第一章 新米女中と嘘つき皇后②


 風呂場の外は、ごうな部屋になっていた。異国のおりものこっとうひんいろどられており、そういうものにうといコチュンでも、これらがユープーからのけんじょうひんだと見当がつく。

 すると、化粧着からつうに着替えたニジェナが、コチュンの前に現れた。こうしてみると、男だなんて思えないほど美しく、所作の一つ一つが、洗練されている。

「じろじろ見るな、少しでも変なしたら、また風呂場にぶち込むぞ」

 しかし、声は低いし口調も物騒。その激しい落差に、コチュンは百年のこいも冷めるほどの失望をいだいてしまった。そのとき、部屋の奥からトゥルムがやってきた。

「君がニジェナの風呂場にしのび込んだ理由は、彼から聞いたよ。それで、まずは君のほうからわたしたちに言いたいことはあるかい?」

〝彼〞と呼ばれたニジェナは、フンッと鼻を鳴らした。コチュンはそれを横目に見て、かたをのんで口を開いた。

「恐れながらおうかがいします。どうして男の人が、女の人のふりをしてトゥルム陛下と結婚しているのでしょうか? トゥルム陛下は、ニジェナ様の正体をご存じのうえでご結婚されたんですか?」

「その通り。これはわたしたち二人でけったくした、そう結婚だ」

「ぎっ、偽装結婚!?」

 コチュンは目を点にして、二人を見比べてしまった。すると、ニジェナがうっくつとした顔で口を開いた。

「この結婚は、バンサ国とユープー国が平和的に同盟を結ぶための政略結婚だ。しかし、おれの国の王女様が、どうしても輿入れに同意してくれなくてな。このまま王女をとつがせることができなければ、両国の同盟がなかったことになってしまう。だから代役として、おれがトゥルムのもとに嫁いできたんだ」

 ニジェナの話をしんけんに聞いていたコチュンだったが、思わずしょうしてしまった。

「男性が王女様の代役だなんて、いくら何でも無茶でしょう」

「そういうお前、おれの裸を見るまで、おれが男だなんて夢にも思ってなかっただろう」

 ニジェナに図星をかれ、コチュンは言い返せなくなってしまった。するとニジェナは、おもしろそうにけらけら笑い出した。

「そうなるのも無理はないさ、おれは男にしとくのはもったいないほどの美形だし。化粧もしょうの着つけも、そこらの女よりずっと腕がいい。本物のニジェナに似せるぐらいチョロいもんさ。政略結婚のかげしゃとして、おれほど適任の人間はほかにいないだろう?」

 確かに、ニジェナはかんぺきな皇后を演じていて、裸を見るまでは、男だなんてじんも思わなかった。それでも男性であることは事実である。コチュンはまゆを寄せてトゥルムを見た。

「トゥルム陛下は、なぜ彼の噓に協力されたんですか?」

「そもそもバンサ国とユープー国は、領土とけんうばう敵同士だ。戦争をするたびに多くのせいを出し、国はすい退たいした。このままではたがいにすり減る一方だ。だから、両国で同盟を組み、戦争をける約束をわすことにした。だが、敵同士の国がいきなり相手をしんらいできるわけもない。政略結婚は、相手に裏切られないための一つの手段だったんだ」

 トゥルムがけいを説明していると、ニジェナが口をはさんだ。

「この話がおじゃんになると、同盟関係はたん。それが火だねになり、また戦争が始まる。だから、どんな手を使っても、この結婚は成功させなきゃいけなかった。たとえ代役を立ててもな」

「それに、わたしと彼はもともと見知ったあいだがらだ。この政略結婚を絶対にげる仲間として、これ以上ふさわしい相手はいない」

 トゥルムは、ニジェナに盟友を見るまなしを向けていた。こんなほうもない噓に付き合うなんて、よほどの信頼関係がないとできないことだろう。

「えっと……じゃあ、あなたは、いったいどこの誰なんですか?」

「それをお前に言う必要はない」

 ニジェナ本人にばっさりきょぜつされ、コチュンはムッとしながらも大人しく引き下がった。正体のわからぬ相手の言うことを聞くのも、いまいちなっとくがいかない。ところが、ニジェナはコチュンをめるように告げた。

「自分の立場がわかっていないようだな。おれが噓の皇后、つまり、男だとバレたら、この偽装結婚は終わる。おれたちの秘密を知ったお前のことを生かしておくわけにはいかないんだぞ」

 伝わってくる殺気の恐ろしさに、コチュンは縮みあがって悲鳴をあげた。

「ま、待ってください、わたしはお二方のことを誰にも言わないと誓います!」

「黙れ、平和のためだ、あきらめて死ね!」

 ニジェナが声を張りあげたそのとき、トゥルムがコチュンの前に立ちはだかった。

「待て、さっきも言ったが、こいつを殺さなくても口を封じる手はある」

「どういうことだ?」

「わたしたちの偽装結婚を隠すためには、協力者がいると何かと便利だろう。そこで、この女中を利用するんだ」

 トゥルムはコチュンに向き直ると、ゾッとするほど優しいがおを浮かべた。

「名はコチュンと言ったか? 歳はいくつだ?」

「も、もうすぐ十五です」

「うん、少し若いがだいじょうだろう。コチュン、たった今から、君を皇后付きの専属女中とする。もし命令をきょしたり、わたしたちの秘密をばらすような真似をしたら、君をふくめて親族全員をしょけいする。わかったな?」

 かみなりに打たれたようなしょうげきが走った。皇后付きの専属女中なんて、女中を長年続けていなければつけないような大役だ。だけど、重要機密を知ってしまったコチュンに拒絶するすべなんてあるはずもない。

「つ、つつしんでお受けいたします……」

 不安を押し殺して、しずしずと頭を下げるしかなかった。


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