第15話 対決!

『痴れ者め。己の愚かさを身に刻みながら果てると良いわ』



 黒龍がその身を大きく震わせながらブレスを吐くべく息を吸う。しかし俺は安全圏の背中へ既に移動を完了していた。

 猛毒は既に流しているが、ティティにも毒が効かなかった事もあり、効果は薄いかもしれない。



『ぬっ!? 何処へ行った童!!』



 叫ぼうと自分の位置を教えるのはバカのする事だ。

 俺は木登りの要領でデカくなった黒龍の背中に取り付くと、心臓に向けて手のひらから糸を射出する。

 体に撃って聞かないなら直接血を送り出す器官に流し込めばどうかってね?



『ぐわっ、なんだこれは! 童め何をした』



 黒龍はその場に蹲り、血反吐を吐く。

 やはり心臓に流し込んだのが良かったか、血の巡りに混ざって毒が体全体に染みていった。

 とてもフルーティな香りがするのがいい状態である。

 ここで取り出したりますは木の棒。

 俺は背中でそれを擦り付けて火を起こす。


 と、その前に。



「翼は切り取っちゃいましょーねー」



 空を飛ばれたら厄介だ。

 根元に糸を巻きつけて切断する。

 細いからよく食い込むし、レベルが上がって力強さが増したのもある。筋力増加の恩恵で、糸そのものの強靭さが増したのだ。



『グワァアアアアアアア!!』



 声うるさっ。近所迷惑を考えろよこのヤロー。

 森の仲間たちが起きてきちゃうだろ?

 俺はなかなかくたばらない黒龍に流す毒の勢いを増しながら、同時に火も起こしている。

 直接着火しにくい肉体なのかしれないが、木の棒は鱗を削り取り、肉体部分まで食い込んでいる。

 脂身に到達したからもうそろそろ着火してもいいはずだと摩擦の回転数を上げるとそれは一気に燃え上がった。



『なんだ!? 一体何が起こってる!?』



 答えを教えたら俺の強みが死んじゃうだろ?

 答え合わせはあの世でやってくれ。

 その代わり、肉は美味しくいただいてやるからさ。


 黒龍は無念とばかりにその場に倒れ伏し、血反吐を吐き出しながら息絶えた。

 よーし、いい感じに肉に美味しい成分が浸ってるな!


 俺は糸で解体しながらティティの文を切り分けていく。

 ポチが食うには猛毒すぎるからソースをたっぷりかけてやらないと。

 あとは、そうそう煮込む鍋の用意だ。



 そこらの岩盤をスライスして糸でくっつけて完成。

 つぎはぎの鍋を近所の泉から直接水を掬ってその場に置き、同時に火を起こしてグツグツ煮出す。

 ドラゴン肉は干すか煮るかで旨くなることはルーカスさんに教わったからな。


 念入りにアクをとって、肉がトロットロになるまで煮込む。

 それにしてもアクが多いな、コイツ。

 あまり雑味を残すのはよろしくない。


 少し調理に時間をかけてしまったが、味は最高だと自負している。猛毒が水全体に広がっていい感じの香りも付与された。

 食える奴は限定されるが、まぁティティなら食えるだろ。

 念のため煮詰めた特製ソースをかけて配膳する。



「出来たぞー。真流、黒龍のトロトロ煮だ。熱いうちに食べてくれ」

「美味そう!」



 ティティはダラダラと涎を垂らしながら大きく息を吸い込んで、即席で作った岩のナイフで肉を切り分ける。

 猫舌はだいぶ良くなったが、まだ熱々のお肉に直接かぶりつく勇気はないのか、ふーふー息を吹き掛けて粗熱を取ってから口に入れた。

 次第に綻ぶ表情。毒がティティを侵すことはなく、程よい香りとフルーティな味わいだけが口いっぱいに広がってる様だ。



「美味いか?」

「最高!」

「そりゃ良かった。ポチも喜ぶかな?」

「ポチの分残るかなぁ?」

「そこは残してやろうぜ? 仲間なんだから」

「うーー。でもティティ龍肉いっぱい食べたいぞ?」

「俺もなー、いっぱい食べさせてやりたいところだが……」



 あえて言葉を溜めて、次の言葉を紡ぎ出す。



「別の調理法でも食ってみたくないか? あえて燻製にしてから表面をカリカリに焼き上げたり」

「ゴクリ」


 ティティは大きく唾を飲み込む。想像したのか涎の量が増している。


「いっそ一口大に切り分けて衣つけて揚げるとかさ。色々試したいんだよ。この美味い肉をより極上に仕上げたい俺のわがままを許してくれないか?」

「そ、それは仕方ないな。でも味見の係はティティが最初だぞ?」

「そりゃもちろんだ。だからポチの帰りを一緒に待とうな? ついでに残りを干し肉にする作業を手伝ってくれ」

「わかった」



 後で食わせる約束さえしとけば、ティティは物分かりがいい子だった。干し肉作業はなかなか手間だが、人手があれば割と早く終わる。作業途中、多少はティティの腹に収まるがその程度で済むだけマシだと思ってる。

 彼女の食欲は際限がないからな。我慢するのも最高のスパイスだと教え込んだので大丈夫だろう。たぶん。


 しかしこう言っちゃなんだが、この肉。

 どうもティティの関係者っぽいが食べて良かったのだろうか?

 俺はそんなことを考えながら解体作業を続けていった。




 ◇




 場所はポチがもう一つの反応に気がついた時へと巻き戻る。

 駆け出した体が音の壁を超えて走り出すと、一瞬にして視界が変わり、大勢の人間が雑木林を囲む様に存在した。

 その手には松明を持っており、それを木々に付けようとする目的が見て取れた。


 もちろん、森の仲間が眠る場所にそんなものを放る輩を黙って見過ごせないポチ。

 咆哮を上げ、威嚇する様に唸りの声をあげていた。



「くっ、こんな所でシルバーファングに遭遇するとは、第一騎士、第二騎士は戦闘準備! 勇者様は例の個体の始末をお願いします」



 騎士団長ユーリアの指揮に頷き、成長し切ったシルバーファングを抑え込むユーリアだったが、突然全身を震わせたポチが金色に眩く光出す。

 その状態を見てユーリアは震えた。



「まさか! この個体はマザーファングなのか!? 総員退避! 奴は仲間を守護するときに恐ろしい力を発揮する。 作戦Aは凍結し、作戦Bに移行する」



 即座に作戦を立て直し、あわよくば討ち取る陣形から時間稼ぎをするだけしてから撤退行動に移す陣形へと変化させた。



「思った以上に守りが硬い。よもやあの個体はアレの守護下にあるのではなかろうな? 村長殿」

「そんなわけはありません。アレは肉食です。人が好物だと聞きます。生まれたてで人の姿をしたウロボロスならば好物の範疇でしょう」

「しかしあの個体の特徴は暴食だ。食えば食うほど恐ろしく早く成長する。人であるままなど考えられぬ」

「そういう意味でも我々に預けになられたのだと思っていましたが。その日食べるものも自然からのお恵みであるダークエルフに」

「理解はしている」



 押し問答の末、折れる形でユーリアが呟く。

 納得はしていない。

 どのような形であれ、アレがマザーファングの庇護下に入ってるとまずいことになる。

 マザーファングは嫉妬深いことでも有名だ。

 一度子と認めたら種族が違おうと死に物狂いで襲ってくる。


 単体の脅威度でSランクに匹敵する魔物は、子を守る時ランクを一つあげてSSランクになる特殊な存在だ。


 通常SSランククラスとなると魔族の中でも上位種に値する。

 かの四天王が一角のウロボロス率いる黒龍軍団もまた、SSランク。

 騎士団はおろか、冒険者ではまるで歯が立たないだろう。



 そんな答えの出ない堂々巡りをしてる頃、雑木林の中腹で今日中の悲鳴が上がった。

 木々を突き抜けて現れる巨体。



「ブラックドラゴン!? なぜこんなところに!!」



 声を上げたのは騎士団の誰か。

 その声色からは先程までの士気は感じられず、逃げ出そうとする意思がはっきりと見えた。

 冗談じゃないと言わんばかりで、命がいくつあっても足りないと言いたげだ。


 前方には庇護対象を得たマザーファングに、さらにその奥にはブラックドラゴン。

 時間稼ぎしたところで作戦の成功率は大きく増大した。


 SSランクが二体。

 もう勇者たちの無事を祈るしかなかった。

 シルバーファングを振り切ったのを見届けるなり撤退を始める騎士団。

 だがそれよりも、ポチの行動が一歩早かった。

 否、人間の動きを追い越すように巨大な存在が獣の敏捷力で回り込む。


 騎士団は前門のマザーファング、後門のブラックドラゴン状態に追い詰められていた。


 そして勝負はあっという間に決着がつく。

 軽く前足を払っただけで紙屑のように人が吹き飛ばされた。



『えっ!? 弱っ』



 それはポチにとっても想定外。

 真にじゃれつく程度の触れ合いだが、鎧を纏った騎士たちはそれよりも弱く儚い命を散らしていく。



『にーちゃんと同じ種族じゃないのかな? まぁどっちみち……ここから先には行かせないけどね!』



 ワンッ

 軽く吠えて牽制し。尻尾を振るようにしならせた前足。

 これ以上ないくらいの手抜きで、騎士団は壊滅した。

 一人も残さず大地へシミを作る。

 こんなことならまだにーちゃんの方が強いとさえ思うポチである。


 SSランクにとって人類は遊び相手にもならないのだ。

 そう思えば縄張り争いをしている二匹の魔物はちょうどいい修行相手だ。

 人間より強く、だがギリギリポチの方が優っている。

 人間からしてみればそれは脅威に他ならない。


 

 そして雑木林に忍び込んだ勇者たちは、仲睦まじい様子で食事を囲うもう一人の勇者と抹殺対象を発見した。



「あれ? パイセンじゃないっすか」

「やっぱり君か、平君。ほら、大丈夫だったでしょ」

「タクヤ様、騙されてはなりません!」

「そうよタクヤ、そいつは勇者と名乗ってるだけで魔物と仲良くしてる魔族側よ」

「君たちはそうやってすぐ決めつけるけどね……」

「なんの話っすか?」

「ううん、なんでもないよ。それで、その子は?」



 何かの肉を取り出しては食事を続行する真達。

 卓也は頭を振り、話を続行した。

 抹殺対象の人となりを身近にいる存在から聞き出そうと話を促す。



「コイツはティティ。ちょっと食いしん坊なうちの新しい仲間だ。ポチ共々よろしく頼むっす」

「よろしく、ティティちゃん?」

「お前誰だ?」

「俺の知り合いだよ、ティティ」

「ティティの食い物盗む?」

「盗まないよ。それは平君が君のために配膳したものだろう?」

「そっか、お前いい奴だな。仲間と認めてやるぞ」

「こら、そうやって上から物を言わない。このお肉だって俺が仕留めたんだからな!?」

「うーー、マコトがいじめるー」



 そんな風にはしゃぐ抹殺対象者を見て、卓也はほっこりした気持ちになった。

 目の前の食いしん坊が後々魔王軍の幹部になる?

 そんな光景がありえるだろうか?



「ほら、大丈夫だったじゃない。ポチ君は元気?」

「アレ? パイセン。ポチと意思疎通できてないんすか?」

「なんだいそれは」

「こう、頭の中で念じると声が聞こえてきませんかね?」

「初めて聞いたよ。今度試してみる」

「やってみてほしいっす。あいつは誰彼構わず襲わない賢い愛犬なんで」

「はっはっは。平君は面白いこと言うなぁ」



 言うに事欠いて愛犬ときたか。

 SSランクの討伐対象を前にその余裕。

 さすが勇者だ。自分もそうありたい物だと卓也は思う。



「さて、じゃあ僕はこの辺で」

「あれ、もうお帰りですか?」

「うん。ポチ君の姿を見かけたからきっと君もいるかなって顔を見せにきたんだ。相変わらずで安心したよ」

「あ、パイセンにお土産持ってってほしいっす」



 そう言いながら何かの干し肉を手渡してくる。

 それと壺に入った濃厚スープだ。



「これは?」

「さっき仕留めた黒龍の干し肉に、一応毒があるといけないんで毒消し効果のあるスープっすね」

「黒龍ってブラックドラゴン? 平君が倒したの?」

「そうっす。たまたま見かけたのでサクッと。もうティティの好物になっちゃったので、なくなる前に渡しとくっすね?」



 横を見やれば例の抹殺対象者が涎をダラダラ垂らしていた。

 干し肉の枚数は三枚。なれど腕に抱えるほどの大きさで荷物になってしまう。



「こんなにはいらないかな? よかったら二枚は成長期のティティちゃんにあげてよ」

「いいのか?」

「いいんすか? この子食ったら食っただけ態度でかくなりますけど」

「いいよ、僕たちには一枚でも十分だ」

「お前、いい奴だな! 特別に名前を覚えてやるぞ?」

「それは光栄だね。僕は岡本卓也。タクヤって覚えてくれたらいいよ」

「タクヤ、タクヤだなよし、覚えたぞ!」



 そんなやりとりを終えて卓也達勇者一行はその地を後にした。

 合流地点ではポチが帰りを待っていた。



『ポチ君、聞こえるかい、ポチ君』

『ポチ君って何? オレはポチって名前だけど』

「うわ、本当に聞こえた。これは意思疎通か」

『あー、にーちゃんの知り合いの人? だったらくる時あんな大勢で来ないでほしいかな。仲間がびっくりしちゃうから』

「ごめんごめん。僕たちは単独で行くって言ってるんだけど勝手についてきちゃったんだよ。それで、その人達は?」

『あっちに行ったよ』



 ポチは顔を川の方に向けて言う。

 退却ルートに確かに川に向かうルートはあった。

 しかしこんな温厚な愛犬相手に退却を選ぶ必要はあるのか?

 卓也は訝しむ。


 そして川底に沈む肉塊を目にして合点がいった。



「うっ」

「酷いですわ」



 そこには数百名もの騎士団の死体が埋まっていた。

 まるで相手にならなかったのだろう。

 本人の余裕な態度からきっと遊び相手にもならなかったんだろうなと思う。



「戦いにすらならなかったか。意思疎通がないばかりに」

「タクヤ、やはりあれは存在してはいけない畜生ですわ。総力を持って掃討すべき対象よ」

「そうですわタクヤ様」



 縋り付いてくる二人を、鬱陶しそうに見やる。

 どう考えたって悪いのは自分たちなのに、自分を動かすために被害者ヅラをしているのが納得いかなかった。


 それを考えればまだもう一人の勇者平真と付き合っていた方が建設的だ。

 一応名目上は勇者なので口には出さないが、吠える彼女達を宥めて帰路についた。

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