第一章 新米女中と嘘つき皇后③



 ニジェナの専属女中になって一週間。コチュンはれんみやに住み込むこととなり、ニジェナの一番近くに仕える女中として働き始めていた。

 蓮華の宮には、ほかにも下働きをする女中や、えいぜんの職人、調理師が住み込みで働いている。しかし、彼らがニジェナに近寄ることはない。ニジェナは、秘密を守るため一日中部屋に引きこもり、たまに言付けを記した手紙を一方的に使用人にわたすだけで、顔を見せようともしないのだ。

 だから、コチュンが皇后付きの女中として蓮華の宮に入ったことは、ほかの使用人たちに大きな驚きをもたらした。

「若いのに皇后付きだなんて、どうやって取り入ったんだい?」

 蓮華の宮の女中たちは、ちびでせっぽちのコチュンを見て、しんに思っていた。こんな新米女中がなぜ皇后付きになれたのか、理解できなかったのだ。コチュンだってあんな事件さえなければ、おはちが回ってくることはなかったとたんそくらす。

「でも、あなたが来てくれてよかったわ。わたしたちは皇后様にきらわれているみたいで、お手伝いをするどころか、近づくこともできないのよ」

 蓮華の宮の女中たちの言う通り、コチュンはニジェナのすべてのお世話と、自分の親世代より年上の使用人たちのちゅうかいやくまでこなすこととなってしまったのである。

「ああ、元の仕事にもどりたいっ」

 あまりの重労働に、そうをしながらコチュンは不満をぶちまけた。

「おい、急に大声を出すなよ、びっくりするだろう」

 すると、本を読んでいたニジェナが文句を飛ばしてきた。コチュンは、このひどい労働かんきょうを作り出した張本人に目を向けた。

 ニジェナは愛用のながに座り、ゆるりとくつろいでいる。ユープーからの持参品に彩られた彼の生活は、コチュンも初めて目にするものばかり。特に、彼の衣装はユープー国の伝統的な織物で作られていて、一枚の布を身体にまとうような形がとくちょうだ。それがニジェナのぼうをさらに引き立てるものだから、彼に不信感をもっているコチュンでもれてしまう。たった三歳しかねんれいちがわないのに、ニジェナはあまりにも美しいのだ。

 コチュンがぼんやり眺めていると、ニジェナが本から目を離した。

「団子、何をボーッとしてるんだ」

「な、なんですか、その〝団子〞って……」

 急にの名前で呼ばれ、コチュンはけんにしわを寄せた。

「お前の呼び名だよ、ぴったりだろ?」

 にやりと笑うニジェナに言われ、コチュンは金物のつぼに映る自分を見た。確かに、お団子にった髪は特徴的で、宮中でこのかみがたしているのは自分しかいない。それでも、コチュンはなおに不服を唱えた。

「わたしの名前は、コチュンです」

「団子、おれはのどかわいた。今すぐお茶をれてこい」

 ニジェナは聞き入れてくれないどころか、いっしゅんであだ名を定着させた。コチュンはぞうきんをたらいに叩き込むと、礼もせずに部屋を出た。

 ニジェナは確かに美しいし、ユープー国の文化もよいものだと思う。でも、ニジェナは噓の皇后でしかないのに、あのこうまんちきな態度はなんなのだ。コチュンのいかりはつお湯よりえている。せめてこの苦しさをわかち合える誰かがいればいいのに。コチュンはガチャガチャ音を立てながら、沸かした湯と茶葉を持ってニジェナのもとに運んだ。

「ニジェナ様、皇后付き女中がわたし一人というのは、仕事に支障が出ると思います」

 ニジェナにお茶を淹れながら、コチュンは思い切って切り出した。すると、ニジェナは青いひとみで睨み返してきた。

「支障が出る?」

「わたしだけでは、ニジェナ様の身の回りのお世話をするのにもぼうだいな時間がかかります。蓮華の宮には、ほかにも使用人がいるんですから、ニジェナ様のおそばで働かせていただく女中を増やしませんか?」

 コチュンからしてみれば、かなり勇気をしぼったほうだ。ところが、ニジェナは用意されたお茶をひっくり返すかの勢いで、コチュンをりつけた。

「お前はバカなのか? さらに他人を近寄らせるなんて、じょうだんじゃない!」

「ば、ばかって……。わたしは、ただ提案しただけです」

 コチュンが弁明すると、ニジェナは重苦しいため息をついた。

「なんでおれが部屋に閉じこもってると思う? 自分の正体を知られないために、わざと人に会わないようにしてるんだぞ。お前以外に他人を近くに置くなんて、今までの努力を台無しにするも同然だ」

「でも、使用人は必要でしょう? わたしが蓮華の宮に入るまで、ニジェナ様の部屋はほこりだらけで散らかっていたし、ほつれたお衣装のしゅうぜんだって、できてなかったじゃないですか」

 コチュンが負けじと言い返すと、ニジェナは一瞬、図星を突かれた顔をした。

「うっ、うるさいっ。お前を傍に置いているのは、お前のかんねてのことだ。それがなければ、お前なんて女中にしない。風呂場を覗くしつけな女がいるとは、普通は思わないだろ。お前みたいなのを傍に置くことになって、本当に最悪だよ」

 その言葉に、コチュンは刺すような視線を返した。

「あなたこそ、どこの誰だかもわからない噓つきのにせもの皇后じゃないですか。本当は、あなたに命令される筋合いなんてないんですからね!」

 コチュンはぴしゃりと言い放つと、くるりと背を向けて歩き出した。

「おい、どこへ行く!」

「王宮の外に食事をとりに行きます」

「勝手に外に出るなんて、許さないぞ!」

 ニジェナはコチュンの腕をつかんで引き留めた。だが、コチュンは彼の褐色の手をはらいのけると、振り向きざまに怒鳴り返した。

「わたしがどこで何を食べるかまで、あなたに強制されるいわれはないでしょうっ。ご安心ください。わたしも命がかかっているので、絶対に秘密を漏らしませんから!」

 コチュンがはっきりと主張すると、ニジェナはきょを突かれて黙り込んでしまった。コチュンは、夜までには戻ると言い残して、蓮華の宮を飛び出したのだった。

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