罪人《ツミビト》の誕生

第5話 友情という支配

健人君は高校2年になる前に学校を中退した

その学校では健人君以外の生徒へのイジメも酷くSさんはいつ健人君の身に降りかかるのか、気が気ではなかったという

「逃げればいい、それしか思いつかなかったの」

健人君より先に退学した生徒は女子の前でオナニーを強要され、自分の精液が入った飲み物を飲み干すまで解放されなかったという

見ていた生徒達はたくさんいたのに、大騒ぎするけど止める者はいなかった

それを聞いた時、私は胸に鈍い痛みを感じた

たくさんいた生徒の中に昔の私もいる

「そんな人間しかいない学校なら行かないほうがいい」

Sさんの声は当時を思い出していたかのように苦しそうだった

健人君は違う学校を受験することは諦め働くと言い出した

Sさんも健人君の友達選びに不安を感じていたので、場所が変わるだけで同じことが起きる可能性がある、と反対しなかった

働くにしても近くにはないので、まず原付の免許を取得するための費用を稼ぐために隣県の親戚のホテルに泊まり込みのバイトに入った。親に頼らず、まず自分の力でやる決心をしていたが、家の経済事情を考えてのこともあるのでは、とSさんは言う

このことが、後の彼を救う

健人君が遠くで泊まり込みのバイトをしている間に地元では不穏な噂が流れていた

春先で小学校は始まったばかりの頃だった

私が覚えているのは噂を聞いた私の母が、「この近辺でそんなことがあるなんて」と1度言ったことがあったが犯人の話はなかった。それが健人君と繋がるとは…

誰かが小学校の窓ガラスを割り、スプレー缶で壁に落書きしていった

そしてさらに深刻なのが小学生の女の子をバイクの後ろに乗せて連れ回したということで地域の問題に上がっていたらしい

それが健人君だということで交番に呼び出されて母子で取り調べを受けていたことをSさんは教えてくれた

交番では警官が「小さな女の子をバイクに乗せて連れ回すのは悪いことだとわかるよな」というから健人君はそれをただの話と受け止めて素直に「はい」と答えたという

それを後で警官は、健人君が自白したということにして署の方に報告していた、とSさんは署の迎えで連れて行かれた健人君から聞く

もしもそれが健人君というならバイクを持ってないし無免許なのは不問なのか？

私には一度聞いただけでは理解が出来なかった

Sさんがことさら憤っていたのは交番では「ここ止まりで上には報告しない。校長も謝れば訴えないと言っていたからとにかく謝罪しなさい」と言われ、最初から犯人扱いしていたという

交番がなぜ健人君を呼び出したのか？

それは地元の小学校の校長からの訴えがあったから

なぜ小学校の校長が健人君を名指ししたのか？

それはバイクで連れまわされた女の子が健人君に無理矢理バイクに乗せられて怖かった、と言ったから

女の子はなぜそんな嘘をついたのか？

それは、そう言えと言った人間がいたから

それが高校の時の同級生達

彼らは便利なオモチャに未練があったのか？

わざわざ健人君の地元まで来て悪ふざけの延長をして楽しんで自分達から離れた健人君への鬱憤を晴らしたつもりでいたのだろうか？

罠のようなそれらから救ってくれたのは他県でのアリバイだけではなく高校の時の担任だった先生

健人君が学校をやめると伝えた時

「なぜ君がやめなければならないのか？残念でならない」

そのあとも「納得出来ない」と悔しそうに言ってくれた、ただひとりの人だった

本屋の万引きの時も寄り添ってくれたけど無力で事態を最後まで解決出来ず期待もしてなかったが思わぬところで助け手になって本当の犯人を見つけてくれて健人君が辞めた後になってしまったが守ってくれたのだった

補導歴があり高校中退している健人君に話を聞かず、よく調べもせず簡単に犯人と決めつける、校長と警官は愚かだ

一連の悪質な行動の犯人が高校の時の元同級生数名だとわかり、それぞれが保護者とともに被害のあった小学校へ謝罪と弁償をしたというが、誰も健人君に謝る大人はいなかった。陥れた元同級生達にSさんは会ったこともない

そして、それが健人君の警察嫌い、権力者嫌いの発端になった

その後も今度は中学校で窓ガラスが割られた、という噂が流れると、Sさん母子は落ち着かない日々を過ごした

毎日数時間パトカーが家の近くで待機したままで、明らかに見張られているのがわかり、健人君は次に見つけたバイトを辞めて引きこもり、Sさんも呼び出された時と同じくらいに警察を嫌悪し心底ガッカリした

ただ、不思議なことに健人君は犯人を特定して警察に連絡してくれた元担任の先生をも恨み、裏切った友達は変わらず仲間と呼んでいてSさんとその話になると健人君と意見が全く食い違いしばしば喧嘩になったという

ノートNo 1 裏より

〝俺は昔から思い込みがやばいとずっと母さんに言われ続けた。今回のことでそれが正しいということがわかりました〟

これまでSさん視点の話を聞いただけで公平な判断ではないとしても、その辺が健人君の問題点なのでは？と私は思う

彼は友情に対して矛盾を生むくらいに盲目だった