第16話 謂れなき賞金首認定

 逆巻の勇者達一行が敗北を喫し、街に帰還した翌朝。

 自分たちの失態を国王に漏らすものが居なくなった事実に安堵しつつも、国の最強戦力である騎士団長の損失と、第一、第二騎士団全滅というあり得ない事実を受けてアリシアがギルドに掛け合った。


 自らの失態は棚上げし、凶暴なモンスターという一点に絞った報告。騎士団を上回る圧倒的戦力として勇者という存在を伏せてこの度賞金首が登録される。


 モンスターロード。

 人間でありながらモンスターを使役し、人間に害する悪事を平然とやってのける(誇張あり)

 のっけから賞金額が金貨500枚と高めである。


 通常、SSランクに該当するモンスターでさえ金貨300枚。

 王国の中でも貴族か王族でしかみない白金貨の領域だ。

 故に初登録でありながらもSSランク相当。

 

 理由は使役してるモンスターにあった。

 マザーファング。それも庇護する存在を持つ最上位種である。

 それとまだ幼いがウロボロスの幼体までその支配下に置いている。これからしでかすことを考えれば初登録で金貨500枚は妥当だろう。



「人間なのに人間の敵? ゴロツキや何かではなく?



 話を聞いてもにわかには信じられないギルド職員。



「ゴロツキ達にウチのユーリアがものの数分で全滅したと? そう仰りたいのですか?」

「いえ、現場を見てませんので」

「なら案内してあげるわ。その末路をね」



 ギルド職員に食ってかかるクレア。

 反論するギルド職員だったが、答えを予測していたアリシアは待ってましたと声を上げる。

 場所は街から5時間かけた山道の奥。

 森林一歩手前の雑木林の手前。

 脇道に入った川の底にある。


 今回勇者は連れてきていない。

 そもそも勇者タクヤに黙って賞金首にしたてあげてるのだ。

 本人が知れば激昂するに違いない。

 それをされたらいよいよを持って王国から離反してしまうだろう。だからこそ秘密裏にやらなければならなかった。


 と、アリシア達は思っているが、実は卓也には筒抜けであった。宿で寝てると、ポチの声で『またあの人間達来てるよ』とお達しがあったからだ。

 それに返事をし、単独でその姿を追って。


 川に到着して事の顛末をこっそり覗き見てきたのである。

 そして知る、賞金首の事実。


 こうしてはいられないと単独で糸巻きの勇者へ接触する卓也。



「えっ、俺が賞金首っすか!? なんで」

「どうやらアリシア達の仕業らしい」

「パイセンは知らなかったと?」

「ポチ君がその調査隊の姿を確認し、意思疎通で通達してくれなかったら今頃宿の中さ。僕にはなんの話も来なかったよ」



 卓也は頭を振って肩をすくめた。

 真はそんなこともあるんすね、と返す。

 勇者だなんだと持ち上げておいて、裏では全く違うことを考えているのがこの国、ひいては王国人のようだ。



「そっかー、自由に生きてるだけなのに、なんでそれすら許可してくれないんですかね。おれ、仮にも勇者なのに」

「おかしな話だよね。彼女達にとって僕以外の勇者が活躍するのは面白くないみたいだ。でも賞金額が金貨500枚だからそうそう誰も来ないと思うよ?」

「でも命知らずは来るんですよね? めんどくさいなー」

「平君の見た目が弱そうだからね。使役してるモンスターを引き離せばワンチャンあるように思ってるのかも」

「黒龍倒したのは俺なんすけどねー」

「そうだね。あのお肉も美味しかったよ」

「まだ乾いてないのにチャレンジしたんすか?」

「ブラックドラゴンのお肉を口に入れる機会って実はあまりないんだ。美味とは聞くけど、討伐した個体はギルドに預けて、解体されたら今度は国が買い取るからね。魔王討伐に出かけた勇者の口には一切入らないんだよ。偶然王国に帰れば口にする機会もあるんだろうけど、四天王の一角を落とした以外で帰還命令が降りたことはないよ」

「マジっすか。じゃあ俺、ほんと運良かったんすね」



 真は自ら召喚された日のことを思い出していた。

 王と勇者の謁見。

 物語でよく見る姿を思い出しつつも、常に外回りしてる卓也からしてみれば非常に珍しい確率である。

 何せ一年遅れだ。卓也が王国に、あるいは王と謁見する機会は真が思ってるよりもずっと少ない。



「それよりもこれからどうするんだい?」

「どうするも何も、まだ俺レベル3ですよ?」

「逆にそのレベルでSSランクであるブラックドラゴンを討伐した事実に驚嘆するよ」

「パイセンはレベルいくつの時に討伐したんですか?」

「僕はレベル30の時だね。4桁に届くステータスで漸く鱗に切れ込みを入れられた。長期戦の末、やっとね。あとはその切り込みを拡大させて致命傷に追い込んだんだ」

「はえー、俺なんてこの糸のお陰で10分以内っすよ」

「10分!? 信じられない。やっぱりその糸、普通の糸に比べておかしいよね? 荷物運びと解体してた時から思ってたけど」



 真の口からもたらせられた事実を聞き入り、呆れたように卓也は溢す。ステータスを見る限り、真本人の攻撃力は0となっている。しかし糸に対しては攻撃力も防御力も記されてない。


 それが固有スキルの恐ろしいところである。

 あくまでもステータスが反映するのは個人の能力までだ。

 固有スキルの能力まで記せないのが誤算なのか、卓也はレベルでは測りきれない真の勇者としての素養に内心で嫉妬する。


 レベルが70を超えてなお、同格の真。

 やはり勇者としてのライバルは彼以外いないと確信する。

 勇者としてどんどん化け物じみてくる自分は、人間からどう思われているのか考えることはよくある。

 その為の首輪付き。背後に王国の存在があるからこそ、勇者は勇者のままでいられる。そう思っていたけど……


 違うんだな。ありのまま過ごす真を見て卓也は自らの考えの浅はかさに気付いた。


 自分たちは何も変わっていない。

 変わったのは周囲の人間の目くらいだ。

 成長補正に上限のない勇者は、みるみる王国人の遥か上をいく。討伐したモンスターは成長の証。

 けれどその成長は王国人の手に余るもので。



「どうしたんすか、パイセン?」



 考え込み、空を見上げて一息つく卓也へ、真が話しかける。



「うん? いや、魔王討伐した後のことを考えててさ」

「あー、元の世界に返してくれないやつっすかね、これ」

「そこらへんの説明は一切ないね。勇者としての役目の忙しさで聞けてないというのもあるけど、こっちがその事を聞こうとすると話を変えてくるんだ」

「あー、それ利用されてますね」

「やっぱり?」

「パイセンさえ良ければ、俺と一緒に暮らしません? 食うものには困らないっすよ?」

「良いのかい?」

「食いしん坊だらけなので、パイセンの分は自分で確保して貰えばっすけどね」

「ははは、うん。それくらいは自分でできるよ」

「なら決まりっすね。あー、でもどこで合流しましょ」

「その時は一緒に戦ってくれてるだろうから、また意思疎通で案内出してよ。心の中の言葉なら、彼女達に聴こえないからさ」

「そっすねー。てか、一度通じればお互いに心の声ダダ漏れっすよ?」

「そうなの?」



 驚いたように卓也は眼を剥く。

 流石にそれは予想外だ。

 しかし同時に心の中でいつも騒がしい彼らの会話が聞けると思えば案外悪くないかも知れない。



「じゃあ、僕はここら辺でお暇するよ」

「じゃあ、お土産持ってってくださいよ」



 立ち上がる卓也へ、真がそこらへんで拾った果実を持ってくる。甘くて美味しいらしいが、卓也の鑑定の魔道具では猛毒と検知している。

 あのブラックドラゴン肉を食べて以降、卓也も猛毒耐性ができているとはいえ、猛毒と聞いて素直にそれを口に入れる勇気はなかった。


 真に比べて慎重なのは、自身が勇者、人々の希望であると自負しているからだ。

 しかし同時にもう一人の勇者がいるならば、自分がここで倒れたとしてもなんとかしてくれるだろう。

 そう思って、その果実にかぶりつく。

 口いっぱいに広がる果汁。この果汁こそが猛毒で、普通ならその窒死量でくたばるところだが、猛毒無効のおかげで卓也は咀嚼することに成功していた。

 後輩の勧めてきた果実は見た目こそヘンテコだが、口当たりは桃のようで、糖度もそれを超えてくる。

 猛毒であるのが勿体無い果実だった。



「あ、美味しい」

「でしょー? 自然もなかなか捨てたもんじゃないんすよ」

「うん、それに猛毒だから人間は食べないもんね」

「動物も食わないから俺一人じゃ食い切れないんすよ」

「じゃあいくつかもらっておこうかな? でも他の人の目に触れさせないようにしないとね」

「そっすねー。パイセンがうまそうに食ってるところを見られたら美味いものだって思われちゃいますし」

「もちろん、そこは気をつけるよ」



 真からの手土産を持って卓也は宿へ帰還する。

 先に帰っていたアリシア達に合流するなり、どこへ行っていたのか詰問されたが、街を歩いていただけだよと誤魔化した。


 そして鼻を鳴らしたクレアが、なんだか甘い匂いがしますと猛毒果実の匂いに気がつく。

 卓也はそれをバザーで見つけたフルーツだ。もう食べてしまったと嘘をついた。

 あとで適当に見繕っておけばいいかとその時は思っていたが、



 翌日、事件が起きた。

 クレア付きの次女の一人が意識不明のまま、卓也の部屋の隅で昏倒していたのだ。

 近くには猛毒の果実。


 やっちまったな、と卓也は素早く猛毒果実を拾い上げ、証拠隠滅した。

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