第14話 四天王の忘れ形見

 逆巻の勇者に倒された四天王の一角。

 その後釜を探すべく、魔王軍はかつて人間側の勢力に持ち出された卵の行方を探していた。


 邪竜ウロボロス。

 それが彼の地を収めていた四天王の一人。

 決して弱かったから負けたのではない。

 勇者の能力と相性が悪すぎて討伐されてしまった最強格だった。


 暗躍する魔王軍に、いち早く気がついた人間側の勢力は、かつてその卵を託したダークエルフの里へと急行した。

 しか村長は驚く行動に出ていた。


「なに、人喰い狼への生贄にしただと?」

「はい。かのシルバーファングの上位種、マザーファングの元へ送り込みました。もし生かされていたとしても、子供思いのマザーの事です。決して手放したりはしないでしょう」



 魔王軍が居場所を突き止めたとしても大人しく手渡すはずがない、と笑みを浮かべる村長に、王国側の騎士は表情を顰める。

 確かに思い通りに事が進めば仲間同士で傷付け合い、戦力を無駄に減らす必要はなくなる。

 人間種の脅威の一つが減る事になるが、しかし。



「刷り込み効果と言うやつか。しかし……それは卵から孵った直後に起こるのではないか?」

「その点は大丈夫です。あの者は親心以前に食欲しか頭になく、里の食糧を食い尽くしてなお、求めてくる暴食。里心などなく、今頃野良モンスターとなって居る事でしょう」

「つまり我々が討伐してもなんら問題ないと?」

「ええ、我々の存在を脅かす邪智暴虐の悪鬼として、討伐する価値が増えました。あれが成長する前に叩くのなら今を置いて他にありません」

「と、言う事ですが勇者様」



 王国の騎士団長、ユーリアが振り向いた先で思案していた勇者岡本卓也は一連の流れを聞いて、果たしてかの四天王の落とし子を討伐しても良いものか決めかねていた。


 確かにモンスターはこれまで人間を多く殺してきた。

 無惨に殺された無辜の民の願いを聞き入れ、卓也は剣を取り、その一角を仕留めて居る。


 だがこれから向かった先にいる相手はまだなにも人間に害をなしていない。

 確かにダークエルフの里はその存在によって食糧難に陥ったが、それは単純に育児放棄のようなものであり、育てられなくなったから捨てたと明言されたような者だった。



「タクヤ様」

「うん、わかってるよ。放っておけばゆくゆくは四天王にまで上り詰める可能性があるんだよね?」

「そうよ、モンスターは子供だからって放っておけば後々大勢の人間の命を奪うのよ。辛いでしょうけど覚悟を決めて」

「仕方ない。気は乗らないけど顔だけでも拝見しようか」



 乗り気じゃない卓也に、ユーリアもダークエルフの村長も何処か不安気だ。

 そんな気持ちで討伐は果たせるのかと心配している。

 かつて民のために奮闘した姿が今や見る影もない。

 人類のための最終兵器は、今や腑抜けていた。

 これではなんのために召喚したのかわかったものではない。


 勇者の教育は王国の二人の姫に掛かっているのだ。

 最初の一年の成果を見て、これなら大丈夫だろうと口を出すのをやめていたユーリアだったが、ある時を境に手綱を握れなくなっているのを看過できないでいた。


 あれからもう一年が経とうとしているのに、未だコントロール出来ていないようでは……



「姫殿下、結果によっては王へ報告せねばなりません」

「大丈夫よ。タクヤはやってくれるわ。なにも心配する事ないわ」

「だといいのですが」

「あの方は人類の希望です。確かに今はやる気はありませんが、それはモチベーションが保てていないだけですわ」



 クレアが姉の援護をすべく、騎士団長に食ってかかる。

 しかしユーリアの懸念は勇者の代わり様にあった。



「私はそのモチベーションがどうして失われてしまったのかを追及しているのですよ、姫殿下。当時の勇者様と別物すぎます。教育はどうされたのです?」



 教育。つまり洗脳計画はもう一人の勇者『糸巻き』が現れてから何もかもうまくいかなくなっていた。


 今までは盲目的に「民の為」と一言添えれば無実の魔族をも殺してみせたタクヤ。

 しかし一年遅れの勇者と出会ってから正気に戻ってしまったかのように今のタクヤは弱くなった。

 いや、実力はなんら変わっていないがアリシアたちの言うことを鵜呑みにしなくなったのだ。


 今はまだ、教育中だと皆に言い聞かせているが。

 すでにアリシア達の手を離れて勝手に動いている事がバレたらアリシア、ひいてはクレアも帰る場所を失う事になる。


 また勝手に判断を下されたら……

 勇者の伴侶としての立場どころか姫としての立場も危うい。

 もしまた失敗すれば、4人居る妹達が代を引き継ぎ洗脳計画が移行する。


 アリシアはそれが我慢出来ずにいた。

 勇者の伴侶になれない者は王族にあらず。

 勇者は二人まで娶って良い法律を立てたのも二人一組で計画を実行する為だった。

 タイプの違う美少女であるのも、その為だ。

 これで結果を残せなければアリシアもクレアもお払い箱だ。


 シルバーファングの討伐失敗はまだ許された。

 しかし四天王の一角に登る可能性のあるモンスターの討伐失敗は明らかに失態となる。

 そしてここには王国の目であるユーリアも居る。

 絶対に失敗は許されなかった。




 ◇




 様々な思惑が交錯する中、当事者といえば……



「マコト、次は龍の肉が食いたいぞ」



 今もまだ転がり込んだ先の食糧事情を困窮させている。

 一切の責任を持たず、わがままを加速させていた。



「それはまた今度な?」

「えー、食いたい食いたい食いたい食いたい!」

『わがまま言わないの。肌が鱗に覆われてから自我が強くなってきたよね、この子』

「だなー。まだ食の好みで煩いだけだから可愛いものだけど」

『にーちゃん的には可愛いものなんだ?』

「まぁこんくらいは許容範囲内だろ。食欲って言うのは……」

『にーちゃんの三大欲求だっけ?』

「そう、それ。食いたい時に食えないのはストレスが溜まるんだ。ポチだって食事を我慢した後むしゃくしゃするだろ?」

『うん、わかるよ。でも……』

「冬眠中の群れが気になるか?」

『うん』

「ちょっと行ってすぐ帰って来ればいい。ティティだって竜の肉が食えれば機嫌が治るだろ」

『そっか、そうだね』



 ポチは悩む必要なんてなかったんだと尻尾を左右に振った。

 耳をぺたんとさせては安心した様に突っ伏す。

 心配性な奴だ。

 気持ちはわかるけどさ。


 今まで移動する時は拠点をそっくりそのまま帰る事が多かった。現在食事事情で困ることはない。

 群れが出来てからポチの気持ちは落ち着きを見せている。

 が、新しい仲間のティティの食欲は増大する一方だ。


 ティティの為だけに群れを危険な場所に移動させたくないポチ。その気持ちは母性の目覚めか、はたまた種族特性か。

 俺にはよくわからないものだった。



 じゃあみんなが一眠りさせているうちにちょっくら竜の巣でも探してくるか。

 そんな風に軽い気持ちでいたところへ──



『にーちゃん!』



 俺の体が突然炎に覆われた。

 ポチが俺の異変にワンワンと吠える。



『こんな所にいましたか、姫。探しましたぞ』



 茂みからぬっと、ワイバーンをより蜥蜴っぽく変化させた頭があらわれた。

 しかしその肉体は人の様にスーツを纏い、貴族然としている。

 格上に傅く様に頭を下げた。

 え、誰に?



「竜?」

『我をあんな三下と同列に扱うとは。これだから下等生物は』



 俺の疑問点を軽く一蹴。


 ボッ


 一睨みされただけで俺の体にまとわりつく炎が勢いを増した。

 だからと言って別に肌が燃えたりはしない。

 物理的な炎ではなく魔法的な炎だ。


 しかし俺の肌は火傷になる側から治っていく。

 分かってはいたが、俺の血肉が糸の原材料。

 任意に吐き出せる猛毒や状態異常回復薬なんかは肉体の至る所に巡っている。

 だから火傷した側から治るし、なんだったら火の勢いはあっという間に消えた。


 そんな俺にポチが心配するだけ損したと言わんばかりに尻尾をぺたんと地につけた。

 おい、そんな顔すんなよ。



「肉!」



 そしてもう一人は、突然現れた『美味しいと噂の』竜が直々に姿を現したのを見て瞳を輝かせ、涎を垂らしていた。

 まぁ、確かに竜っぽいけど。

 それ以前に姫とか言ってなかったか、こいつ。

 それってポチ……じゃないな。

 種族的にティティの事か?


 あれ? じゃあこのじゃじゃ馬娘は迷子だった?

 迷子の少女を生贄にするなんてダークエルフ達は屑なのかな?

 フルーツを貰ってる恩義があるとはいえ、俺はちょっと気を悪くする。


 ムッとしてる以外無傷の俺を見て、突如現れた竜は目を剥いて驚きの声をあげていた。



『貴様! 我の炎を受けて何故死なぬ!?』

「あんなもんで死んでたらこの場所で生きてけないぜ? いや、ちょっとびっくりはしたけどさ」

『にーちゃんにしてみたらその程度なのがもうおかしいよね?』

「肉! マコト! 肉!」



 会話の流れをぶった斬る様にティティの肉コールが止むことを知らない。その瞳は、止めどなく流れる涎は早く仕留めて肉を食わせて来れと言わんばかりだ。

 しかしこのサイズではティティのお腹を満たせるか心配だ。



「んで、この森にドラゴン様がなんの様だ?」

『うっかり使命を忘れるところであった。そう、我が使命は姫の奪還! さぁ、帰りましょう姫』

「姫ってコイツか?」



 俺が人差し指でティティを指すなり、ドラゴン執事の目の色が変わる。コイツ呼ばわりしたのがお気に召さなかったのか、それともまた別の要因か。


 ドラゴン執事はスーツを突き破る様に肥大化し、その肉体を見上げるくらいのサイズに変化させた。

 ドラゴンていう割にサイズが小さいと思ってたら、やっぱりあれは隠密移動用の姿だったか。


 ティティに至っては小さいながらも竜の肉が倍増したことに喜びを隠しきれない。

 そんじゃあわがままお姫様のためにいっちょ張り切りますか。

 その時、ポチが吠えてもう一方の方へ顔を向けた。



『にーちゃん、別の反応がこっちに迫ってるよ』

「んー? そっちはポチに任せていいか? ティティのためにもコイツは仕留める必要がある」

『分かった。オレとしてはこの場所を離れる必要がなくなったから嬉しいけど、負けないでね?』

「バカ、誰に言ってんだよ。俺は勝つぞ、お前」

『そうだね、にーちゃんは負けない。信じてるから』



 ポチからの期待をせに受け、俺は漆黒の鱗に包まれたドラゴンと対峙する。

 さーて、どうやって料理してやろうか。

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