第6話 手紙を書いた夜

ノートNo 4表より

〝俺には友達がいなかったのか

考えてみたら外で本心を見せたことが1度もなかった〟


履歴書の高校中退の文字はまともな就職を困難にしたのでSさんは少し後悔するが、健人君は自ら働き先を見つけてきて働いて経験を積んでいく


だけど、働く場所は高校の元同級生達の地元に近かった


人を信じられなくなった健人君は休みの日は大体ソーシャルゲームで1日を消化していた。外にはほぼ出ないで、たまに女の子と会っても翌日の仕事を考えて夕方には別れて帰宅した


私はたまに見かけてた健人君の少年時代を思い出す

いつもニコニコしていた印象しかない

同時に自殺した同級生を思い出す

彼もいつもニコニコしていた事に気付く


私の薄い記憶に残る笑顔、愛想の良い彼らの笑顔が段々と弱くなっていき、笑顔と思ったけれど恐怖を誤魔化して我慢しているうちに自然に張り付いた表情というイメージに変わった


その後10年弱、母子は平和な生活を送っていた


Sさんは内臓の病気で入退院を繰り返すが健人君が生計を支えてくれた


順調に時は流れて家の中を将来に備えてバリアフリーにしようか、などの話をした。健人君は建築関係の会社に就職していたので張り切っていた


ある日、体に良いから、と漢方薬のような錠剤を買ってきた


「これ、お母さんに効くと思うよ」


高価そうな木箱に入った物は聞いたことのない名前だった

「どうしたの?これ」


「昔の友達に会ってお母さんが病気だと言ったら心配してくれて、すごく良く効く薬を専門で扱っている人を紹介してくれたんだ」


「病院の薬を飲んでいるから大丈夫なのよ」


「そういう意味の薬じゃないよ、体に良いものだよ」


仕方なく飲むと健人君は嬉しそうに言った


「それ、本当は10万円もするのに2万円にしてくれたんだ、お母さんは絶対に元気になるって言われたよ、本当に良い人を紹介してもらった。恩人と恩人だ」


この2人の恩人が、高校の時の同級生と事件のリーダー40歳の男だった


悪夢のような現実の始まりは誰も知らないうちに始まっていた


Sさんが健人君に手紙を書いたのは逮捕されてから1か月後のことで、ようやく書くことが出来たが、ほぼ自分の近況報告だったという


「本当はね、たくさん愚痴をこぼす予定だったのよ。でも書けなくて、毎日書こうとして書けなくてひと月過ごしてしまったけど、あの寒い夜、あの子の顔が浮かんだの、小さい頃のあの子が寒い中泣いてた時の…そしたら全然違うことだけど書けたの、あの子に出す手紙が」


Sさんがご主人と離婚した原因は健人君への虐待だった


寒い冬の夜、お風呂から出たばかりの2歳の健人君を吹雪の中へ追い出したのを知ったのは風呂上がりに掃除した5分後のことだった


止める夫を振り切って慌てて外へ出ると灰色の闇の中、走る車のヘッドライトに照らし出された小さな姿と同時に悲鳴のような叫び声がした


Sさんは凍えた裸足がもつれても走るのをやめない健人君を抱きしめると、そのまま近くの実家まで走って逃げたという


「あの子が初めて覚えた言葉の中に『パパ、こる』というのがあって、なんのことかと思っていたけど、『パパ怒る』という意味だったのね。最初の頃は私の見えないところで孫の手で叩いたりしていたみたいで…だからうちには今も孫の手がないのよ」


Sさんは自分が助けないと危ない状態なのでは?と思ったら手紙が書けたという


ノートNo 2裏 〝この手紙が来るまで俺は釈放されたらどうやって死のうかと考えていた。弁護士さんに聞いたのはRさんに謝りたいと言った時に一生会いたくない消えて欲しいという返事をもらった、その時から考えていた俺の償いはそれしかないと思っていた〟










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