹿児島へ密偵としてきていた中原尚雄は、谷口という薩摩隼人に、

「西郷先生はどげんしよっとか?」ときいた。

「どげんとて?」

「わしは西郷先生に一目あいたいんでごわす。なにしろ維新の英雄でごわそ?」

 谷口は疑いをもった。

 ……なにごてこの男は西郷先生、西郷先生とばかりいうとか?

 ……もしや、暗殺者じゃなかか?

 鹿児島県令・大山綱良は、

「西郷先生! あやしげな男たちが次々と先生を殺そうとやってきもうそ。一刻も早く鹿児島に戻って決断してくれもうそ」といった。

 西郷隆盛は「決断……? そげんこといわれてもわからんでごわす」

 と、思わず本音をもらした。

「利秋どん、どげんとする?」      

「まずは先生! 鹿児島へ戻ってから考えもうそ」

 桐野利秋はゆっくりとそういった。

「そうでごわすな」

 西郷隆盛は頷いた。

 ちょうど同じ頃、中原尚雄の潜伏先に鹿児島の警察隊が突入した。

 暴れる中原尚雄、その後、弟の武雄が殺された。

「ご用改めである!」

 中原尚雄は警察隊に捕まり、拷問を受けた。         

 彼は縄で縛られたうえ殴られ、蹴られ痣と血だらけになった。

「…さ……西郷…先生…にあわせて…くれもう…そ」

 警察隊はさらに拷問を続けた。

「潜入の目的は?! 話さんかが!」

 殴る。蹴る。

 中原尚雄はついに口を割った。

「……し……しさつ…」

 警察隊は驚愕した。「なにごて?! 刺殺?」

 この言葉で「西南戦争」がスタートしたといってもいい。〝しさつ〟…刺殺か? それとも視察だったのか……? もはや誰の知るところでもない。

 警察は「政府は西郷先生を刺殺しようと……暗殺しようとまでしよっと!」

 と、蜂の巣をつついたような混乱状態に陥った。

「西郷先生を殺そうとは…許せなか! 許せなか!」

「こげんこつあってよかぞか? 西郷先生は維新の英雄ぞ!」

「そうじゃ。維新の功労者じゃなかが」

 一同は口々に「今の明治政府は糞じゃ!」といった。

 西郷吉之助(隆盛)は鹿児島の実家に帰宅した。

 すると、私学校生徒たちが駆けつけ、

「西郷先生! 政府はやはり先生をば狙っちょりもうした! ここはひとつ…決起を!」

 と口々にいう。

 皆興奮して荒い息だ。

「……決起いうてごて………」

 吉之助はいう言葉をなくした。

 すると今まできいていた留守役の川口雪篷が、

「筋の通らんことすっじゃなか!」と諫めた。

「じゃっどん! 政府は先生を殺そうと…」

「おまはんら、まずは自宅に待機じゃ! 大事なことは西郷先生自らが決めるどゃっど」

 川口雪篷は強くいった。

 さっそく次の朝、吉之助は私学校校舎に着いた。学校中「西郷隆盛暗殺計画」でもちきりだった。……政府は先生を殺そうとしよった! 許せなか!

 西郷吉之助と桐野利秋や篠原国幹、別府晋介らは閣議をひらいた。

「今の腐った明治政府を倒し、新しい政府をつくる!」

 逸見十郎太、永山弥一郎は強行路線だった。

 別府も負けてはいない。「諸国の士族をかきあつめて戦でごわそ!」

「東京にいき、文句いっちゃる!」

「刺客までさしけむける政府などいらんでごわす!」

 桐野利秋は「政府を叩き潰す!」と息まいた。

 吉之助は黙って椅子に座ったままだ。

 元・鹿児島県令、大山綱良がきて「暗殺じゃて?」とこちらも怒り身頭である。

「大久保一蔵(利道)はなに考えちょっとか?!」

 吉之助は黙ったまま椅子にすわり、両目をつぶっている。

 そのとき私学校の生徒ひとりが「ハラキリ」をやらかそうとした。

気配で察した西郷吉之助はハッとして「やめい!」と一喝した。

 やっと西郷は口を開いた。吉之助は大きく溜め息をすると、

「おいの命、おはんらにあずけた。死に急ぐことはなか。よかな?」とはっきりと言った。

「西郷先生! やっと決起してくださるでごわすな!」

 大山綱良が「おいどんが資金ば出す。幕府を倒すんでごわそ?」

「……そうじゃ」

 一同は「やるぞ~っ!」と歓喜した。

 その「西郷隆盛決起」のニュースは電文として日本中に伝えられ、電文が乱れ飛んだ。新聞にも大ニュースとして掲載された。

 それに驚愕したのが西郷の弟・従道だった。東京の邸宅で報をきいた彼は、      

「兄さん……たたんとおいにいうたでごわさんか!」と訝しい顔になった。

 従道は木戸孝允の言葉を思い出さずにはいられなかった。


………〝「西郷吉之助(隆盛)という男はね、従道さん。情に弱い。それが僕にはよくわかる」                 

「じゃっどん。兄さんはたたないとおいにいうとりもうした」

「従道さん、本当は心配しているのじゃないかね? 弟としては兄がどんな人物かよくわかっているんじゃないかい?」          

 確かに、兄さんは情に弱いごて。周りに御輿に乗せられるこっでんありうる〟……


   三            

 木戸孝允の言葉通りになってしまった。

 桐野は自信満々であったし、西郷隆盛も熊本は大丈夫だと考えていたらしい。

 とどのつまりは、

「桐野どんのいう通りでよか」

 西郷隆盛の一言で結局決まった。

 薩摩軍はひとつもおそれるものはない。     

「政府に尋問の筋これあり」

 軍儀では西郷隆盛は、〝尋問の筋〟にこだわった。

 ……なぜ政府はおいどんを殺そうとごてしたとでごわすか?

 というのである。

「陸路をとり全員熊本城をめざして行軍する。政府に尋問の筋これあり。そういうことじゃっどん?」

 桐野は「納得でごわす」と頷いた。       

 しかし、シロウト目にも愚敕な陸路である。

 西郷はいった。

「おいは陸軍大将でごわす」

「いかにも!」

 西郷は続けた。「斉彬公も毛利公も『挙兵』した。おいもそうする」

「わかり申した!」

 一同は頷いた。

 山形県のふたりは上司に「俺たちもつれでっでぐれずぅ」と頼んだ。

 こうして、日本史上最後の内戦「西南戦争」の幕がきっておとされる。

 西郷はその夜、家中のものに話した。

 一家が深刻な顔で見守る中、西郷吉之助は話し始めた。

「おいは誰からも頼まれてもうさん。じゃっどん、戦をする」

「なにごて?」川口は尋ねた。

「〝政府に尋問の筋これあり〟それを政府にきくためじゃ」

「……勝てるじゃろうですがか?」とイト。

「勝てぬかも知れぬ。すべては天命じゃろう」

「勝てんっごて……旦那さん?」

 西郷隆盛は頭をさげた。「ありがとうごわんす」

 吉之助とイトと寝室でふたりっきりになった。

「しばらく帰れんと思う。子供達のことはよろしう頼みもうそ」

「……旦那さん」

「泣かんでもよか」

 イトは涙を流した。

「思えば……亭主らしいことばなにもしてやれんかった」

「……旦那さんをあたしは誇りに思っちょるでごわす。維新の英雄じゃっどん」

 西郷は寂しい顔をして「……英雄か」と呟いた。

 その後「イト、おんし何歳になりおった?」と尋ねた。

「三十四歳です」

「そうか」西郷は涙を浮かべ「女盛りじゃど。美しかぞ」と妻をほめた。

「なんこで? そげんいうでごす?」

 イトは涙声でつづけた。「旦那さんは戻る。きっと戻りもうそ?」

「……じゃっどん…」

 外には小雪が降っていた。

「小雪か…」西郷隆盛はふりしきる小雪を眺め、遠くを見るような目をした。

 小雪は月明りに照らされ、幻影的、であった。

         十 西南戦争

         





    一

 薩摩軍としては臆するところはない。

 明治十(一八七七)年二月十七日、鹿児島、早朝……

 薩摩軍の兵力は、私学校生徒が一万三千人、微募兵が一万人、それと九州各地からの義勇兵たちが加わって総勢三万余人となったという。

 この朝は、南国にめずらしい大雪で、全軍、大口街道を肥後(熊本)に向かった。

 出征する将兵たちは家族に「土産をまってろ!」というし、

 歓声をあげてパレードを見送るひとの中には「この手紙を東京の親類に届けてくれ」

 などと頼むものまでいて、とても負け戦になろうとは考えられない雰囲気であったという。                        

 西郷は殿で、軍服をきて馬に乗っていた。この年五十一才である。

第一次隊は篠原国幹、蕷田、第二次隊は別府晋介、第三次隊は長山…パレードと歓声は続く。三番隊の中には西郷吉之助のいとこ大山巌の息子、辰之助の姿もあった。

 兵服の西郷の息子・菊次郎も参加しようとしてイトにとめられた。

 菊次郎は

「放しとってくれもんそ! 母上! おいも出陣するんじゃで!」

 とあくまでもきかない。

「いけん! 旦那はんに子供のこと頼むといわれもうした! いってはいかん!」

 イトはすがった。

「臆病者といわれもうす!」

「いわせておけばよか!」イトはとめようと必死だった。

「そんなに奄美の母が憎いとですか?!」

 イトは菊次郎の頬を平手打ちした。

「そげんこつなか!」

「西郷の息子は出なかったといわれもんそ!」

 菊次郎はイトの手をふりきり、仲間とともに出征した。          

 西郷隆盛は殿で、軍服をきて馬に乗っていた。

 菊次郎も行列にくわわり、手をふる。

 イトは諦め、やっと自分の子供のことを考えた。腹を痛めて産んだ子ではないとしても、菊次郎は間違いなく自分の子だ! ……そうでごわそ。

 イトは手をふった。

 馬上の西郷隆盛が現れると、鹿児島のひとたちは「万歳! 万歳!」と歓声をあげた。

 軍旗がたなびく。軍隊行進曲が鳴らされ、行軍ラッパが鳴り響く。

 牢屋でそのラッパの音をきく者があった。

 中原尚雄である。中原は痣だらけ血だらけのまま、にやりと笑い、

「はまったな」といった。

「……おいの思惑通りに西郷が出陣する。勝てるものか!」

 兵二千を率いて、江戸へ向かうためまず熊本に行軍することになった。

 明治十年、明治政府は「征討令」を発した。

 大阪日日新聞ら各新聞は速報で、「西郷隆盛率いる薩摩軍が出陣せり!」と報じた。

 東京の西郷従道は邸宅で、新聞をよんで深刻な顔になった。

「兄さんはたたぬといっておったに……なんでごて?」

 妻・清子は

「兄さんと戦うことになるのですか?」と尋ねた。

「そんでごつ…」従道は頭を抱えた。

「なにごて! なにごて兄さんは挙兵なんぞしおったとでこわすか?」

 元・白虎隊士、柴四郎は新聞をみいよいよ興奮した。

「西郷先生がいよいよたった!

俺も西郷軍に参加するぞ! 戊辰戦争のおかえしを政府にするのだ!」

 柴四郎は、西郷軍(薩摩軍)に参加した。宮沢八郎も参加した。


    二

 二月一九日、熊本城に放火するものがあり、出火した。

「はよう消せ! はよう消せ!」

 熊本鎮台指令長官・谷千(たに)城(たてき)は「薩摩軍を城にいれるな!」とがなった。

 薩摩軍は、

 熊本隊(千五百)、中津隊(千五百)、肥後隊(千六百)、佐士原隊(五百)、延岡隊(五百)、同・農民隊(八百)、高鍋隊(七百)、福島隊(三百)、郡城隊(千五百)、竜口隊(二百)、福岡隊(三三五)、竹田報国隊(七百)、人吉隊(百五〇)……

 という大軍である。

 谷千城は放火に激怒して「思いあがりおって西郷隆盛め!」と思わず叫んだ。

 しかし、熊本鎮台指令長官・谷千城もまた西郷に恩を感じてもいる。

 熊本鎮台参謀長の横山資紀もまた西郷隆盛に恩を感じているひとりだった。

 しかし、政府から「征討令」が発せられた以上、西郷隆盛いや吉之助は賊軍であり、はっきりとした敵である。

 加藤清正が昔につくった熊本城……難攻不落の城である。

 薩摩軍陣営で、川尻は

「熊本城を陥落させねばならんと!」といった。

「しかし、熊本城は難攻不落……」

「せからしか!」

 川尻は部下を叱った。

 二月十三日、薩摩軍による熊本城の城攻めが開始された。

 しかし、さすがに難攻不落の熊本城。なかなかおとせぬ。

 薩摩軍の大砲は旧式のため、本丸まで届かず、城壁にあたって外堀におちて爆発するのみである。薩摩軍は退却しだす。

 この夜、軍儀がひらかれた。

 西郷隆盛は「無駄な戦で東京にいく時間がなくなりもうす」と不満をもらした。

 桐野も「そうでごわす」と同調した。

「ぐずぐずしていたら東京から政府軍がきもうそ。まずは戊辰戦争のときのように壤夷論をとなえることばい」

 西郷は強気だった。

 すると田村が、

「こいは義の戦ぞ!」と叫んだ。

 西郷は深く頷いて「そうでごわす。こいは義の戦でごわす」といった。

 続けて、西郷隆盛は「こいからの総指揮は桐野どんにまかせもうす」

 といった。

「……西郷先生はどげんすっとでごわすか?」

 桐野がきくと、西郷は「おいは後ろでみとっと」といった。

「じゃっどん…」

「桐野どん、あんさんが活躍する番じゃっど」

 西郷はにやりと笑みを浮かべた。

 政府の小倉第三隊の指揮は植木均がとっていた。その隊の中にはのちの陸軍元帥・乃木希典の姿もある。

 薩摩二、三番隊と、小倉第三隊が激突した。互いに銃撃戦となる。

 このとき乃木は勇猛果敢に前線で指揮した。

 戦は薩摩軍敗退で、午後におわった。

 このとき、乃木希典はドジを踏む。天皇から献上されていた軍旗を薩軍にうばわれたのだ。乃木はのちに明治天皇が崩御したさい、このことも理由にあげて切腹している。

 西郷率いる薩摩軍は犯罪第四条の違反として、明治天皇から直々に「西郷軍は賊軍である」という〝お言葉〟を頂いた。

 薩摩軍は『賊軍』となった。

 薩摩軍は熊本城を攻撃しようとしたが、鎮台隊兵数百が、西郷本陣へ夜襲をかけてきた。

「なっちょらんと! 西郷先生に夜襲をかけてきよったばい! こりゃあ許せん!」

 熊本城攻略を池上にまかせ、桐野隊は植木へ、篠原隊は田原坂へ、別府隊は高瀬へ向かった。西郷や護衛も田原坂(たばるざか)(たばるざか)へ向かった。

 田原坂は、熊本市の北方約五里の地点にあり、丘陸、山陸がふくざつに錯綜して、戦闘は当然激烈なものとなる。

♪雨は降る降る人馬は濡れる、越すに越されぬ田原坂、

右手(みて)に血刀左手(ゆんで)に手綱、

馬上豊かな美少年(*美少年は西郷軍村田新八の息子の村田岩熊がモデル)

……西南戦争の田原坂の激戦をのちに歌った地元の唄。(作者不明)

「なっちょらんど! まだ九州から出ることもできもうさん!」

 別府晋介は陣であせりだした。

 西郷隆盛は、

「別府どん。そうあせらんでもよかと」

「じゃっどん……西郷先生。このままでは敗れもうそ?」

 別府晋介は焦りを隠せない。

「こんまま東京まで進軍できっとですじゃろか?」

 西郷は笑い「大丈夫でごわす。おいはこの国でたったひとりの陸軍大将じゃっど」

「……勝てますか?」

「そいは……」西郷の顔がくもった。

「勝つも負けるも天命というものがごわす」

「じゃどん、天命とばいわれても…」

「弱気はいちばんだめじゃど、別府どん」西郷は諭した。

「戦の勝敗はときの運でごわそ? そうじゃなかが?」

「………西郷先生!」

 別府は顔をくしゃくしゃにして笑った。


    三

 二月二十五日、政府軍と薩摩軍がふたたび激突する。この戦いで、西郷の末弟・西郷小兵衛が戦死した。雨が激しく降ってくる。

「……小兵衛」                

 雨の中、滑車で運ばれた骸をみて、西郷吉之助(隆盛)は涙した。

「…小兵衛…まで……死によったとでごわすか…」

 西郷はその大きな巨漢がしゅうしゅうと音をたてて縮まっていくのを感じた。初めて、やぶれた屈辱を感じた。

 …小兵衛…まで……死によったと……


  田原坂はダラダラ坂とも呼ばれる。

 久留米から熊本に砲台を運ぶのはこの坂道しかない。

「……岩熊!」

 病院に担ぎこまれた岩熊を心配して、戦友はいった。

 岩熊は「こげん怪我どうとでもなか」と強がった。ひどい怪我だった。

「じゃっどん……」

「すべては西郷先生のためじゃ」岩熊は激痛に耐えながら、にやりと笑った。

 そのまま死んだ。

 三月三日、政府軍と薩摩軍がふたたび激突する。

 戦場は吉沢峠……

 篠原国幹は崖の上にたち、自ら目立つ赤マントを広げ、政府軍に銃殺された。自殺のようなものである。篠原自身がもう勝てないと観念しての死だった。           

 東京には西郷従道(吉之助の弟)がいた。

「兄(あに)さんがこげな馬鹿げた戦しよっととは…」

 嘆いた。

「……弟の…小兵衛…まで……死によったと……」

 木戸は体調を崩しながらも参議議会に出席していた。会議がおわると、

「西郷吉之助を殺さず、生きて捕まえられないものか?」と大久保に尋ねた。

「じゃっどん……そげなこつ無理でごわす。敵味方会わせて何万人もの戦でごわそ? しかも西郷どんは総大将…無理でごわす」       

 大久保は慙愧な表情でいった。

「そこをなんとか……大久保さん」

「…じゃっどん」

「西郷先生は維新の英雄ですよ。犬死にはあまりにも憐れです」

 大久保は一言も発っせない。

「大久保さん!」

 木戸はいうが、大久保は動かなかった。


   四

 西郷隆盛は川尻へ移った。

 その頃、西郷家の従僕・熊吉爺がイトの元へいた。西郷が「近況報告の使い」に出したのだ。「先生は無事でごわす。元気だから心配せんでくれというとりごわした」

 熊吉爺がいった。

 イトは「じゃっどん……この戦、新聞でみるかぎり薩摩不利となっちょります」

「むずかしいことは爺にはわかり申さんが、先生は無事じゃと伝えてくれと…」

 熊吉爺がいっぱいいっばいのまま伝えた。

 イトは、「……旦那はん。無理しよっととはなかですろうか?」と不安になった。

         十一 桜島は死せず

         





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