第11話 ポチ、群れを持つ
「神獣様! どうか我らをお導きください!」
俺たちの前には長い耳を生やした褐色のエルフ達が、頭を下げている。何故かポチを神獣と敬っており、俺は神獣と唯一交信可能な御使いとしてもてはやされていた。
なんでこんな目にあったかと言えば、遡ること二時間前。
◇
ルーカスさんと分かれて足の向くまま気の向くまま旅だった俺たち。あの場所での暮らしで俺たちは結構な荷物持ちになってしまった。
しかしそこはポチさんが図体のデカさを生かして毛皮に干し肉を吊るす許可をくれたので、食料を無駄にせず旅に出ることが可能なのである。
しかしそれが良くなかった。
ワイバーンのお肉って人間が食う分には不向きだけど、力あるモンスターが食うにはこの上なく魅力的なもので、それをぶら下げて歩くポチは格好の餌。
集まるわ集まるわまだ見ぬモンスター達が。
まぁぜんぶ俺の糸で返り討ちにしてやったけどな。
猛毒糸で全部お陀仏だぜ!
しかしポチがそれに意を唱えた。
『まだ食える、勿体無い』
食いしん坊キャラが新種のモンスターを前に味見をしないなんてありえない。そんな力説を受けたら俺はそれに従う他ないわけで。
端から解毒しつつポチの腹に収めてるのを見守っているところに武器を持って現れたのがこの人達。
「お前ら、この土地を神獣様のご寝所と知っての狼藉か!」
「あ、ごめん。汚しすぎたか? ほら、ポチもごめんなさいしろ」
『えー、オレわるくないよ?』
「いいから、取り敢えず頭下げるフリだけすればいいから。あとは俺に任せろ」
『う、うん』
きゅうんと、力なく伏せのポーズを取るポチ。
それを俺が指示してたというのがこの上なくその人達に衝撃を与えたらしい。
そしていきなり全員で土下座を敢行。
ポチを神獣と仰ぎ、俺を御使い様と呼び始めた。
面倒事はよして欲しいが、取り敢えず好きにさせることにした。
◇
『にーちゃん、あの人達、なんて?』
ポチは糸で意識を繋げない限り人間の言葉はわからないからな。そのため通訳は俺が買って出る。
ルーカスさんみたいにこちらに旨味がない限り、誰でも彼でもポチと会話させるわけにはいかないのだ。
特に変な信仰心持ってる奴らとかは特に。
ポチはただのモンスターだから、人の損得感情までは理解できないのだ。
「ああ、なんかポチの種族に以前あの人達といい関係を築いたモンスターが居たらしいんだ。だからポチはそのモンスターと間違えられてると見ていいだろう」
『オレはオレだよ?』
「そう言ってるんだけど聞く耳持たなくてさ」
『なんか感じ悪いね』
「そうだな。でもだからってポチが遠慮する必要はないと思うぞ?」
『良いのかな?』
「そりゃ良いだろ。ポチとそいつは知り合いってわけでも無いんだ。偶然種族が一緒ってだけだろ? そもそも人間から嫌われてるじゃん、お前の種族。だからあの人達の言い分を100%信じるのも危ないと思う」
『そうなの?』
「ああ、だから様子見をしよう。危害を加えてこなきゃ良いけど、無理強いしてくるようなら……」
『実力行使も厭わない?』
「おう、それが大自然で生きていく術だ。自分の身は自分で守んなきゃな? 当然俺はお前の味方だ」
『うん、にーちゃん弱いからオレが守るよ』
「頼りにしてるぜ、相棒」
鼻をこすりつけるようにして頬擦りして、俺たちは昼寝に移行する。寝床の確保は前任の守護獣様の住処を使わせてもらったが、腰を落ち着けるには俺たちは贅沢を覚え過ぎている。
『にーちゃん、お腹すいた』
「お前燃費悪いな。さっき食ったばっかじゃん!」
『育ち盛りだからね!』
「まぁ俺とお前じゃ種族が違うから仕方ないけどさ。ちょっと待ってろ、今用意するから」
『やったー。煮込みがいいな。オレあれ好きー』
「また手間がかかるやつを。それを作るには先に水場探してからだな」
『オレ探すの手伝うよ?』
「おう、頼むぜ?」
自分の好物を食すためなら多少空腹でも頑張ってくれるのがポチのいい子な点だ。そんくらい自分でやれと投げ出すのは水場を見つけてからだ。それを探さないことには困るのはオレも同じなわけだし。
拠点から少し歩けば水場はすぐ見つかった。
しかしそこには多種族がわんさか水浴びをして、我が物顔で暮らしている。
どいつもこいつもいい面構えだ。
ポチとどっこいどっこいの強さの奴が幅を利かせていた。
『まずはどっちが格上か教える必要があるかな?』
「手伝いはいるか?」
『ううん、一人でやる。でもやばかったら手伝って』
「おう、行ってこい」
ポチが駆ける。
その場の土が捲り上がるが、既にポチの姿はそこにはない。
またあいつ速くなったな。
感心してると、オレの方へ距離を詰めるモンスター達。
ポチを脅す人質にでもするつもりか?
舐められたものだ。
「残念だが、俺とあいつは対等だ。数で囲めば勝てると思うな!」
開幕『猛毒』+『飛翔』を付与して周囲に1センチづつ威嚇攻撃。
外した分は即時に『糸巻き』で回収し、第二射、第三射と間髪入れずに連射する。
大体静かになった頃、ポチの方もまた決着がついていた。
おおかた水場を占拠していたのがこの近隣のボスだったのだろう。力でねじ伏せて、新しい主としてポチが君臨した。
それを見届けたあと、ポチの周囲に集まって腹を見せていたので全員負けを認めたってところか。
『なんだか大変なことになっちゃった。オレ、メスなのに王様だって言われた。これから群れを率いなきゃ行けないんだって』
「それに従う理由があるのか?」
『あの水場を使えるのは代々ボスだけらしいよ?』
うーん、それもまた自然界のルールと言えばルールか。
人間の俺と二人で旅するよりよっぽどモンスターの生き方らしい。
それはそれとして。
「ポチはどうしたいんだ?」
『オレは、もっと自由でいいと思うよ。王様だけしか使えないなんておかしいよ。誰だって使いたい時に使えばいいじゃん』
「じゃあ、みんなにそう言ったらどうだ?」
ポチは黙り込んだ。
葛藤しているようだ。
今まで判断を求められることはあったが、全て自分の範囲内だけ。そこに大勢の命の選択権なんて付随したことはない。
だからすぐに答えなんて出ない。
俺だって同じように頼み込まれたらすぐに答えなんて出せない。むしろすぐ答えを出せる奴なんていないよ。
だから今はいっぱい悩め。
悩んで答えが出ないなら、俺も一緒に悩んでやる。
その日は結果を出さずに翌日に答えを見送った。
翌朝、ポチは俺の体に顔を擦り付けて起こしにくる。
「ん、おはようポチ」
『にーちゃん、オレの気持ちをみんなに伝えるために手助けしてくれ』
「ん~~? 手助けするのは構わないが、具体的には何をすればいいんだ?」
『にーちゃんの糸を、各種族の長に植え付けて欲しいんだ』
「構わないけど何匹いる?」
『ご、5匹』
「うーん、ちょっと待ってくれ。それは全部にくっつけなきゃダメか?」
流石に遠距離武器を五発分失うのは怖い。
俺は即答せずに待ったをかける。
たかが五発と侮ることなかれ。
俺にとってのこの五発は生と死を別つにたり得るんだ。
ただでさえ全方位をカバーできるわけじゃ無いのに、そこから更に減らすのは痛い。
それにソレを施したところで確実に安全になるわけではない。
弱いのを自覚してるからこそ、自衛手段を手放したくなかった。
『だって、全部につけたほうが平等だから。にーちゃんはいつもオレに平等性を説いてたろ? 仲間外れは良くないって。それはここの群れにも言えることだから。頼むよにーちゃん。オレ、頼れるのはにーちゃんしかいなくて……』
あの食いしん坊がこうも考えられるようになるなんてなあ。
まだまだ子供だと思っていたが、すっかり大人の考えを持っているじゃないか。
責任感というか、そういうものが俺との生活で芽生えたのなら俺はそれを尊重してやるしかないだろう。
「分かった。手持ちの糸を失うのは怖いが、ここはポチのやりたいようにやってみろ。俺は俺のやり方でレベルアップを測るよ。なーに、減らした分は増やせばいいんだ。お前も思い切ってぶつかってこい」
『にーちゃん……うん!』
ポチは決意を漲らせ、新しい群れのボスを決める会場……水場へと足を向けた。
ポチの発言はすぐに相手には響かなかった。
当然だ。みんな仲良くなんて甘ったれの言葉だからだ。
ボスにならないのなら出ていけなんて言葉もかけられた。
それでもポチがこの中で強いのは確かで、その甘えすら受け止められない弱いモノは必要ないと切って捨てた。
弱いから甘いのではなく、甘さを受け入れられる強さがポチの中での強くなるための素質だと、そう言い切る。
人間なんかと仲良くしてる時点で相当ポチは甘ったれだと思うのは他のモンスターから見たらそうだが、ポチはそう思ってない。俺としては嬉しいが、周囲はそう思ってくれないのが現実だ。
だからと言って人間と敵対してたら強くなれるわけでもなく、その上でも強くなれる道はあるはずだと解いた。
この中で強者を競い合う二種族からは話が合わないと喧嘩別れしたが、怯えて暮らしていた三種族からは絶賛されていた。
強気を挫き、弱きを助ける。
弱肉強食のこの世界では爪弾きにされる甘い考え。
でもポチなりに出した答えだ。
誰かがこの先傷つくことはあるかもしれないが、そん時は俺が助けになってやればいい。
人間が弱いだけの存在だと思われちゃ、共存する道を選択してくれたポチがかわいそうだもんな。
まぁ、何はともあれだ。
俺たちはこの難題を乗り越えることで一皮剥けることは間違いない。
ダークエルフと新たな群れのボス問題。
俺たちに降りかかった問題は山積みだった。
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