第12話 生贄の少女ティティ

 なんだかんだ、ダークエルフ達とは上手くやれてる。

 出逢えば挨拶するし、週に一度山盛りのフルーツを持ってきてくれる。

 代わりに肉を持っていったらめちゃくちゃ喜ばれてた。


 しかし一ヶ月を過ぎた頃、フルーツの他に年端も行かない少女を連れてきた。

 名はティティ=トゥラ。

 こめかみからゴツめの角が生えた幼女だ。どう見てもダークエルフじゃないが、なぜダークエルフに連れられて居るのだろう?

 詳しく聞けば、彼女の役目はなんと生贄!

 ポチに捧げられた生贄らしい。



「え、ポチは人間食いませんよ?」

「でしたら身の回りの世話でもさせてやってください。我々のせめてもの心遣いですから」

「ここにくればおなかいっぱいになれるってほんとう?」

「ティティは黙ってなさい。今大人のお話ししてるから」

「えーー、やだーーー!」



 あれ? この子、生贄なんだよな?

 俺の中で生贄の概念が崩れそうなほど太々しいぞ?

 村長が勢いで負けてる姿を初めて見た。


 そこでポチが引き取った群れの引率から帰ってきた。

 帰ってくるなり、山盛りのフルーツ目掛けてそこに頭を突っ込んだ。

 尻尾を振って嬉しそうにむしゃむしゃしている。

 すっかりフルーツの甘さの虜になっちまったな。


 餌付けと言えばその通りで、ダークエルフもその様子に頷いてる。肉食と名高いシルバーファングがフルーツで釣れるんならいいことづくめだもんな。

 じゃあこの子は何の為に?



「あー、ずるいぞ! てぃてぃもたべる!」



 ポチと一緒になってフルーツを食べ始めた生贄の少女。

 あれ、この子ってもしかして村で手に負えなくなったからうちに押し付けるつもりで連れてきたんじゃ……冗談じゃない。



「え、この子うちで引き取るんですか? 無駄飯ぐらいはちょっと……」

「神獣様の世話でもなんでもさせてくださって大丈夫ですから。では私はこれで。神獣様によろしくお伝えください」



 役目でしょ、と言わんばかりにそれだけ伝えて村長は姿を掻き消した。まるでティティがフルーツに夢中になってる間に置き去りにする気満々で。

 あっという間に見えなくなる。


 ポチが満足そうに口の周りをべろりと舌で洗う。



『さっきの人はなんだって?』

「そこの子、ポチの世話係にさせろっておしつけにきた」

『えー、要らない』

「俺もそう言ったよ? なのに問答無用でさ」



 そこへ少女の声が俺たちの会話を中断させる。



「あーー、くったくった」



 見れば俺たちに捧げられたフルーツの山の上で、妊婦と見紛うほどに腹を膨らませた少女が食い散らかしたフルーツの上で寝転がっていた。

 図々しさでは俺たち以上だ。

 本当に何者だ?



『それで、世話してもらう以前に世話になる気満々のこの子の名前は?』

「ティティって呼ばれてた」

『ふーん』



 ポチは細目ですっかり眠りについた少女を見ながら大きくあくびをした。



『じゃあオレ寝るから』

「おう、寝とけ寝とけ。俺もジャムを作ったら寝るわ」



 その場で丸くなって暖を取るポチに、俺は残りモンのフルーツを見繕って煮詰め始める。

 砂糖はないけど、フルーツの甘味がいい感じにとろみをつけてくれる。別に販売するわけじゃないので自分たちだけ楽しめれば良いのだ。

 ポチは首を向けながら作業中の俺へと思考を飛ばしてきた。



『うん、でも残ってる?』



 少女とポチの食い散らかしたフルーツは、正直言ってほとんど残ってなかった。

 俺もここら辺歩いてるけど、ダークエルフが持ってくるフルーツはここら辺じゃ見ないものが多い。

 普段ならポチが気を遣って残してくれるが、今回は予想外の客が来たからな。



「あー、足りない分はそこら辺の掻き集めるし」

『ごめんね、干し肉の作業終わった後でしょ?』

「まぁ好きでやってる事だからな。お前は気にすんなよ。これからはこいつを働かせるようにするからさ」

『働いてくれるかな?』

「食うのが好きなら、食えないとなったら本気出すだろ。俺もお前も通った道だ。こいつもそうだと信じてみるさ」

『うん』



 ◇



 翌日。空腹と共にティティが起き出してきた。

 まだ寝ぼけているのか、瞳は虚でポチの尻尾へ噛み付いている。

 体格差が違い過ぎてダメージすらいってないようだが、ポチは鬱陶しそうに尻尾を左右に振った。



「はっ! ここどこ?」

「おはようさん」

「おまえ、だれ?」



 ようやく意識を覚醒させたと思ったらこれだ。

 昨日のやりとりは記憶の彼方。

 俺の顔すら、自分の立場すらわかってない様子だ。

 


「俺はマコト。今日からおまえの教育係を務めることになった」

「きょういくがかりってなんだ? うまいのか?」



 少女は無意識に涎を垂らした。

 この子、二言目には飯の事ばかりだな。

 そういう意味ではポチと似てる。



『にーちゃん、ご飯』



 言ってる側から催促だ。

 ポチが二匹になったみたいで気分が重い。



「おう、朝は焼いた干し肉だぞ。今焼くから待ってろよ」

『わーい』

「わーい」



 本当にそっくりだ。

 おまえら実は姉妹だったりしない?

 種族に明確な差があるけど。


 それはさておきティティの頭に糸を差し込む。

 会話が成り立たないことにはコミュニケーションが成立しないからな。


 これで俺のMPは290になった。

 俺、ポチ、パイセン、ルーカスさん、森の仲間達5部族長、あとティティで合計10消費だ。


 いつのまにか会話できる相手がこんなに増えたんだなぁ。

 なんだかんだこの世界に来てから半年以上、一年未満。

 思えば遠くへ来たものだ。

 パイセン元気にしてるかな?

 糸で繋がってるとはいえ、向こうに説明してないしな。


 そんな風に思いを馳せていると、ティティが頭を押さえて何か騒ぎ出す。

 


「ん、なんかあたま、へん?」

「これから森の仲間と仲良くする為の処置を施した。ティティはもう俺たちの仲間になったからな」

「なかま?」

「家族みたいなもんさ」

「わかんない。ティティいつもおなかすいてる。ここにくればおなかいっぱいなる。そういわれてきた」

「飯を食うには働いてもらう必要がある。それを教えていくから、ティティにはそれを覚えてほしい。そうしたらご飯は作ってやるから。やれるか?」

「やる!」

「良い返事だ。じゃあこれくらいの木の枝を拾ってこれるか?」

「よゆう!」

「ポチは群れのみんなに顔見せがてら、怪我しないように見ててくれ」

『うん』


 

 ポチが横に付けば、ティティはいい笑顔を浮かべて歩き出す。

 木の枝を拾っては両手で抱えて、一生懸命仕事をこなしている。飽きっぽい子供のようでいて、食う為なら割と律儀だ。

 この分ならそこまで手間はかからないかな?

 何たってポチほどの大飯ぐらいはそうそう居ないし。


 そんなくだらない事を考えながら木を擦り付けて火を起こす。

 雑木林のあちこちには俺の糸で作った仕掛けがいくつかあった。

 それの一つを起動させ、上に干してあった肉を足元におろす。糸巻きで解除することも可能だけど、それをすると勢いよく落ちてくるから受け止め切れないんだよな。

 俺の糸でキャッチすると、勢いも乗って八つ裂きにしちゃうから。


 だから敢えて起動させてやる必要があった。

 その前に糸で固定する必要があるんだけど、それをしつつ糸も回収すればトラップ解除と含めて一石二鳥だ。


 これはあくまで飛行モンスターの迎撃システムの一つだったりする。

 肉は俺の毒をたっぷり染み込ませてるから有毒で、それを受け止めた方もタダじゃ済まないって寸法だ。


 って、ティティは一般人(?)だから解毒してやんなきゃいけないんだった。

 すっかり主食になってたワイバーン肉は食えるかな?

 ポチに食わせる分はいいけど、あの子が食中毒になったら目も当てられない。


 すっかりゲテモノ食いに慣れてたからこれを機に普通の食事にシフトしてみるのもいいかもな。



 少しするとポチがティティを背中に乗せて戻ってくる。

 少し行動を共にさせただけですっかり仲良しになったようだ。



「ひろってきたぞ!」

「サンキュー。貰うぞ」

「あい」



 手を振れず、手から伸ばした糸で巻き付けてキャッチする。



「わっ、なんだ!」

『にーちゃんの能力だよ』

「のーりょく! すごい!」

「あー、なんか当たり前になっちまって能力とか考えたこともなかったな」



 木の枝に糸を巻き付けて一気に削って串を何本も作った。

 そこら辺の大木から切り出したまな板の上に、干し肉を置いて串に刺しやすいサイズに切る。

 串をさして、糸で操って焼き色を見ながら様子を見る。


 ティティが焼き上がっていく串肉を見ながら、瞳を輝かせていた。しかしこれは有毒なので、先ほど作った状態異常回復薬を入れたソースをかけて渡した。


 あまりもののフルーツソースなので、いい感じに酸味が効いてて美味いと思う。だが残念なことに俺に毒は通用しないので毒見役は適切ではない。



「たべていいの?」

「おう」

「じゃあ」



 匂いを嗅いで、食欲を増大させたのか涎を垂らし、焼き干し肉へとかぶりつく。



「あっひゅ、ひゅっ」



 流石に熱すぎたか。焼いた肉を食べたことが初めてだとしたら、高確率で猫舌だろうし。

 こういう時、俺は無力だ。

 糸じゃ冷ますこともままならない。



『オレが尻尾で仰ごうか?』

「頼む」



 糸で簡易的に縛った木の枝と葉っぱ。

 それをポチの尻尾にくっつけて仰いでもらう。

 すると一気に熱が吹き飛んで、再びティティが食べ始めた。


 先ほど口の中を火傷したみたいで、すぐには食べられなかったみたいだが、何回も何回も噛み締めて、ようやく飲み込んだ。

 そして一言。



「お い し い ~~~!」



 目を瞑り、体全部で喜びを表現しているティティ。

 どうやらお気に召したようだ。



『にーちゃん、オレにも』

「はいはい。いつものサイズのな?」

『ジャムもつけてね』

「もちろん」



 ポチの干し肉は、ほぼ骨つき肉と言って差し支えないサイズである。それを糸で操って、しっかり火を通してからソースを塗りたくる。

 刷毛のようなものはないので、ポチの尻尾を使って塗りたくった。自分では尻尾を舐めれないポチは悔しそうにしていたが、ティティが代わりに舐めていた。

 衛生的に大丈夫だろうか?


 まぁ状態異常回復薬が入ってるから滅多なことじゃ腹は壊さないだろう。

 そんでポチはというと……



『うまーーー』



 目を輝かせ、尻尾をブンブン振って肉にかけられたソースを肉度とかぶりついていた。



「そりゃよかった。状態異常回復薬もソースにしてかければ毒も払拭できて一石二鳥ってな」

『いろんなお肉に合いそうだよね』

「ワイバーン取りに帰るか?」

『でも群れの子置いていっちゃうのはちょっと気がひけるな』

「冗談だよ。本気にすんな」

『……うん、ありがと』



 ポチはすっかり群れのリーダーとしての自覚がついてきたのか、もう少しだけ見守ってやりたいと気持ちを白状した。

 オレはそれにとやかく言わない。


 俺はこいつを相棒にした時からそんな覚悟を決めていたのだから。勇者としての使命もあるけど、まだパイセンと合流するには俺の実力は心ともない。


 気持ちばかり焦ったところで上手くいかない。

 足踏みしてる現状を噛み締めつつ、今後の予定を考えた。

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