第一章 新米女中と嘘つき皇后①




 こうてい夫妻がごせいこんされた日。トゥルム皇帝は、バンサ皇室のもんしょうが入ったかみかざりをニジェナひめわたした。髪飾りをおくるのは、バンサ国の伝統的なこんれいしきだ。ニジェナ姫が髪飾りを身に着けたしゅんかん、バンサ国民は花びらを降らせて、二人のけっこんを祝福した。

 このときコチュンは、少しはなれた仕事場から二人の式典の模様をながめていた。人々はかれておまつさわぎをしているのに、ニジェナ姫は笑っていない。彼女の輿こしれは、両国の同盟を結ぶための政略結婚。その実態は、ユープー国にほんを起こさせないためのひとじちも同然で、祖国の家来も連れてこられず、彼女はたった一人で異国の皇室に入ったのだ。

 コチュンは、独りぜんうニジェナ姫に、もの悲しさを感じて同情した。それでも、外交の問題は自分には関係ないと考え、その気持ちをどこか頭のすみに追いやっていた。



 それが、まさかこんなことになるなんて。

 コチュンはだつじょで転んだひょうに気を失い、気づいたら手足をしばられ、ゆかに座らされていた。しかも目の前に、ニジェナ皇后が美しい顔をしゅのようにして立っているのだ。

「お前、わたしの風呂場で何をしていた」

 ニジェナが、どすのいた声でコチュンを問いただした。

つつかくさず言わなければ、この場で殺す」

「し、仕立て直したしょうに、針をしっぱなしにした女中がいたので。ニジェナ様がおをする前に、針をきに来たんです」

「そんなの伝令で済ませろ。バンサ国の女中が、これほど無作法とは思わなかったぞ!」

「大変、申し訳ありませんっ」

 コチュンは頭を下げて謝るしかない。すると、ため息といっしょにニジェナが命令した。

「ったく、謝って済む問題かよ。とりあえず頭をあげろ」

 予想外のあらっぽい言いかたに、コチュンはまどいながら頭をあげた。すると、スラリとした身体からだかっしょくはだが目に飛び込んできた。湯あみをしたばかりのため、ニジェナのがねいろかみはまだれている。そのすべてがおそろしいほどようえんだった。

 しかし、絹の化粧着から引きしまった胸筋がのぞき、組んだうでは血管が浮き出てごつごつしている。美女の身体というよりは、まるで……。

 コチュンがぼうぜんとしていると、ニジェナが低い声でたずねた。

「お前、おれの身体を見たな?」

 コチュンは、湯けむりの中に見たニジェナのはだかを思い出し、はじかれたように声をあげた。

「あっ、あの、えっと……」

「言いたいことがあるなら、言ってみろ」

 ニジェナがあつてきすごんできたので、コチュンはなまつばを飲み込んで口を開いた。

「ニッ、ニジェナ様は、お、お、おとこ、なんですか!?」

「そう、おれは男だ」

「ええええっ!?」

 コチュンは混乱しすぎて、もう一度気絶しそうになった。ところが、ニジェナの大きな手のひらに口を押さえられ、コチュンはギョッと目を見開いた。

「おい、声を出すな、外にいる連中に知られたらまずい」

 ニジェナはコチュンをにらみつけたが、コチュンは大きな手を押し返して尋ねた。

「それって、みんなに噓をついているということですか?」

「そうじゃなきゃ、皇后なんてやってられないだろ」

 ニジェナがそっけなく答えたので、コチュンはおどろきのあまり絶句してしまった。

 そのとき、風呂場の外から、とびらたたく音がした。

「ニジェナ、騒がしいようだが、何かあったのか?」

 声と同時に、くろかみの男が風呂場に入ってきた。がっしりしたたいに、たんせいな顔立ち。コチュンはその顔を見て飛びあがった。

「トゥ、トゥルム皇帝陛下!?」

 目の前に現れたのは、バンサ国の皇帝トゥルムだったのだ。声をあげたコチュンに、トゥルムも目を丸くして驚いた。

「こいつはだれだ。なんでこんなところにいる?」

「すまんトゥルム。この女中に正体を見られた」

「この女中だけか?」

 トゥルムの問いにニジェナがうなずいた。そのやり取りを見たコチュンは、ますますこんわくした。

「トゥルム陛下は、ニジェナ様が男性だとご存じなんですか?」

「当たり前だ。それより、お前はなぜここにいる」

 トゥルムにするどく切り込まれ、コチュンは思わず閉口してしまった。

「ほう、何も言わないつもりか?」

「どうする、トゥルム。ここでこいつの口をふうじるか?」

 ニジェナのぶっそうな言いざまに、コチュンはおののいた。だが、そんなコチュンを見ていたトゥルムは、少し考え込んでからニジェナに答えた。

「口を封じる方法はいろいろある。とりあえず、場所を変えよう。お前も化粧着をいでえたほうがいい」

 トゥルムは先に風呂場を出ていった。すると、ニジェナはコチュンの前にこしを下ろした。コチュンは真っ正面からニジェナの顔を見る形になり、そのあまりの美しさに反射的に顔をらしてしまう。だが、ニジェナはおかまいなしに告げた。

げようとしたら、どうなるかわかってるだろうな」

「わ、わかってます。絶対に逃げません」

 コチュンがちかったのを聞くと、ニジェナはコチュンの手足を自由にして、風呂場から出るよううながしたのだった。



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