第13話 冬越え、春の味巡り
そこでの暮らしは随分と慣れた。
ティティは相変わらず食いしん坊だし、ポチと一緒に行動する様になってからますます我儘を加速させている。
俺はいいところのお嬢様を引き取ってしまったのか?
と、思う程生贄という身分から程遠くなっている。
『にーちゃん、メシ!』
「メシ!」
「はいはい、今用意してやるから待ってろ」
最近はすっかり料理のレパートリーも増えてきた。
気分はコック長である。
つってもラインナップは肉・肉・果物だ。
飽きが来るのが早い。
それをどうにかして味覚や食感を変えてやるのが俺の仕事。
あれ? 俺の仕事って勇者じゃないっけ?
まぁレベルを上げるためにもこの仕事をする必要があるんだ。
俺は自分にそう言い聞かせた。
だが肉でできるレパートリーなんてたかが知れてる。
焼くか煮るか蒸すかぐらいだ。
糸の扱い方もあの頃よりずいぶんマシになってきた。
そろそろ新しいスキルが生えてもいい頃だと思うが、なかなか生えてくれない。
やはり糸で何かをするより、食って寝てを繰り返すことでしかスキルが生えないのかもしれなかった。
まぁそれはともかくとして。
料理に関してはモンスター基準じゃいい線いってると思うんだよね。現に毒物扱いの俺のスキルで仕留めた肉をガツガツ食うティティがいい例だ。
単にあいつが大飯ぐらいで毒物を受け付けないタイプなのかもしれないが、ポチでさえ躊躇する毒物の煮込み肉も平気で食いついてた。
もしかしなくてもこの子ってポチより上位の存在かもしれない。いやいや、毒食って死なないなら俺もそうだし、何はともあれそこらへんで気を遣わなくて済むあたり楽をさせてもらっていた。
そして毒薬で煮込んで解毒薬のソースで浸したお肉がポチとティティの前に用意された。
どちらも牛一頭分の量あるが、ペロリと行ってしまう。
おかしい。
俺だってそこまで食わないぞ?
実はティティのこの見た目は仮の姿とか言うんじゃ?
まぁあのゴツい角の時点で嫌な予感はしてたからな。
それから二か月くらい経つ。
何やらお尻の辺りを気にするティティ。
どうも座る時に落ち着かないようだ。
しかし女の子のお尻を覗き見ることは紳士的にNGなので、メスであるポチにお願いすると、
『尻尾生えてたよ、この子。にーちゃんもそのうち生える?』
「生えないと思うぞ」
『ふーん。じゃあ、にーちゃんとは違う種族なのかな?』
「かもなー。で、尻尾ってどんな感じの尻尾だ?」
『見ればわかるよ』
直に見れないから教えろって言ってるのにこいつは。
仕方ないのでガン見しないようにしながらティティの後方に回り、チラ見。
するとぶっとい龍のような尻尾が生えてるじゃないか。
「ティティは龍種なのか?」
「龍ってなんだ? 美味いのか?」
ティティは相変わらずティティだった。
「実際に食ったことはないから知らないが、ワイバーンはうまかったぞ。あいつは厳密には亜竜だが、竜種の中でも下っ端か」
「美味いのか。じゃあこれ切れば美味い肉食えるのか?」
ティティはダラダラと涎を垂らして自分の尻尾を見下ろした。
こやつ……!
美味の為なら身を切る覚悟か。
「やめなさい。切ったら血が出るし、痛いどころじゃないぞ?」
「残念」
すっかり流暢に喋るようになったが、成長するにつれてポチより食費がかかり過ぎる。
燃費が頗る悪いのだ。
これはダークエルフが持て余すのも頷ける。
既に俺も持て余し気味だが、ポチやポチの群れともすっかり仲良しになっているので捨て置くわけにもいかない。
というか、未だに森の仲間と仲良くなれない俺より仲がいい。
もしかしてこの場に居らないのは俺の方なんじゃ?
受け入れ難い現実に直面しながらも、俺は食っては寝ての生活を繰り返した。
全てはスキルのためと思いつつ、自堕落な生活を送る。
ティティに尻尾が生えてからさらに半月。
世界は白銀に包まれて、冬模様。
ポチの毛皮にくるまって一緒に寝るのが日課になる。
こうやって一緒に寝てると家族になったみたいで種族の垣根なんてないんだって気持ちになる。
冬はモンスターや動物にとっては冬眠の時期。
秋頃に群れから離れた二匹の種族と餌の奪い合いをしたのはいい思い出か。
弱肉強食の世の中では強い者の意見がよく通る。
しかしスタイルの違いで群れから離れた二種族は、ポチの監視を盗んで獲物の確保を続行した。
ポチはそれを見て見ぬふりする。
ポチとしては別に命を奪うほどのことじゃないから。
モンスターとしてのプライドなんてまだ無いのだ。
俺と行動を共にしてから、共存を覚えてから、モンスターから逸脱し始めたポチ。
思考は未だモンスター的だが、人の気持ちもきちんと理解してくれる。
ただし嫌なことがあったらNOとはっきり言えるモンスターだ。俺がそうだからポチにもそう教えた。
そして冬を超えて春。
世界は温かな光に包まれて、木々が雪を掻き分けて朝日を浴びに幹を伸ばす。新緑の季節の到来だ。
今日は魚の気分。
釣りなどはせず、糸を川に飛翔付与で発射して仕留め、糸巻きで回収する雑な作業だ。
電撃が使えれば多少楽だが、生憎と魔法とは縁遠い生活を送っている。
冒険者生活してればワンチャンあったが、能力が人類と共存出来なさすぎて泣けてくる。
モンスターと一緒に行動してる方が気が楽な辺り、女神様とやらは魔王討伐よりも人とモンスターの架け橋を作りたかったのかもしれない。
しかしそれは難しいだろうと国の人間たちを見て思う。
人間達にとってモンスターは脅威であると同時に金のなる木扱い。力あるものは一攫千金を見込んで冒険者ギルドの門を叩く悪循環である。
まぁそれは一旦端に置いといて。
釣った魚に話を戻そう。
生でくっても問題ないやつが雁首揃えてる自然界。
しかし人間である俺はそれをあえて料理していただくことにする。
糸で腹を掻っ捌いてワタを抜きつつ、伸ばした糸を串代わりに塩を振って焼いた。
ポチには物足りないみたいだが、足りない分は肉を追加してやる。ティティは魚は初めて食べるのか、瞳をキラキラさせていた。
「美味しいな! 肉とは違う。これなんだ?」
「魚って言うんだぞ。水の中で生活する為に動物とは違う進化をしたんだ」
「へー。ティティも水の中で生活出来るかな?」
「チャレンジしてみるか?」
「うん!」
これでティティがどの種族なのか判別できるかもしれない。
地上に住む龍か、海で暮らす種族か、はたまた空を飛べる種族か。
結果を見てみれば特にカナヅチというわけではないが。
水中生活を生業としてるわけでもないようだ。
息継ぎを必要としてたし、圧倒的パワーで水をかき分ける姿から、水は飲み物であるという認識でしかない。
息継ぎしないで水を飲み込もうとしてむせかえる幼女が一人。
足がつく場所だったから溺れはしなかったが、見てないと無茶をするから心配だった。
『ティティは泳ぎがあんまり上手じゃないね』
「ポチは犬かき以前に川底に足が届くもんな?」
『うん。にーちゃんは糸で足固定してるんでしょ?』
「バレたか。俺は泳げないからな。こんな時に襲われたら大変だ。その時は守ってくれるか?」
『いいよ』
さすが頼れる相棒だぜ。
ティティと一緒にポチの上に糸でくっついて、雪解けした世界を一望する。
まだ静けさの残る自然界で、俺たちは眠りにつく仲間たちの様子を見守りながら寝床に帰って寝ることにした。
しかしティティの成長がのちに人間と一悶着起こす原因になるとはこの時の俺たちは思いもしなかった。
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