第17話 勇者タクヤの窮地

 卓也はなぜここにいないはずの人間がいるのかを考える。

 確かクレア付きの侍女だった事は王宮で紹介されて知っていた。


 しかし魔王討伐の旅は危険が伴うから連れてきていない筈。

 考えをまとめる側から自室の扉が勢いよくノックされた。

 扉は確かに閉まっている。なのに侍女が昏倒した姿で横たわり、ノックの相手が誰であるかを気にかける。



「どちら様?」

「クレアですわ。こちらにナターシャは来てますか?」



 やはり主人のクレアか。

 焦ったような口調。そして狙ったように自分の部屋へ現れたことを察するに侍女を遣わせたのは彼女に他ならない。



「彼女がこの街に来てるの? 王宮に置いてきたと思ったけど?」



 卓也はあくまでも知らないと惚ける。

 クレアは確実に居所を掴んでいるとばかりにノックを強めた。

 遣わせたのが彼女であるのは確実。

 では何故ここにいるのか聞き出す必要がある。



「実は、彼女は先祖代々王家の影としてわたくしどものサポートに徹してるのですわ。表向きは侍女として。そして裏では影として調査を任せているのです」

「ふーん、初めて知ったよ。ナターシャさんだっけ? そんな超人がどうして僕の部屋にいると思ったのかな?」



 案の定クレアは卓也に真実を話した。

 話さなければここに居る理由をつけられないからだろう。

 偶然出会うにしては王宮からここまで距離がありすぎる。

 王族に付き従う貴族子女が住むにはここは魔境すぎた。


 どちらかと言えば魔族領に程近い辺境だ。

 貴族が居ないとは言わないが、王家付きになれるほどの人間は居ないだろう。彼らには彼らの役目があるからね。



「それは、昨日卓也様が食していた果実の出どころを調査させていたのですわ。けれどナターシャはその匂いを知りません。ですので一度こちらの部屋に伺ったのではと思いました」



 緊迫した声で訴えかけるクレア。

 普段笑顔でありながら笑顔の裏側で虎が吠えてる威圧をかけてくる少女である。そんな彼女がいつになく焦っている。

 ナターシャはそれだけ重要な人物なのだろう。

 ここで死ん出る事実を話せば疑われるのは自分か。

 それとも鍵のかかってる部屋に忍び込んで他人の私物を物色した彼女が悪いのか?


 未だ扉はガチャガチャと鳴らされている。

 彼女の本来の力であればとっくに開けられているだろうに。

 まるで卓也に疑いをかけるのが目的のように喚いてはガチャガチャと音を鳴らすのが目的のようだ。



「今開けるよ」

「ありがとうございます、勇者様!」



 その声色は歓喜に満ちていて、そして確信を得たとばかりに喜悦を含む。

 しかし彼女は卓也のベッドで着衣を乱した状況で寝息を立てており、窮地に達しているとは程遠い。



「ナターシャ?」



 彼女も焦るだろう。

 なんの連絡も遣さずに消息を絶った侍女が、仕える勇者のベッドで寝息を立てていれば良からぬ想像を掻き立てる。



「実は彼女、夜這いをかけて来てね。てっきり君が僕のお相手をさせるためによこしたのかと思ったけど、王宮で見かけた侍女が行方不明だと言うじゃない? どこか似てるなと思いつつも抱いたんだ。そうしたら可愛い声を出してくれてね。あれ? 怒ってる?」



 卓也は一部事実を歪めてクレアに伝えた。

 確かに寝かされたナターシャの表情は高潮しており、寝息は穏やかだ。

 命令もなく消息を経つ理由はない。


 内心で自分に嫌疑がかけられなかった事に安堵しつつも、やはり真に意思疎通を送って救援を呼んで良かった。

 あのとき手渡されたスープが解毒剤になると知ってから、卓也は慌てて口移しでそれを飲ませた。


 昏倒してる少女にそんな事をして何になるのかと思ったが、次第に呼吸が安定して寝息を立てるようになった。

 着衣が乱れたのはベッドに寝かしつける際だ。

 その時抱き上げたので抱いた事は嘘偽りない。

 同時に色っぽい寝息を立てたので可愛い声を聞けたのも本当だ。


 その上からシーツをかければアリバイ工作は完璧である。

 困った時の意思疎通。本当に勇者仲間は頼りになるよと内心で感動していた。



「起きて、起きなさい! ナターシャ!」



 そんな卓也を他所に、遣いを出していた侍女が夜這いをかけていた根も歯もない噂を聞かされて余計に焦る、いや、怒っててる? クレア。



「ふぁい、おふぁようございますクレア様。あれ、ここは?」



 起きた、といいつつもどこか寝ぼけ眼のナターシャ。

 確かに卓也の私物を食して昏倒した筈だ。

 だのに事実は曲解されて勇者の部屋へ押し入った事をクレアの口から聞かされる。



「ええ、違います! 夜中押し入ったのは事実ですけど、それはクレア様の指示で……あ!」

「その気のない僕に肌を押し付けて誘惑された時はどうしようかと思ったよ。でも抱いて分かった。きっとクレアが気を遣って僕に彼女を寄越してくれたんだって。ありがたくいただかせてもらったよ。久しぶりにリフレッシュした気分だ。ね? ナターシャ」

「あわわわわわ」



 ここで追撃の卓也の証言。

 クレアは怒り心頭。

 ナターシャは本当に困り顔で卓也とクレアの顔を何度も見返す。



「なんでそんな嘘言うんですかぁ!」

「嘘なものか。じゃあナターシャは僕の許可なく部屋に入り込んだと言う事になるよ。その目的は? 僕に言えない事情があるとしたらそれはそれで問題だ。違うかな?」



 ナターシャは考える。確かにヘマをしたのは自分だと。

 慕うべきクレアの命令を護れずに、勇者に庇われているのも事実。しかしこれを認めて仕舞えば国母となる王族の二人を敵に回すことになる。それはナターシャにとって最悪の事案だ。

 仕える主人を失うだけでなく、一族の信用も失墜する。

 運が良ければ愛人枠で雇用されるかもしれないが、そんな可能性は天地がひっくり返ってもないだろう。


 では勇者の証言に抗った場合はどうだ?

 勇者の私物に手を出した。秘密裏には何度も手を出してきているが、事を公にした事は一度もない。

 これが公になった場合、簡単に首を切られるだろう。

 侍女なんて代わりのいるパーツだ。

 一族の信頼は変わらず、ナターシャだけ首を切られてハイおしまい。

 一瞬でその事を頭の中で理解して、ナターシャは拓也に縋りついた。


 どのみち破滅の道を辿るなら、愛人枠で行こうと。

 自分だけが損益を出して親族だけが生きながらえる。

 長期的に見ればそっちの方が最善。


 そうは思いつつまだうらわかき乙女であるナターシャは恋の一つもしたことのない小娘である。

 勇者になら抱かれてもいいかなと言う意識を捨てきれないでいた。もちろん主人を蔑ろにするつもりはないが、おこぼれをもらう程度でも良いと考えた。



「うぅ、勇者様。それは言わない約束でしたのに」

「おっと、そうだったか? 悪かった」



 話に乗ってきたナターシャを見て、卓也は彼女の横に座って肩を抱き寄せる。

 すっかり一晩限りの関係を忘れられず、余韻に浸る関係を作り上げていた。



「ナターシャ! 後で詳しい話を聞かせてもらいますからね?」

「覚悟はできておりますわ、お嬢様。では勇者様、また後で」



 幾分か重い足取りで、ナターシャは自分の後身を考えて卓也の部屋を後にした。

 すぐ隣の部屋ではキャットファイトが繰り広げられており、普段落ち着いてるクレアらしくないと卓也は感想を述べる。


 そこで「うまいこと誤魔化せた」と卓也は真に意思疎通を繋いだ。



『聞こえる? 平君』

『あ、パイセン。どうでした?』

『なんとか容疑者を抱え込むことができたよ。彼女には相当苦しい状況だったみたいだけど、最終的に僕につく事をクレアの前で宣言してくれたよ。アドバイスありがとうね』

『パイセンかっこいいっすもん。女の子なんて引く手数多っしょ?』

『そんな事ないよ。ここの国の女性は腹に一物を抱えてる子が多くて真面目に恋愛させて貰えないよ。ただでさえアリシアとクレアが居るから声もかけてくれないし』

『あー、バックに王国付きですよって宣伝してるようなもんなんすね。でもあのおっぱいはずるいっすよ』

『ね、彼女あれで聖女だなんて言うんだから笑っちゃうよね』

『およ? つーことは……』

『あいにくと王女様達とは一度もそう言う事はした事ないよ。特にクレアは純血であることが聖女の条件だって、ガードが特に硬いんだ』

『じゃあ普段はどこで発散してるんすか? 聖女様がアレだと結構溜まるっしょ?』



 真からの高校生特有の猥談に苦笑する卓也。

 普段では高潔な存在たれと王国により言われてるが、卓也とて年頃の男である。特にクレアの豊満な肉体に組みつかれては、意識しない方が無理だった。



『それが悲しいことにね、魔法で気分を抑制されてしまうんだ。おかしいよね? 勇者だよ、僕。もっと尊重してくれてもいいのにね』

『マジっすか。まぁ俺も周りがワイルドに生きてるのでそれどころじゃないんすけどね。色気もなんもないっすよ。そのくせ大食らいが二人もいるもんで、食ってくのがやっとっす』

『お互いに苦労するなぁ』

『お疲れ様っすパイセン』



 お互いに苦労を労い合い、通信を切る。

 さてさて彼女は自分の仲間になるか。はたまた無常にも首を切られるか。その采配がどうするか見ものだと卓也はほくそ笑んだ。


 クレア曰く、王家に付き従っている以上、他所に守らせない情報を知りすぎている。

 口では喧嘩腰だが、後のことを考えれば口を塞ぐか手元に置いておくのが得策か。

 そして運が良ければ卓也の発散相手になる。

 王家でもなければ、戦力でもない。都合の良い相手だ。

 本人もその気であるといえば卓也も断る理由がない。


 どちらに転んでも卓也にはいいことづくめであった。

 やはり持つべきは同じ境遇に立たされてる勇者仲間か。

 後で何か手土産を持っていこうと騒がしい隣の部屋を横目に、街を練り歩いた。

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