第一章 新米女中と嘘つき皇后⑥



「ニジェナ様、この垂れ幕をてんじょうから降ろしてください。これを使って衣装を作ります」

「えっ、これで?」

 ニジェナの目には、ただのばかでかい布にしか見えない。

「ニジェナ様が布を降ろしている間に、わたしはほかの装飾品を調達してきます」

 戸惑うニジェナを残して、コチュンは部屋を飛び出した。すると、蓮華の宮の女中たちが、いつまでも出てこない皇后を心配して集まっていた。

「ねえ、皇后様はどうされたの? なにか問題が起きたのかしら」

「実は、ニジェナ様の衣装が何者かに燃やされてしまったんです」

「た、大変じゃない!」

 皇后が部屋から出てこない理由を聞いたたん、女中たちはどよめいた。コチュンは慌てて彼女たちを制止した。

「静かに。もし上皇様に知られてしまったら、蓮華の宮の警備やきゅうに不備があったと責められて、ばっせられてしまいます」

「そんなの困るわ、どうしたらいいの」

 コチュンは彼女たちをなだめる代わりに、ゆっくりと言い聞かせた。

「そこで、みなさんの装飾品を、ニジェナ様に貸してほしいんです。上皇様への挨拶が済むまでの間だけ」

 コチュンは集まっていた女中たちに、今すぐ手に入るものだけで衣装を作ることを話した。とっ

ぴょうもない提案に、女中たちは耳を疑ったが、コチュンの必死な様子に、みんなを散らすように走り出した。

「よし、わたしも」

 コチュンは女中の部屋からさいほう道具を持ってくると、ニジェナの部屋にけ戻った。

 ニジェナは垂れ幕を天井から降ろしていたが、半信半疑の顔のままだ。

「こんなでかい布で、これから衣装をうなんて無理だろう」

「いえ、縫いません。巻きつけるだけです」

「巻きつける?」

 ニジェナはとんきょうな声を出して、垂れ幕を見つめた。確かにユープー国の衣装の特徴は、織物の平面を最大限に生かしたもので、身体に巻きつけるように着ることもある。

それでも、糸で縫い合わせたり、布につけられたひもで結んだりして、くずれしないように手が加えられているのだ。それを今から作るなんて、ぼうすぎる話だ。

「ニジェナ様のお衣装をいつも見ていたので、それらしく着つけられると思います」

 コチュンは垂れ幕を受け取ると、だいにしてニジェナの後ろに立った。

「大丈夫か?」

「一応、こういうのは得意です」

 コチュンは断言すると、ニジェナの化粧着を脱がせた。その瞬間、コチュンはハッと息を吞んだ。ニジェナの広い背中が現れた途端、何とも言えないずかしさを感じてしまったのだ。いつもは隠されている異性の身体に、思わずほおが赤くなる。

「団子、どうした?」

 ニジェナはそんなこととはつゆらず、手を止めたコチュンを心配して振り向いた。

「だ、大丈夫です!」

 コチュンは織物をニジェナの胸元に広げると、りょうたんをもって彼の首の後ろで結んだ。

余った布を胸のすぐ下で織り込み、織り込んだ端と端を背中で結ぶ。最後に腰の下でほどけないように縫って補強すると、ただの大きな布が、あっという間にニジェナの身体を包む衣装にへんぼうした。

「すげえっ、ちゃんとした衣装になってるじゃないか!」

 ニジェナはかんせいをあげたが、これでは平らな胸を隠しきれていない。コチュンは掃除用の雑巾を、問答無用でニジェナのむなもとに押し込んだ。

「胸は、とりあえずこれでなんとかしてください。あと、絹の織物をそで代わりに肩にかけます。髪を片方に流してかたはばしましょう、本当は髪飾りがあればいいんですが……」

「あるぜ、ほら」

 ニジェナがコチュンに差し出したのは、婚姻の式典でトゥルムからもらった髪飾りだった。バンサ国の伝統に従い、ニジェナはこの髪飾りだけは持ち歩いていたのだ。

「化粧は自分でできる。団子はほかのことをたのむ」

 ニジェナは化粧台の前に座ると、職人並みのぎわの良さで顔に色をのせていった。そこへ、部屋の扉を叩く音がした。蓮華の宮の女中たちが、装飾品を持ってきてくれたのだ。

「わたしたちの装飾品、持ってきたわ。こんなので大丈夫かしら」

「ありがとうございます! なんとかなりそうです」

 コチュンが笑顔で答えると、女中たちが一気にざわついた。彼女たちの視線の先には、化粧を終えたニジェナが立っていたのだ。コチュンも驚いたが、女中たちの驚きようはさらに大きかった。まるで神でも見たかのようにこうちょくし、しずしずと頭を下げていく。

「こ、このたびは、わたくしたち女中の不注意で、皇后様にごめいわくを……」

「かまわない。お前たちも、わたしのために協力してくれたのだな。感謝する」

 だんぼうなニジェナではない、皇后らしいおごそかな声で微笑ほほえみかけた。次の瞬間、女中たちは心を奪われ、コチュンですら息を詰まらせた。なんてれいなんだ。コチュンはきょうたんせずにはいられなかった。

「お前たちのおかげで、ばんうまくいくぞ」

 ニジェナがコチュンを見た。その眼差しには、もう不安も心配も浮かんでいない。コチュンは弾かれたように正気を取り戻すと、衣装作りの総仕上げに取りかかった。



 その頃、客間ではガンディクとトゥルムの言い争いが、れつを極めていた。

「いつになったらあの女は出てくるのだ。派手な化粧をしないと見せられん顔なのか?」

「わたしの妻に対して、なんということを」

「あれが妻だと? 人質の分際で、せいぜいめかけがいいところだ」

「いい加減にしてください! ユープーはバンサの友人です。わたしたちの友好関係に水を差すような真似だけは、断じて許しません!」

「なんだと、わしが何をしたというのだ」

 上皇に反省の色はない。ニジェナの荒らされた部屋を見ているトゥルムは、怒りたいのをこらえてこぶしを握りしめた。

 そのとき、部屋の扉が開かれた。

「挨拶がおくれてしまい、大変申し訳ございません」


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