第3話 未だ芽は伸びず
パイセンという名の戦力がいなくなって一週間。
糸を出したり巻いたりしてるうちにあっという間に一週間が経とうとしていた。
号外で届く王都の様子は悲惨で、それでも四天王は追い払って復旧作業を続けているらしい。
王都から遠いミルパンセの街は被害もなく魔物日和。
俺は開き直って荷物持ちの仕事を請け負っているが、パイセンほど気前のいい仕事を回してくれる冒険者はおらず、その日を食い繋ぐパンを一つ変えるかどうかのはした金がやっともらえる程度だった。
パイセンがいた時はまだそれほど実感は湧かなかったが、いなくなったと同時に思い知らされる。
この世界の現実を。命が安く、こんな端金を奪う為に殺しすら厭わない食い詰め者が多く存在する世界を。
俺は心のどこかで夢だと思いながらやり過ごしていた。
パイセンから貰ったお金はまだ手をつけてない。
生きる為、とは言っても俺の力で次のステップに進まない限りつけていいお金じゃないと思うから。
寝れば回復する体力と、MPを伸ばすための努力はしていかねばならない。その為には何をする必要があるか?
答えは簡単、サバイバルだ。
人と同じ生活をするから生活費を消費するのであって、魔物の跋扈する森へと入ればそこは自然の宝庫。
届かない果実も糸を伸ばして落とせば食べられる。
それだけを信じて俺はミルパンセの街を出た。
あの町ではいつの間にか人がいなくなるなんてしょっちゅうだ。人攫いが白昼堂々表を歩いてる。
パイセンがいた時は近寄らなかったが、居なくなれば俺もターゲットの一人。
勇者の知り合いだからと人質に高い金を出す人物がいるのかもしれない。
そんなのはごめんだ。
だから俺は身を隠すため、なんだったら能力を開花する為に一人ヘラの森へと入って行く。
鬱蒼とした森の中。
俺の腕を回しても届かないくらいの大木が気味悪いくらいに葉を垂らす。ジメジメとした湿気が厚い膜を張ってるかのように肌に張り付いた。
糸は出しておく。
俺にとっては肉体の一部である糸は俺には無害だが、噛み付いてきたモンスターには反撃のヤイバたり得るのだ。
だが実際にこの能力でモンスターを倒した事はない。
だから寄生だなんてしていたわけだが。
ギャアギャアと遠くで怪鳥が騒ぐ。
早朝に出てきたのに、昼か夜か分からないくらいに森の中は暗い。日光を遮断する用に覆い被さる葉が風に揺れてザァ、と音を鳴らした。
木に登る。
両掌、つま先に五センチ程の糸を出して器用に木登りをする。
木の上ならばすぐに獲物に狙われる心配もないだろう。
そんな用心もあった。
けど疲れる。
人混みとは違う、命の危険がつきまとうプレッシャー。
だからと言って易々くれてやるつもりはない
木の窪みを利用して睡眠を取る。
寝たら今まで不快に思っていた体の気だるさは取り払われていた。もしかしたらこの睡眠の能力ってとんでもないのかもしれない。これを利用していけば、案外簡単に俺の能力は開花するかも。
楽観すぎる自己弁護。
だってそう思うしかない。
パイセンに比べて俺のスキルはあまりに貧弱で、そして役立たずだから。
◇
森で暮らし始めて二週間が経つ。
周囲のモンスターは俺の糸を脅威と思ってくれたみたいだ。
町で生きて行くにはお金がかかる。
ランクの低い冒険者だと、先輩冒険者にタダ働きが当たり前。
人に媚びへつらって、そうして生き抜いた先に待つのは貧乏と満足に食事もできない環境だ。
パイセンに施してもらった金に手をつければ、もう三週間は暮らしていけた。
けど、俺が金を持ってると知られれば、先輩冒険者は目の色を変えるだろう。それを見越して街を出た。
これ以上あの野蛮な人間達から搾取される生活に嫌気がさしていたのだ。
それに比べれば森での生活は命の危険があるものの、工夫次第で境遇は良くなる。
今じゃ俺すらこの森の一員だ。
ヒエラルキー最下位の俺ですら、この森の環境に適応している。一週間生き残ってこれたのが何よりの証拠だ。
残念ながらレベルは全く上がらず、固有スキルも特に変わってないままだ。でも、それでも。
使い続ければ芽が出ると踏んで俺はこの生活を続けた。
「今日はイノシシの気分だな、行くぞ、ポチ」
「
最近一緒に連れ歩いてる白銀の狼にチープな命名をして連れ歩く。
ポチの頭には1センチ程の俺の糸が埋め込まれており、これを通じて俺はポチの感情を読み取ることができていた。
特に支配したとかではないので、利害の一致で協力体制を組んでいる関係だ。言葉がわかるので、今では友達のような気やすさでお付き合いしている。
役割は俺が囮になって、トドメがポチだ。
俺の糸は強力な分、長さに限りがあるからこのように協力者を募って役割分担をしてるというわけ。
ポチはまだ体が小さいからグレートボアを始末する力はないのだ。
でも俺と組めば、ポチでも討伐可能。
その理由は俺が猪の自由を奪うからだ。
「鬼さんこーちら、てな」
「グルォオオオ!」
「
手を叩き、誘いに乗ったグレートボアを足の裏から糸を出して緊急回避。
残された糸を踏んでグレートボアはその場に磔にされ、俺は糸を切り離してその場所から離脱した。
グレートボアが絶命してから糸を回収。
ポチの送受信に1センチ、俺の送受信に1センチ使ってるから残りMP98。このたった二センチの糸で俺たちは会話を可能とする。
念じればそれが声となる。
理屈はよくわからんが、そういうものだと理解すればいい。
首筋に噛み付いたポチをあやしながら解体する。
ポチの体格だとアクセサリーか何かのようにしか見えないが、これでも懸命に攻撃してるのだ。サイズ差に怯まずこうして立ち向かえるあたり俺より勇気あるんだよ、コイツ。
はらわたは優先的にポチに食べさせた。
俺は冒険者時代にお世話になってた魔石を集めて、最後に腕肉やモモ肉を回収する。
「
「おう、今日もいい食いっぷりだな。最近お前でかくなってきたか?」
まだ出会って三日も経ってないのに、ポチは出会った時より一回り大きくなってる気がした。元々のサイズが大きい種族なのか、これ以上成長したら食事の量がすごいことになりそうだ。
「
「そうじゃねーけどさ。毎回よくその小さな体にあの図体が入るよなって不思議なんだ」
「
「わかる。俺も寝れば毒受けても治るし」
「
「お互い様だ」
ポチが諦めたような視線を送ってくる。
俺はそこら辺の木の棒に糸をくくりつけて火を起こす仕組みを作った。もはや慣れに近い動作で火を起こし、枯れ枝をくべて焚き火を作った。
そこに糸で皮を剥いで骨を持って筋の多い肉に切れ目を入れて行く。炙ったところからじゅわじゅわと肉の焼けた男、腹の空く匂いが森中に広がった。
俺が食事中、ポチが周囲を警戒してくれる。
いざとなったら俺も参戦するが、ポチが体格的に手こずる相手はグレートボアくらいしかこの辺にはいない。
群れを好まず、単独行動をするグレートボア。
その一匹が今日の俺たちのご飯になった。
そういう意味ではポチってこの森では規格外に強いのだ。
友達になれてよかった。
内心ホッとしてる。
「ほいよ、腕肉好きだろお前。一本やるよ」
「
尻尾を振って焼いた肉にポチが食いつく。
生でも好きだが、俺と出会ってから焼いた肉の味を覚えたらしく、妙に食いつきがいい。
血抜きはしても臭みが残るグレートボアの肉。
これを食う時、俺はベリーを数種類すり合わせたジャムを塗りたくって食べている。こうすると臭みが消えて随分と食べやすいのだ。うまいかどうかはさておき、お腹はいっぱいになる。
ほんのりとした甘さで食欲が増すのもありがたい。
「
「寝れば治るからな、気にしたこともない」
「
「うるせーよ」
やっぱり種族の違いは如何ともし難い。
ポチにはポチの、俺には俺のルールがあるようだ。
しっかしこのスキル、マジで強くなんのか?
肉を食ったら眠くなる。
今日も俺の新陳代謝は絶好調で、手足に糸を出しながら木登りして、寝床でグースカいびきをかいた。
こうやってねれば一切腹も下さないし、毒で死ぬこともない。
糸よりこの肉体の方がチートな気がしないでもないのは不幸中の幸いだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます