第9話 近隣の街との交流

 あれから二ヶ月。

 なんだかんだ翼竜、ワイバーンというらしいは美味しくいただいている。



「本当にワイバーンを仕留めてるのか、凄いな」

「そっすかね? まぁ地面に落としちゃえばそれほどでもないっしょ。ポチー、腕は残しといてなー」

『はいよー』



 本日はポチの他に、最近ワイバーンの出没回数が減ったとかで近くの街から調査にやってきたルーカスさんという冒険家と一緒にご飯をいただいている。


 彼はそれなりに一人で行動する事が多く、中でもありがたかったのが調味料の獲得だろうか。

 塩、胡椒の他に薬草などにも精通しており、見ただけでそれがなんの病気に効くのかわかるんだって。すげー。


 俺はほら、そこら変一緒くたに摂取しちゃうから。

 だから病気に効くのか全然わからないの。

 そもそも寝たら治るしな。

 困ってないから必死にならない。

 きっとそう言うひた向きさが全くないから今でも高校生気分なんだよ、多分。


 そんでルーカスさん曰く、実はワイバーン肉は一般的に食されてはいないらしい。

 その理由は肉に含まれる魔力が火入れをすると毒素になって全身にまわってしまうそうなのだ。


 だから専門の免許を持つ調理師が毒抜きをしてようやく食べられるとかなんとか。

 要はフグみたいなものだ。


 そのまんま炙って食ってる俺は、毒をまるまる食ってるようなものだとお叱りを頂いた。


 だって俺、毒効かねーし。


 って言うか、ポチも炙り肉食ってるけどなんともないぞ?

 聞いてみたら「え、毒あったの?」みたいな顔をされた。


 多分あれだ。人間にとっちゃ有害物質でも、モンスターにとっちゃ程よい刺激的な。

 そうだと思っときゃいいだろ。今更毒とか言われても困るし。



「ちなみに俺、以前まではこの草花煮込んで肉に塗りつけて食ってましたよ。ポチはそれに全く口つけてくれませんでしたけど」

「正気を疑う。それは子供でも手をつけない猛毒だぞ?」



 やっぱりかー。

 ルーカスさん曰く、一株で巨大モンスターを昏倒させる猛毒に、俺は更に神経毒と麻痺毒をブレンドしてジャムにしていたそうなのだ。

 あっふーん……馬鹿な俺にもようやく理解できたぜ。

 この臭み消しの正体が。



「それを常食してるんなら、多分君は毒が効かない能力を持って生まれたんだろうな。しかしなんでこんな人が寄り付かない場所に、その、ペットと一緒に生活してるんだい?」



 とても心配そうに声をかけてくる。

 つってもどこまで話していいものかな。



「まぁ、アレっすよ。単純に俺の能力が人と共存するのに向いてないだけっすね」

「人間なのに、人との共存に向かないとは?」

「人は生きていくのにお金を稼ぐ必要があるでしょ?」

「ふむ、まぁそうだな」

「俺の能力はさ、安全圏に居たんじゃいつまで経っても開花せず、こんな逆境でこそ花ひらく厄介さを持ってるんすよ。そんでもって討伐依頼こそ、今じゃなんとかなるけど、それで得られる資金はどこに消えるかって考えりゃよくわかることっす。冒険者やって新人が先輩出し抜いて成り上がっていったらどうなります?」

「そりゃ面白くないだろうな」

「ですね。俺の能力は開花するまでそれこそ無能扱い。荷物持ちがやっとで、その仕事も間に先輩が入って給料の中抜きされる始末。んで、俺はこんな場所に来るしかなかったんす。搾取される側を一回経験してるんで、わざわざ街に行って同じ境遇に入っていくのはもうゴメンっすね」

「ふむ、そう言うことなら無理強いしてまで人と生活する必要はないだろう。いや、悪いことを聞いた」



 ルーカスさんはお礼にワイバーン肉の毒抜き調理法を教えてくれることになった。


 この人は悪い人ではなさそうだけど、近隣の街から調査に来てる人間だからどこまで信用していいか分からない。

 ポチはペット、もとい犬と言い切ったが、一眼見て緊張した辺りでもうシルバーファングの上位個体。マザーファングであることはバレてるだろう。人間と一緒に行動してるのに納得がいってない顔してるが、俺が襲われてないのを見て警戒を弱めてくれている。


 そんでワイバーンの毒抜きへと取り掛かる。

 それは非常に根気のいる作業。

 俺は気持ち悪いからと剥ぎ落としてしまった皮膜を湯でとろとろになるまで煮出してから、それで肉を茹でる事5時間。

 アクと一緒に紫色の毒素が浮き出てくるので、それを掬い取りながら3時間。


 ついに人間でも食べられるワイバーン肉の出来上がりだ。


 もう見ただけで旨そう。

 待たされた分、空腹がスパイスになっている。

 ジャイアントキリングの効果で、味覚三倍だから今から楽しみで仕方ない。



「仕上げにこいつを擦り下ろして頂くのさ」

「それは?」

「ラディッシュ。辛味の効いた根菜だよ。この辛味に更にチリペッパーを加える御仁もいるが、私はこれだけを掛ける派だ。どちらを食べるかは君次第なところだが、どうする?」

「どっちも頂きます!」

「そう言うと思った。人がワイバーン肉を食す機会なんてそうそうないからね。どちらも食べて判断しなさい」

「うす」



 まずはそのまま頂く。

 素材の味がどれほど残っているのか、気になった。


 一口目ではプリッとした嚙みごたえ。

 しかし口の中に残ることはなく、極上のスープが口の中で踊り、飲み込んだ記憶もないのにいつの間にか無くなっていた。

 旨味の余韻が口内に広がる。

 そこに加わる味覚三倍。


 あまりの旨さに俺は涙を流していた。


 続いてその肉の炙りを頂く。

 表面がカリッとするまで炙り、一口。

 ザクッ、トロッ、ジュワッ。


 焼き餃子を食べたと思ったら小籠包だった!?

 みたいな気持ちにさせられる。

 口の中がびっくりしすぎてうまく表現出来ない。


 不味くはない、いや旨いけど旨い以外の表現が出てこないっつーか。なんと表現していいのかわからない。


 ただ何もつけないのがもったいなくなるくらいの、何か物足りない感。


 そして満を辞して擦り下ろしたラディッシュを添えていただくと。



「ああ、なるほど。これは……」



 トロットロの肉をよく引き立てる程よい辛味で味が一気にまとまった。

 旨味が凝縮したとでも言うべきか?

 ルーカスさんが勧めてくるのもわかる気がする。


 次にチリペッパーで煮込んだワイバーン肉は、と。



「ふふ、ホホッ。フォレハ……!」



 熱い! 口の中を火傷しそうな熱の暴力が暴れる。

 熱の奔流がいつまでも口の中に残り続けたように余韻が腹の奥で消化するまで続く。

 なんと言うことでしょう。


 不味くはない。

 むしろ旨い。辛味の方向性の違いというか、ラディッシュが纏めるなら、チリペッパーは倍増する。そんなニュアンスだ。



「どっちが気に入った?」

「俺は断然こっちっすね」



 持ち上げたのはラディッシュの薬味皿。

 ルーカスさんはやはりな、と目を光らせた。



「うん、やっぱりこっちの方がいいよね?」

「こっちも不味くはないんすよ。でももう少し量を控えた方が好きだな。浸透圧で染み込ませた方がうまいと思うんだよね」

「浸透圧か、その手があった。まぁこんな風にワイバーン肉を手に入れる機会はそう滅多に無いからね。試せる機会もそうそう無いんだ」

「そりゃ残念っすね。んじゃ、干し肉とかでよかったら分けましょうか?」

「良いのかい? 干し肉は食べた事が無いけど」

「希少素材なんでしたっけ? じゃあ干し肉にしようって発想もないみたいっすね」

「取り敢えず毒素のあるなしだけでも調べさせてくれ」

「お好きにどーぞ」

『にーちゃん、あいつら来たよ』

「おー、今行く」



 ポチの言うあいつらは、最近街に被害を出さなくなったワイバーンの事だ。単独行動でも他者を圧倒し続けたそいつらは、俺たちに負けてから徒党を組んで襲撃しにくる。


 今日は4匹か。全部は食えねーから干し肉日和だな。



「いってらっしゃい」

「行ってきます!」



 ルーカスさんからそう言われて、俺は元気に返事した。

 こんなやりとりいつぶりだろう?

 ポチは会話するのに事欠かないけど、人とのやり取りもたまには良いもんだ。


 まぁ、ワイバーンの群れは強酸+飛翔糸で羽を溶かせば大体終わる。あとは墜落した個体をポチがむしゃむしゃすれば、他の個体が仇とばかりに突っ込んできて、それらに例のコンボを叩き込めばはい終了。


 その場で解体して、干し肉サイズに。

 あとは糸で括って崖に干しとけば良い感じに乾燥して肉の水分が飛ぶって寸法だ。


 そんで寝床に帰ると、ルーカスさんが感涙しながら干し肉にそのまま齧り付いていた。毒はなかったのかな?



「ただいまっす」

「やぁおかえり。すごいよこのお肉! 魔力が消えて、毒素にならなくなったどころか旨味が増幅してるんだよ。やはりマナが豊富な土地で干したのが良かったのかもね、このままでも食べられるけど、やはりもう少し塩分が欲しいな」

「やり方教えてくれればやりますよ? それ以前に塩もないっすけど」

「じゃあもってくるし、教えるよ。これは売れるぞ~!」



 一人盛り上がってるところ言いにくいんすけど……



「お金になっても、俺には使い道ないっすけどね」

「おっと、そう言えば君は人との生活圏に居ないのだった。うっかり忘れてたよ」



 一人盛り上がっていたルーカスさんが俺の現状を思い出したか、そう呟いた。

 そこでこんな提案をしてくれた。



「では必要な道具があればそれを教えてくれ。稼いだ金でそれを持ち込む事で君への報酬としたい」

「じゃあ俺の服がそろそろ擦り切れてきたんで、それと」

『にーちゃん、毒を消す薬とか貰ったら?』

「俺は困んないぞ?」

『オレは困るの!』

「わかったわかった。じゃれつくなよ。お前のパンチは怖いんだよ」



 ポチ曰く、オレが臭い消しに使う猛毒で仕留めた肉をうっかり口にした時の対処法として毒消し薬を求めていた。

 どこまでも食いしん坊な奴め。


 ただ、毒消しと言っても毒によっては消せる範囲が大きく異なるため、俺の猛毒に対抗出来るための毒消しが必要だと猛毒を付与した糸を手渡す。それを専用の瓶に入れ、毒消しが開発されたら返しにきてくれる事になった。

 たかが1㎝と思う事なかれ。


 この1㎝でワイバーンを仕留められる武器となる。

 そう思えば慎重になるのもわかるだろ?

 ただでさえ成長の遅い俺からしたら、糸の放出上限は長ければ長いほど良いんだ。



 それを持ち帰ったルーカスさんが、その日から総力を上げて俺の毒に対抗出来る毒消し薬の開発に専念した。


 しかしその強力な毒素は一般に出回ってる毒分解成分を上回り、単品の毒で分解できないレベルの猛毒として脅威として知らしめられた。

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