第一章 新米女中と嘘つき皇后⑤
◆
バンサ国の上皇ガンディクは、先代の皇帝であり、トゥルムの父親でもある。今なお国中に
地位を
「あんな国など、
蓮華の宮を
「父上は、まだそんなことを言っているんですか。今は
トゥルムは、ガンディクの考えを真っ向から否定した。トゥルムは幼い
「これからは、他国と手を取り合って共存し、
「なぜ格下の連中とつるまねばならぬ? バンサの地位が下がるだけではないか。勝手に婚姻政策など進めおって」
「国同士の関わりに、格も地位も存在しません」
トゥルムの
「ところで、ユープーの姫はどこにいる? なぜ我々の前に姿を見せないのだ」
ガンディクは、ニジェナが部屋から出てこないことに
「我々と顔も合わせたくないということか? せっかく人質代わりにバンサ皇室に迎え入れてやったのに、
ガンディクの言葉に、チヨルが頷いた。
「トゥルム、いくらお前がユープー国を取り立てても、かの国の姫君が無作法者では、
「もうすぐ
トゥルムは
蓮華の宮の暖炉は、寒冷期以外は火を落としている。それなのに、コチュンが手を入れた暖炉は、つい先ほどまで燃えていた
「ひどい、誰がこんなことを……」
「おれが風呂に入っている間に、何者かが窓の鍵をこじ開けて、部屋を
コチュンは暖炉からすべての衣装を拾いあげたが、無事なものは一着もない。
「トゥルム様は、このことをご存じなんですか?」
「おれを呼びに来て、この状況を見た。今は上皇の相手をして
「上皇様にもお伝えしないと。ニジェナ様の部屋を荒らした犯人が、まだ近くにいるかもしれませんよ」
「ばか、そんなことできるわけないだろう」
ニジェナは目を見開き、かぶりを振って衣装を投げ捨てた。
「どうして今、おれの部屋が荒らされたと思う? まるで、上皇が蓮華の宮に来ることを知っていたみたいだろう? 皇族の予定なんて、ほとんどの人間が
「それじゃ犯人は……上皇様がここに来ることを、わかっていたってことですか?」
「もしかしたら、犯人は上皇の手のものかもしれない」
まさか、と言いかけたコチュンは、トギから聞いたばかりの話を思い出した。この国には、ユープー国との同盟を良く思わず、敵対心を抱く者が大勢いる。この国の上皇が、ユープー国を快く思っていないことだって、十分にあり得るのだ。
もし上皇が、ニジェナが皇后として公務にあたることを
「わたしが、ニジェナ様のお傍についていたら、こんなことには……」
「お前がいても、犯人は同じことをしたに違いない。ほんと、
コチュンが自分を責めたとき、ニジェナはそれを否定するように、怒りの
「わたしを、
「なんで無関係のお前を怒らなくちゃならないんだよ」
ニジェナは
コチュンが驚いていると、ニジェナは
「こんなことが起こる予感は、バンサに来る前からしていた。かつての敵国を簡単に許せるはずがない。だから、おれは何をされようがかまわない。いつかバンサとユープーが争うのをやめて、手を取り合うための
コチュンは言葉を失ってしまった。ニジェナは自分に向けられる敵意を知っていても、両国の平和を取り持つために、政略結婚の代役を務めようとしている。優しさと勇気だけで一身を投げ打つニジェナを思うと、コチュンの
「ニジェナ様にこんな仕打ちをするなんて。わたし、犯人が許せない!」
「なんで団子が怒るんだよ」
「怒りますよ! ニジェナ様の
コチュンはニジェナを見あげて断言すると、グッと両手を
「こうなったら、何がなんでもお衣装を用意しましょう! それも、ニジェナ様の美しさを、さらに引き立てるような!」
「無理するなって。最悪、
「そんなことしたら、ニジェナ様の王宮での立場が悪くなるでしょう」
何か、何かこの
「この垂れ幕、使えないでしょうか」
「え?」
コチュンがニジェナに指さしたのは、日よけ用の織物だった。赤色の
の伝統的な
こうなったら、やるしかない。
「ニジェナ様、この垂れ幕を
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