第二章 女中と異国の元王子③
「
皇帝夫妻の席に
「……確かに、少しでも危険な要素を感じるなら、用心するにこしたことはない。衛兵にそのことを伝えてこよう」
「わたしが伝えてきます。トゥルム様はここにいてください」
「いや、衛兵たちへの指示もあるから、わたしが行くほうがいい。それに、警備は
トゥルムは
「申し訳ありません……ややこしい事態にしてしまって」
コチュンの謝罪に、ニジェナは
「ユープー国やおれへの反発は、最初からわかっていたことだ。それでも、いずれは民衆の前に出なきゃいけなかった。警備を固めるのは当然だろ」
「そういう意味じゃないです。ニジェナ様は平和のためにバンサ国に来てくれたのに、わたしの国の人が、ニジェナ様に悪意を向けるのが、申し訳なくて」
コチュンが告げると、ニジェナは意表を突かれて瞬きをした。
「……そんなことを言われるとは、思ってもみなかった」
「ごっ、ごめんなさい」
「お前が謝ることじゃない。確かに、
しかしニジェナがいくら言ったところで、コチュンの顔は
「おれは、大好きな牛相撲を
「……はい」
コチュンは
待ちに待った牛相撲は、ここ数年で一番と言えるほどの名勝負だった。体重別に階級がわかれており、軽い牛から重たい牛へと試合が進んでいく。太陽が
特に、今日の大トリを
再三の力比べのあと、赤毛の牛が
「やったぁ、東が勝ったぁ!」
思わず立ちあがって声をあげたコチュンは、
「最高の試合だったな!」
ニジェナは声を弾ませると、コチュンの両手を摑んで振り回した。満面の笑みに押されて、コチュンも何度も頷いてしまう。
「はい、感動しました! 二頭ともよく
コチュンとニジェナは、手を
「悪い、調子にのった」
「こちらこそ、すみません」
コチュンの顔が、カッと熱くなった。はしゃいでいたとはいえ、男性と、しかも皇族の人と、友達のように手を取り合ってしまうとは。コチュンが
「牛が好きなやつと話すことなんて、あんまりないから。つい浮かれてしまった」
謝るニジェナの横顔が、ほのかに
「わたしも、ニジェナ様の楽しそうな顔が見られて
アハハと笑うコチュンを見て、ニジェナはさらに顔を赤くした。
「二人とも、ずいぶん仲がよろしいようで?」
コチュンとニジェナの間に、トゥルムが割って入ってきた。その言葉に、ニジェナが慌てて反論しようとしたが、トゥルムはにやにやしたまま遮った。
「まあ怒るな。無事にすべての試合が終わってよかっただろ。わたしはこれから、勝者の牛に
「ニジェナ様はご一緒に行かれないのですか?」
コチュンがニジェナに
「土俵にあがれるのは、男だけと決まりがあるだろう」
コチュンは、あっ、と口を閉じた。自分はニジェナが男だと知っているけど、今の彼は皇后を演じているのだ。トゥルムがやぐらを降りると、コチュンはおずおずと切り出した。
「ニジェナ様も、土俵にあがりたかったですよね」
「いや、今日は大好きな牛を見ることができただけで満足だよ」
ニジェナはやぐらの
ンがその牛を眩しそうに見ていると、ニジェナが言った。
「今日は、バンサ国に来てから一番楽しい日だった。連れてきてくれて、ありがとう」
ニジェナが、嬉しそうにコチュンの顔を真っ直ぐ見つめた。その表情があまりにも優しくて、コチュンは返す言葉がすぐには出てこない。
そのとき、二人の足の下から、大きな音が
「なんの音だ?」
音はなおも鳴り続けている。ニジェナがやぐらの下を
「団子っ、柱に摑まれ!」
ニジェナが
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