第7話 裁判の日
逮捕されるのでは?という予兆はあったが本当に逮捕されるとは夢にも思わなかった。高校の時とは違う物々しさを目にした
Sさんは刑事に連れて行かれる健人君の後ろ姿を車に乗り込む最後まで見ていられなかったという。玄関のドアを閉めた手が震えて止まらなかった
時間は夕方で、何かを作ろうとしていた鍋の中のお湯が蒸発して半分以下になっていた
あの日以来、健人君は次々と高級そうな飲み薬や錠剤の瓶を買って帰ってきた
「何も心配しないで、お金はちゃんと払っているし」
健人君はその頃から饒舌になって40歳男を恩人と呼びSさんにいろんな話をしていたが、Sさんは刑事から全く違う話を聞き、そして裁判での検事の話からその事実を再確認した
健人君は今回の事件のおおよそのことを普段から話していた、自分のしたこと以外
「恩人には世話のかかる後輩がいて、そいつのために忙しくてもフォローしてやっているのに、そいつは厚顔無恥で恩を仇で返すダメ人間なのに恩人は見捨てられないから昨日も飲みながら説教したらしいよ」
「世話好きな人もいるのね」
「ほぼボランティアだよ、そいつは恩人に借金もしているんだ」
きっと最初の頃は健人君も騙されていて都合良いデタラメな情報をそのまま受けていたのだと思う。そのうち、話は途切れ健人君はあまり話さなくなる
頻繁に箱に入った薬を持って帰るが、飲むのを勧めず部屋の隅に山積みになった。
そのうち、仕事も休みも関係なく呼び出されると出かけて行くようになる
ある日呟いた言葉にSさんは何が起きているのか全くわからなかった
「このままじゃ、あいつは殺されるかも知れない」
『あいつ』とは事件の被害者だった
リーダーの命令で日常的に暴行していたのが4人いて、そのうちの1人が健人君の高校の時の同級生だった
最初のうちは客扱いで優しかった人間が、やがて被害者と健人君を戦わせるという余興を考えて遊び始めるのに時間はかからなかった
ノートNo1表より
〝母さんの手紙に『なぜこーなったか考えてみて』と書いてあり、ずっと考えていた。あの時俺はみんなを止めることも警察に通報することも出来たのにしなかった。それどころか一緒になって暴力を振るった。全部自分から選んでやった行為だった〟
Sさんは裁判で初めて知った
暴力が嫌いなはずの健人君は被害者の顔を殴り、倒れて横たわる被害者の頭や腹を踏みつけ、リーダーの命令とはいえ最後に小便を顔面にかけて笑っていたという
Sさんは弁護士の勧めで証言台に立ち健人君が被害者が殺されるかも知れない、と言った日の会話を例にして言った
「私は事情を知らないで息子にもしものことがあったら止めなさい、誰かに連絡しなさい、逃げずに相手を助けてあげなさいと言いましたが間違えてしまいました。息子は弱い人間なのに」
裁判長が尋ねる
「間違えてしまったということは、今なら何と言いますか?」
「逃げなさい。何がなんでも逃げてきなさい、です」
裁判長が深く頷いた
逮捕以来久しぶりに見る健人君は、ずっと頭を下げて背中を丸めていて顔は1度も見えなかったので、どんな表情かもわからなかった
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