第6話 シルバーファング

 準備を終えて、旅立ちの期日がやってくる。

 魔石は全部持っていくのは大変なので大きなやつをいくつか持っていくことにして、後のは穴を掘って埋める事にする。

 誰かにあげるのは論外だし、以降集られるのがオチだ。


 ポチは、一緒に来てくれる事になった。

 かーちゃんの亡骸から生まれたばかりのポチは、生まれ故郷であるこの森を離れて独り立ちするのだそうだ。


 事情を聞いた俺は、腐ってウジの湧き始めたポチのかーちゃんを焼いてから土葬して弔ってやった。

 ポチはジッとその光景を眺めた後、ありがとうと感謝の言葉を添えた。


 それ以降ポチとの会話は言葉を通じずとも可能になった。

 絆か、どうかはわからない。

 けどお互いに信頼することで阿吽の呼吸を産んだ、と思えばわからなくもなかった。



「んじゃあ、行きますか」

『待って、前方から敵意がある』

「あん? この森で今の俺たちにケンカ売ろうとする奴なんて……」



 そこまで言いかけた時、射掛けられた矢を超反射で糸で弾く。

 


「誰だ!」

「これを弾くとは、坊主。お前はその化け物のなんだ?」



 多分俺よりも随分とランクの高い冒険者だってことはその屈強な肉体をみればすぐに分かった。

 だがいってる言葉の意味は半分も伝わらない。



「ポチ、化け物ってどいつのことだ?」

『え、この場合はにーちゃんの事じゃないの? 武器弾いたでしょ』

「ないない、俺はどこからどう見たってか弱い人間様だろうが。攻撃されたら死ぬぞ? 貧弱だからな!」

『じゃあわかんないよ。オレはにーちゃん以上の化け物を知らないし』

「お前にとっちゃそうでもさー、って話が逸れたな。で、化け物って?」

「貴様の横にいる奴のことだ!」



 話を振ったらめっちゃ怒られた。

 俺はポチの方を見る。

 ポチはもう反対側を見た。

 再度顔を見合わせてから首を傾げた。



「何処にいるんだ?」

『全然見当たらないよね?』

「貴様のことだ、シルバーファング! まだ被害は出てないが、いずれ人の味を知ったら村を襲うようになる。だからここでトドメを刺させてもらう!」



 何やら一人で盛り上がってる冒険者をよそに、俺たちは顔を向けて笑い合う。



「いやいや、こいつが人間食うとかないでしょ。じゃあなんで俺が食われてないんだって話だよ。いっとくが俺は弱いぞ?」

『人間てみんなにーちゃんみたいなんでしょ? 毒食べても寝れば治る人。そんなの食べたらお腹壊しそうで怖いしやだよ』

「いや、お前失礼な奴だな。だからって体差し出すつもりはねーけど」

『頼まれたってお断りだよ』



 ワンコロめ。言いよる。



「なんだが随分と聞いた話と違う、と言うか。そいつとはどんな繋がりだ?」



 冒険者が武器を収めて近寄ってきた。

 口調は軽いが、目はまだ警戒してるっぽい。


 そういうのはサバイバル生活してるうちに慣れで気がつくようになった。

 ポチの前に見えない糸を薄く張る。

 これで不意打ちで突っ込まれても即死ダメージは防げる筈だ。



「ダチだよ。俺、ここに住んでたから」

「近くに町があるのにか?」

「どうも俺は街と相性悪いみたいでさ。人の良さに付け込まれて将来を潰されちまった。だから街に居られなくなったんだよ」

「そりゃ災難だ。ランクは?」

「Fだよ。悪いか」

「へぇ、じゃあ先輩の頼みを聞いてくれるか、後輩」

「多分俺の冒険証、ずっと活動してなかったからきっと無効になってますよ。だからお願い聞くだけ無駄じゃないっすかね?」

「そりゃ残念だ」



 後ろ手に持っていたナイフを俺の心臓に向けて一突き。

 もちろん視線がその場所を狙ってるから見え見えだった。


 身体中から出せる糸は、心臓の真上からでも覆うように張り巡らせることもできる。

 それこそ皮一枚切らせてわざと受け止めた。



『にーちゃん!』

「大丈夫だ、ポチ。俺は弱いがタフネスだけなら誰にも負けない!」

「なんて頑丈さだ。これはまんまと誘われたか!?」



 ナイフから手を離し、冒険者はその場を飛び退く。

 


「おっとオッサン忘れもんだぜ」



 俺は手を使わず、胸から生やした糸でナイフの柄を握ってそのまま投擲した。糸の扱いだけは今じゃ両手よりも自由に動かせる程。真っ直ぐに投擲されたナイフは冒険者に吸い込まれた。


 何が起きたか判断できない冒険者は腕をクロスしてガードしたが、革のグローブすら易々切り裂いて見せる。

 ナイフだけの効果ではない。

 分断した細い糸がナイフより先に冒険者へ到達し、腕から滴った血がぽたりと地面に垂れた。



「鉄板入りをこうも易々と!」

「俺の能力は特別性でね」



 モンスターの硬い毛皮すら切り裂いて見せる特別性だ。

 皮グローブだろうと鉄板仕込みだろうとお構いなしに切り裂くだろうさ。



「ここでは殺しきれぬか」

「いや、もうオッサンには無理でしょ」

「は?」



 冒険者は逃げの姿勢からすぐに膝をついて地面に倒れ伏した。


 俺はスタスタと歩いて投げつけたナイフを拾い上げる。

 こいつは記念にもらっておこう。

 糸は便利だが、やはりどうしたって距離の関係で限界が来るからな。


 冒険者は意味がわからないまま自分の顔の前に座り込む俺を見上げていた。



「何をした?」

「毒だ。ポチですら裸足で逃げ出すほどの猛毒をさ、さっきナイフに付与したんだよね」



 糸の事をバラす必要はない。

 ただポチを悪だと決めつけて殺しにかかってくるような奴を野放しにするのはダメだと思った。

 こいつを逃せば第二第三のこいつがくる。

 まさかポチが賞金首だなんてな。

 このデカさだし、当然ちゃ当然か。

 出会った頃は小さくて可愛かったが、今は見上げるほどの巨体だ。ライオンなんか目じゃねぇ。像とかそう言うサイズだ。



「そんな暇が有ったようには……」

「そりゃ企業秘密だ。能力の暴露するほどお人好しでもないんでね」

「残念だ」



 冒険者は何かを取り出し、それは煙幕を上げながら宙に舞った。



「あーあ。これお仲間呼ばれるパターンじゃん」

『時間稼ぎに付き合うからだよ。乗って』



 ポチが中腰になり、俺はその背に糸でしがみつく。

 ポチが走り出すと音の壁を何度もぶち破るので、実際心臓に悪いのだ。

 いや、まじ。

 大きくなれよと食わせていたら想像以上にデカくなって俺もちょっとビビってるもん。


 ポチに乗ったらあっという間に森を抜けて、そして大多数の人間に囲まれている。


 何やら唱えて魔法の矢がポチへと降りかかる。

 俺はポチの毛皮に隠れながら糸で魔法を弾きつつ、ポチのサポートに専念した。


 俺の糸、元々がMPでできてるのもあって、魔法のような物理的に存在しない現象に対しても干渉できるのが本当にチートな所以だと思う。


 相手は冒険者だと思うけど、ポチが思った以上に粘るもんだから、敵わないと思ったのか助っ人を呼ぶようだ。

 

 それ以前に森に火を放っておいてこの人達は何を考えてるんだろ。街の近くの森ってそれこそ貴重な収入源でしょ?

 まぁ俺たちはもう旅立つし知ったこっちゃないけどさ。


 と、現れた助っ人はあの時別れたパイセンだった。

 なんで居るの?

 って、俺に会いにきたのかな?

 そう思えば納得か。なんだかんだ一ヶ月は経ってるし。


 でも俺の姿が街にないからポチを討伐しにきメンバーに誘われてここに来ちゃったか。


 相変わらず担がれてるなぁ。

 力を持つとこうやって人々の頼みを聞くのが当たり前になってくるから行けねぇや。


 俺だったら相手がどんなに善人だろうと人の手柄を横取りする人種とお付き合いする気は起きねーけどな。


 だってこいつら拉致加害者じゃん。

 自分たちが弱いから自分たちのために戦えとか労働押し付けてくるじゃん。

 勇者なんて言ってるけど要は自由を縛って扱き使うことしか考えてねーんだよ。


 それに付き従うパイセンの誤解を解くためにも、俺はポチから降りることを決意した。

 パイセンには世話になったおんがあるからな。

 分かれの挨拶くらいはしときたいし。

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