第5話 勇者タクヤの帰還

 魔王群四天王の三匹を無事王都から押し戻した勇者一行は、再び駆け出し冒険者を多く輩出するミルパンセの街の冒険者ギルドに戻ってきていた。

 途中で置いていったもう一人の勇者と合流するためである。


「ギルドマスター、息災か」

「これはこれは勇者様。王国の剣にして魔を討つ君であらせられる貴方様が本日は当ギルドにどのような御用件で?」

「ああ、実はひと月ほど前にこの街に置いていった仲間の行方を探しているんだ。知らないか?」

「はて? 勇者様ほどのお仲間ともなるとさぞかし冒険者ランクも高いのでしょうね」

「いや、ランクはF。名をタイラと言う」

「ああ、あの荷物持ちですね。覚えてます覚えてます」


 ギルドマスターは職務上全てのギルド関係者を覚えている。

 しかし駆け出しと勇者が懇意にしている話など聞いてはいない。


 当時受付を担当していたテッサは一身上の都合で実家に帰っている。まさか逃げた?

 いや、考えすぎか。

 それはともかく事情に詳しいものと連絡を繋ぐと、些か良くない情報が入ってきた。


 それがよくある新人いびりというやつで。

 タイラなる少年も漏れなくその憂き目に遭っていた。

 ギルドマスターの額に冷や汗が滴る。


 下手人の名は挙がっている。

 グスタフ。

 ランクは万年Cだが、Fにとっては立ちはだかる大きな壁。


 その実力差にFが昇格する事を諦め、次々と冒険者を辞めていく原因になっている。


 しかし田舎から出稼ぎに来ている彼らに行くあてはなく。

 稼ぎのほとんどを奪われ餓死するか、ワンチャン狙って森でサバイバルをしてモンスターに生きたまま食われるか。

 その二択しかなかった。



「ああ、ええと……」


 途端にギルドマスターの歯切れが悪くなる。


「如何した? 確かに僕は受付にこう伝えたはずだ。彼は僕の同郷の徒。今はこの街を仕方なく離れるが絶対に迎えに来る、と。その約束を果たしに来た。宿に向かったが随分と前に出て行ったきり今や行方知らずと聞く。ギルドマスターなら事情を知っているのではないか?」



 ああ、これはもうダメだ。

 勇者はギルドに原因があると掴んでしまっている。

 ここでいくら言い逃れしたとしても勇者を欺くことは出来ない。どうにかしないと……そう考えているところで助け舟が出された。

 勇者付きのメンバーである魔法使い。



「タクヤ、やっぱりアイツは……」



 王国の第一王女であるアリシアが首を横に振る。

 自分たちの戦闘に全くついてこれなかった無能の勇者。

 悪意の坩堝のこの世界の冒険者たちに食い物にされ死んだ。

 誰もがそう思う中で、卓也だけがそれはおかしいと言葉を上げる。



「僕は彼に金貨を10枚託した。しかしそんな大金がここ数ヶ月使われた様子はない。金貨なんて大金が動けばギルド側が黙ってないだろう。だから彼はまだ生きている。生きて、僕との再会を信じているはずだ。腐っても勇者だ。僕と同じように傷の治りが早かったりするかも知れない。こんな、こんな事で同郷の友の命を諦め切れるわけないだろ!」



 今や遠く離れた故郷。

 唯一その場所を知る一つ下の男子高校生。


 彼からしたら自分は非常に羨ましい立場かもしれない。

 けど、腹を割って話せる相手のいないこの世界で、卓也はそんな後輩とのやりとりに懐かしささえ感じていた。


 チートを振るってチヤホヤされるのも良い。

 けどそれは回数が重なれば胃もたれを起こしてしまう。

 ほどほどで良いのだ。


 だが勇者として一度引き受けたら最後。

 最後までやり遂げると約束してしまった。


 故に。


 だからこそ。


 同じ故郷の同年代の同性を求める。

 男同士で語り合う猥談。

 そんな些細な会話を求める。


 もうずっと、一年以上も帰れてない。


 些細でも故郷の情報を仕入れたくて仕方ない。

 情報のすり合わせがしたい。


 故郷に帰りたい。


 ああ、なのになんでこの世界はそれをわかってくれないのか。


 強いか弱いかだけで判断した。


 確かに彼は弱かった。

 自分たちの戦闘についてこれそうもない。


 だからこそ、この街に匿った。


 でもそれを、この街の悪意が食い物にした。


 モンスターが人々を脅かすからこそ魔王を倒す必要がある。


 それはわかる。


 でも、魔王を倒したからといって、この国の人たちは変わるのか?


 狩る獲物が変わるだけではないのか?


 弱者は弱者のまま、変わらぬのではないか?

 弱肉強食の精神がまかり通るこの世界で、悪意を募らせたまま、世界は回っていくのではないか?


 卓也は答えが出せぬまま、テーブルに拳を落とした。

 ドンッと小気味いい音が鳴ると、ギルドマスターが黙り込む。


 卓也は誰に向けて良いかもわからない殺意を周囲へと撒き散らした。



「ギルドマスター、僕はあなたの腕を買っていた。失望させないでください。彼の消息を追ってください。これは国王を代理する僕の言葉であると同時に王命です。すぐに彼の行方を探してください。良いですね?」

「は、はひぃいいい!」



 マントを翻し、“逆巻きの勇者”岡本卓也はギルドを後にする。


 彼の能力は事象を逆巻きにする。

 三秒先の世界を常に見ているような先読みで、彼は相手の攻撃を全て回避して打倒する。


 そんな彼からしてみれば、ただ糸が出せる“だけ”の後輩は非常に弱々しく見えたかもしれない。


 暴力でのし上がった冒険者たちも同様に、糸巻きの勇者の力を大した事ないと決めつけて、悲劇が起きた。

 しかしその悲劇は弱肉強食ゆえに起きる日常茶飯事。

 ここでは弱い奴から死んでいく。

 たとえそれが勇者であろうとも。

 冒険者とはその仕事に就いた時から死ぬことも覚悟しなければならない過酷な職業だ。それを今になって許せないと言われても、ここでは強いことがルールだ。

 今になってそれを許せないと言っても何を言ってるんだと笑われて終わる。



「タクヤ様……」

「クレア」

「あまり根を詰めすぎないでくださいまし。貴方様の代わりになる方は居ないのですよ?」

「分かっている。でも彼だって、時期が違えば僕の隣にいたかもしれない存在だったのに。本当に彼は亡くなってしまったのか?」

「でも……もう居ない相手に時間を割く余裕がないのも確かです。たしかに四天王の残党は追い払いました。ですが何時迄もここで足踏みしてる余裕はありませんわ」

「分かってる。僕は僕の使命を全うするよ。我儘はこれきりだ」

「はい」



 ◇



 個室の外、壁に背をかけて一人。

 アリシアはため息を吐く。

 よもや勇者があの無能にそこまで価値を見出していたことに驚きを隠せない。

 焦りの色がアリシアの表情に映り込む。


 なにせグスタフに金を握らせて、新人を痛めつけてやってくれと口を出したのは他ならぬアリシアだったのだ。


 当然タクヤはそれを知らない。

 知るわけもない。


 ようやく仲間を信用したら疑わないお人好しのタクヤのお気に入りを勝ち取っていた。

 あとはアリシアの願う通りに傀儡にして王国のために命を捨てる覚悟を刻んでやれば良かったのに……


 あの無能が間に入るとそれまでに積み上げたものが一瞬で消えてしまう。

 アリシアにとってマコトは非常に目障りな存在だった。


 代々王国の女は勇者の伴侶としての教育を受けてきた。

 国の王となるべく導き、その邪魔になるものを排除し、王国の礎とする。

 それが長く続く王国の歴史。


 魔王を倒したからと世界に平和が訪れるわけもなく、勇者は力の象徴として国に貢献し続ける。

 そのために過去のしがらみを断ち切りたかった。

 そう、王国は最初から勇者を元の世界に返す気なんて無いのである。


 勇者を使って魔王を倒した後は言い訳をしながらその力を歯向かう馬鹿な奴らに向けるつもりでいた。


 そういう意味では同郷のあの男は邪魔だったのだ。

 あの男が来てからアリシアやクレアしか見ていない男が故郷を思い出した。里心を語り出したのだ。


 あともう少しで王国のことしか考えられないタクヤの洗脳が解かれてしまったのだ。

 今クレアが再度洗脳をかけている。


 ギルドにはもう一度お金を握らせる必要があった。


 あの男が生きていたら、今度こそむごたらしく殺してしまえと。そこまで頭の中で考え、宿を出るアリシア。


 ギルドに赴くと、飛び込んできた冒険者が慌てるように声を荒げた。



「シルバーファングの成体が現れたぞ! ランクA冒険者は居ないか!! 人を集めてくれ!」



 それは吉報。はたまた凶報か?


 勇者が街に立ち寄った時に入り込んだ報告にアリシアもギルドマスターも悪い笑みを浮かべる。


 もしあの男が生きていたとしても、その災害クラスのモンスターの餌食となったと報告すれば良いと思いついたからだ。


 どちらにせよ、これは使えるとアリシアは勇者パーティだと名乗り出る。

 全ては王国がこの世界を手中に収めるために。

 今代勇者の名声をあげる必要があったから。

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