第7話 勇者、相対す


 それでも俺は別れの挨拶くらいはしておこうと思った。

 ポチの誤解も解かなきゃ行けないし。



『ポチ、ちょっと降りるわ』

『危ないよ、にーちゃん』

『いや、知り合いが居てさ』

『勝算があるんならいいけど』

『悪い。お別れだけ言ったら振り切ってくれていいからさ』

『うん』



 そうやって心の中で会話をしてると、パイセンが何やら盛り上がっていた。



「シルバーファング! もしやあの時討伐したマザーファングの生き残りか!」



 んー? もしかしてパイセンがポチのかーちゃん屠ったクチ?

 それを聞いたポチの表情が剣呑な物になる。

 声が聞こえてるわけじゃないけど、装備からかーちゃんの匂いを嗅ぎ取ったかな? こいつ鼻が良いから。



『にーちゃん、こいつら、かーちゃんの仇だ』

『やっぱりか』



 身体中傷だらけだったあの遺体がどのようにされたのか把握する。

 パイセンが時間を稼いで、後ろのつり目お嬢様が風の魔法かなんかで惨たらしくいたぶったのだろう。

 ひでぇことしやがるぜ。まぁ討伐されるような事したこいつのかーちゃんの方にも問題があったんだろうけどさ。

 お互いに言い分を切り出してたら話はいつまで経っても平行線だ。



「タクヤ! 子供とはいえ相手はあのシルバーファングよ。手を抜いて勝てる相手では無いわ!」

「タクヤ様! 今傷をお直しします。愛しき女神グノーよ。慈愛を持って彼のものを癒せ、キュア!」



 相変わらず、漫才みたいな凸凹パーティがパイセンの足を引っ張っている。

 いや、パイセン無傷じゃん。サポート失格でしょいやらしお嬢様。


 けどパイセンにかかればそれは仲間からの支援で、その剣の切先がポチへと降り掛かれば俺だって黙って見ているわけにはいかなくて。



「はい、ストップ」

「なっ!?」



 勇者の必殺の一撃が、俺の糸になんなく受け止められる。

 普通ならそれはありえない事で。

 しかしそれ以上に俺の顔を見てパイセンは驚きの声をあげた。


 あ、これもしかして街じゃ俺死んでたことになってた?


 まぁ人知れず行方知らずになればそう思われたって仕方ねーか。冒険者なりたての新人が森の中で一人サバイバルだなんてどう考えたって自殺行為だし。



「平君、生きていたか!」

「パイセン、お久しぶりっす。まさか俺を誘いにきてくれたんすか? その割には挨拶が過剰すぎてびびりましたよ」

「あいつ、タクヤの一撃を止めたの!? あれは魔王四天王ウロボロスすら屠った渾身の一撃よ? 嘘でしょう!?」

「そんな、タクヤ様が力負けするなんて!」



 相変わらず俺とパイセンは仲良しで、それ以外は俺を邪魔者と見ているようだ。

 むしろなんで死んでないんだと不満の声すら漏らして居る。

 へーへーすいませんね。生き汚くて。

 それと勇者同士の力が拮抗するのって当たり前じゃね?


 フレンドリーファイアを起こさないためのものじゃんね?

 それとも今ので死んでろよって意味かな?


 どちらにせよ王国側の意図は読めた。

 この戦いに乗じて俺の存在ごと消すつもりか。



「平君は危ないから下がっててくれ! すぐにそこにいるシルバーファングを始末するから」

「あー、ちょっと誤解がありますね。そいつは俺のダチですよ。だから人間に危害は加えないことは俺が保証するっす」

「いや、え? それは本当かい」



 あっさり信じちゃうあたり、パイセンはやっぱり勇者向いてない気がしてくる。

 この人は今までお人好しすぎて国や街の人々にいいように使われ続けたんだろうな。



「マジマジ。あ、こいつポチって言うんすけど。拾った時は子犬みたいに小さかったんで、昔飼ってた犬を思い出しちゃって。一緒に生活してたんすよ。気がついたらこんなサイズに育っちゃって、びっくりしてます」

「平君と一緒に育ったと言うのなら、信じよう」

「勇者様!? そのモンスターはいずれ人を襲います! どうか今のうちに駆除してくださいませんと近隣住民は恐ろしくて夜な夜な眠れなくなってしまいます!」



 何やらオーバーに捲し立てる人物が一人。

 見たことない人だ。



「どちら様?」

「平君は見たことなかったかな? 近隣の街、ミルパンセのギルドマスターだよ。僕が駆け出しの頃にお世話になったんだ」



 へぇ。パイセンと分かれてからはギルドと狩場の往復だから気付かなかった。

 途中で先輩冒険者が割って入って稼ぎを中抜きして手柄独り占めし出してからはギルド自体に寄らなくなったし。



「成る程。じゃあ俺たちは今からこの森を出ていくので安心して寝られますね、と後のギルドマスターさんへ伝えといてくれませんか? 俺が言うよりパイセンからの方が伝わりやすいだろうし」

「良いよ」



 さすがパイセン、頼りになる。まさかの即答だ。



「でも平君。僕の一撃をいつのまにいなせるようになったんだい? さっきは驚いたよ」

「あー、色々あったんすよ。色々」



 まだ糸の特性は話すべきではない。

 っていうか、ただの応用だ。


 対策されたら割と簡単に対処されるレベルの。

 ここに居る全員が味方と決まったわけじゃないので、俺はお口チャックする事にした。


 まだポチの安全マージンが確保できてないもんな。

 パイセンは俺の話聞いてくれるけど、それ意外はまだ敵意がある。気を抜かない方がいいだろう。



「今はまだ話せないんだね?」

「そっすね。まだ……パイセンに追いつける気がしないんで秘密っす」

「もう十分強くなってると思うよ。レベルは上がった?」

「レベルっすか。ようやく2になったとこっす。全然っすよ。しかも能力値もMPしか伸びないし、さっぱりっす」

「それはがっかりだね。でも僕と一緒に旅ができる戦力としては申し分ないと感じたけど?」



 やっぱりパイセンとこうして語り合うのは楽しい。

 同じようなゲームを遊んだ事があるので、どのように成長させていくかでアドバイスがもらえるからだ。

 実際のところ、その知識はこの能力になんの足しにもならないんだけどさ。



「あー、そこはすいません。ポチと一緒に世界回るって決めたばっかりなんで。合流するのは延期で良いっすか?」

「仕方ない。魔王を倒すまでには合流してよね?」



 パイセンは一息吐くと、俺から距離をとった。

 もうポチに対して脅威を感じてないようだ。

 俺がそばにいる限りは安全だろうと信頼してくれたようだ。よかったな、ポチ。

 それ以前にお前が負ける場面が現状浮かんでこねーけど。


 勇者が引き下がる。

 否、丸め込まれた事実にミルパンセのギルド一同は震え上がるしかない。


 王国の絶対正義。

 王国の懲罰代行者。

 それが勇者の役割なのだから。



「いってらっしゃい、平君。良き旅を」



 そんなパイセンが、俺を男として、友として見送ってくれる。

 これほど嬉しいものはない。だからこそ再会を楽しむように、胸を躍らせる。そしてパイセンの頭に1センチ分の糸を差し込んだ。


 魔糸単体じゃ殺傷能力はない。鍼のように神経を刺激する程度だ。

 しかしそれでポチと同じようにパイセンと心が通い合えば儲けもの。

 パイセンは周囲の声に絆されやすいからな。

 それがちょっとだけ心残りでもあった。

 


「んじゃ、行ってくるっすパイセン。さぁポチ、俺たちの冒険を始めようか」

『もういいの?』

「おう。俺にとってあの人は目標だからな。いずれ越えるべき壁だ。だから今は別々の道を行くんだ」

『うん、オレもかーちゃんみたいな立派なクイーンになるよ』

「えっ」



 ポチは駆け出した。

 出掛けに放った言葉を俺が飲み込む間もなく、俺たちは一陣の風になった。




 ◇




 その場に残された勇者一行は、ニコニコしながら王都に帰ろうとするタクヤを他所にその場で地団駄を踏みつけるアリシア、クレア、ギルドマスターの三人が頭を掻きむしりながら絶叫をあげていた。


 この三人はいいところまで計画が進んでいたのにも関わらず、結局ご破産になった三人だ。


 クレアは再度念入りにかけた洗脳を解かれ、アリシアは真を亡き者にする計画を挫かれ、ギルドマスターはシルバーファングの討伐素材で皮算用をしていたのだ。



「ほら、脅威は去ったんだから帰るよ。みんなも付き合わせて悪かったね。僕の友人がお騒がせした。その詫びも兼ねて帰って一杯奢ろうと思う」

「まだ哨戒に向かったミルダが帰ってこないんだ。あいつがやったに違いない。勇者さま、仇を討ってください!」

「うーん、どうせ僕がくる前に欲に負けて格上相手に無謀な戦いを挑んだんでしょ? 自業自得だよ。冒険者ってそういうものでしょ? 仇を討つなら僕に頼らず君達がしなよ。僕は確かに勇者だけどさ。魔王を討伐するのが優先で、住民一人一人の事情を聞いてあげる程余裕がないんだよ、ごめんね?」



 仲間が帰ってこない現実に喚く冒険者。

 しかし勇者タクヤはそれをバッサリと切り捨てる。

 普段の勇者とはあまりに違う態度に、冒険者は王族のアリシア達に話が違うと視線を送った。

 

 普段であれば軽い返事一つで見返りもなく了承するのに。

 洗脳状態が解けた今ではそれすらも通用せず。


 それどころか自分の到着を待たずに仕掛けたそいつが悪いと決めつけている。


 よくソシャゲでも先行してパーティの足並みを乱す相手に頭を悩ませられた経験があるタクヤ。

 こと自分勝手な行動を起こす相手に辛辣だ。

 今はソシャゲ脳の方が優っているのか、街の人間がその時頭を悩ませた地雷に見えて仕方がなかった。


 勇者勇者と崇めておけばなんでも言うことを聞くと思ったら大間違いである。

 アリシアやクレアと一緒にいる時はついつい引き受けてしまうけど、本来なら勇者は魔王を討伐するのが仕事なのだ。


 アリシア達は王女という立場もあるから街の住民の願いを聞くのも義務かもしれないけど、それに勇者を巻き込むのは大きな時間のロスだとタクヤは考えている。

 それはともかくとして、別れた後輩のことだ。



「やっぱり平君はおもしろいな。あれでまだ成長途中とか、僕もうかうかしてられない」



 もう自分でもだいぶ強くなった気でいた。

 しかし横に並び立つ勇者が「その程度で満足してるんすか?」と嗜める。


 タクヤは後輩に負けてなるものかとやる気を出すのだった。

 後ろ暗い感情を持つ従者を率いて、勇者タクヤの冒険は新しい気持ちで再開した。

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