南都編 その18 月見里剣は本当に勇者だったらしい

 さて、国としての方向性(可能ならば生かして魔女を活用する)が決定したので久しぶり……でもないな、昨日の今日だし。

 魔女の眼を治療するためにジャガイモとの愛の巣を再度訪れることになった俺とマリアン。

 もちろんその『魅了の魔眼』を取りあげた上で、魔女の持っているスキルを害のない治療系の物だけに変更可能かの確認――つまり俺が魔女に対して『みんなでやりなおし』が使えるかどうか――奴をクランに入れることが可能な程度には、奴がこちらに友好的な状態である場合に限られるのだが。

 いや、もしも魔女が友好的だったとしても俺の心理状態がなぁ……あいつに対する信用とか信頼とか0どころかマイナスだぞ?


「まぁ俺にとっては魔女なんてどうでも良いんだけど……側室候補補佐見習いであるマリアン嬢の弟の頼みでもあるからな」

「この間は側室候補だったのにいつのまにか距離感が遠くなってるのですが!? 私といたしましても彼女はサクッと処分しておくほうが後腐れが無くていいと思うんですけどねぇ……」


 それでも一応……建前として一度くらいはチャンスをやってもいいかなー……なんて?

 もちろんそのチャンスは魔女に対してではなく、自称弟分であるジャガイモに対してなんだけどな。

 なんだかんだで姉のため、つまりマリアンに振った仕事を一生懸命に頑張ってくれてるからな。



 前回……昨日はいきなり訪れて無駄に他人のイチャイチャを見せつけられ、非常に嫌な気分になったので今日はちゃんと先触れを出してから入室する俺とマリアン。


「てか、わざわざ連絡を入れてやったのに昨日とまったく同じ体勢とか公爵様舐めてんのかお前らは」


 まぁ初めて彼女が出来た男に冷静になれと言うのがそもそもの間違いなので仕方ないとは言え、普通の貴族様なら激怒されるから気をつけろよ?


「さて、異世界の魔女……」


 えっと、こいつってフルネームって何だったっけ?

 確かまどか◯マギカみたいな名前だったと思うんだけど……ああ、カネシロマイカだったか。


「マイカ・カネシロ」

「はい、公爵様」


 慌てて月見里弟の膝の上から起き上がり、神妙な感じで返事をする魔女。

 うん、とても胡散臭い。


「ヤマナシ準男爵よりの報告と昨日の素直な話しぶりにより、魔女殿がこれまでの事を深く反省しているであろうことは私だけではなく、国王陛下までしかと伝わった。しかし……私は一度この国に対して、私の家族に対して牙を向けた人間を信用することは出来ない」

「兄貴! 昨日も言ったけどマイカは騙されて、教国の奴らに操られていただけなんです! 本当の彼女はとても心優しい女の子で、人を傷つけたり出来るような人間では」

「準男爵、とりあえず最後まで話しを聞け。しかし、魔女殿は私の弟分であるヤマナシツルギの想い人でもある。その姉も私の家族と言えるような言えないような言いたくないような……」

「閣下!? そこははっきり俺の嫁と!!」


 だってまだ手を出したわけでもないしなぁ……。


「まぁそんな感じでな。ツルギやマリアン、そして国王陛下やその他この国の重鎮、そしてうちの奥さんたちの助命嘆願により……一度だけ俺もマイカ嬢を信用しようと言うことになった」

「もったいないお言葉です公爵様」

「しかしだ。マイカ嬢の持っているその目の力……魅了の魔眼の力は我が王国だけでなく、他国にとっても非常に危険なモノであることに変わりはない。もし、このまま俺が目の治療をしようものなら国内外、特にその力を理解している教国がどのような手段を講じるか予想が出来ない……これは分かってもらえるか?」

「はい、理解しております閣下。この目に関しては全て私の心の弱さのせいですので……むしろ、あの時私の愚行を止めてくださった閣下には心より感謝こそすれ、恨みに思うところなどは何も無く」


(絶対に嘘ですよね。私はそれほど彼女と親身になって話したりはしていませんけど、それでもわかる程度には気が強い女性でしたし。きっと七代どころか十五代くらい祟るほどに閣下を恨んでいると思いますよ?)


 なんだよその足利とか徳川とか将軍家を全滅させそうな恨みは……。

 うちにいる蛇みたいに食っちゃ寝したら細かいことはさらっと忘れろよ!


「マイカ嬢が気にせずとも、その目を視えるようにしてやりたいと言うのは弟分のたっての願いでもあるからな。もしも本当に魔女殿が反省し、心を開いているのならば……この国におわします六大精霊様のお力によりその呪いの力、魅了の魔眼を取り除いた上で聖女として本当に必要な力、回復の力を強化して与えてやることも出来るのだが……どうする?」

「そ、そのようなことがお出来になるのですか……やはり公爵様こそが本当の聖人であり、その奥様こそが本物の聖女様……そう……でございますね……もしも、もしも私がそうありたいと願うことが、公爵様のご迷惑で無いのでしたらば! 聖霊様にお願いしてこのような邪悪な力、私の中から消し去って頂きたいです!」


(……返事までの僅かな時間での表情の動き。魅了の力を失くすこととその目が元に戻ること……彼女の中でかなりの逡巡がありましたね。一応ギリギリでその天秤は力を捨てることに傾いた様ではありますが、やはり信用するには値しないかと)


 ……何なのこの子の観察力。ちょっと怖いんだけど?


「良いだろう。ただし、あくまでもその判断を下すのは聖霊様。どのような結果になるかはわからない事だけは理解しておくように。……ヤマナシ準男爵もそれで納得出来るか?」

「もちろんです兄貴! そもそも俺の、ただのわがままなのに、こうして聞いてもらえただけで……あり、ありが……」


(絶対にあの女『泣きたいのは私なのにどうしてお前が泣いてるんだよ!』とか思ってますよ?)

(お前の言葉の節々に物凄い棘を感じるんだけど……実は弟を取られてちょっと悔しいんだろ?)


 ということで……本当はそのような必要は一切ないがそれなりの雰囲気を醸し出すためにも王城内にある神殿まで全員で移動することに。

 一応は巫女様も居たほうが何か儀式をしてる感が出るかもしれないのでヴィオラとちびシア殿下にも声を掛けてお城まで来てもらう。


「呼ばれたから来たけど、私、儀式とかしたことないんだけど?」

「大丈夫なのよ? 私にすべて任せておくのよ?」


 どこからその自信がわいているのか、何も無い平たい胸をフンスと強調するマリンシア王女。

 いつの間にか集まった大量の見物人(暇人)を待たせて月見里弟だけを別室に呼び出す。


「兄貴、俺のわがままを聞いてもらって……本当に、本当にありがとう!」

「結果がまだ出たわけでも無いのだから礼はいらん。というかだな……その、あれだ」


 こいつを呼び出した理由……それは『本当に彼女の目を治しても良いのか?』の最終確認のためである。

 別に他人に聞くような話じゃないって? そんなことは百も二百も承知なんだけどさ……ほら、な?

 もしも、もしもさ、魔女の目が治って、そのことによりこいつが捨てられたりしたらさ。別に人様の恋愛事情なんて他人がどうこう気にする様なこっちゃねぇんだけどな。

 でもほら、ちょっとお馬鹿な奴だけど性格だけは良い奴じゃん?


「……兄貴、みなまで言われなくてもちゃんと分かってるよ。もしも、もしもマイカの目が治って」


 まぁそんな分かりきった話、他人である俺がしなくても本人も気付いている


「二人一緒にいる時間が減ることで、俺が他所で浮気とかしないか心配してるんだろ?」

「一切してねぇよ!」


 何も気付いてなかったわー。てか前向きが過ぎるわー。

 ……いや、もちろん分かってるよ? お前が自分でもちゃんと理解した上で戯けてるって事はさ。

 そんな馬鹿なことを言うツルギはとても、とても優しい――


「今のお前、いつもとは違い……まるで土まみれの赤紫芋みたいないい顔してるぞ!」

「兄貴、そもそも芋みたいな顔は褒め言葉じゃないんだよ! あと、さすがにそんな首を絞められてる芋みたいな顔色はしてないと思うんだけど!?」


 さて、本人の覚悟も聞いたのでこれ以上話すこともなくなり、神殿に戻ると……さっきよりもさらに人が集まっていた。

 さすがに城内で働いてる人間以外は居なさそうだけど、メイドさんとか庭師みたいな格好の人間も居るし。

 イベント事があると貪欲に参加しようとするよなこの世界の連中……。

 あまり似合っていない巫女姿のヴィオラと、神秘の塊の様なちびシア殿下による小学校の発表会の様な(これといった意味はない)儀式(おゆうぎ)も無事に終了。


 聖霊様に呼びかけをしながら魔女の手を取った俺が魔導板さんを呼び出し、お願いしてみた結果はと言えば――


「公爵様、ありがとうございます! 目が、私の目がまたちゃんと視えるように……」

「俺は何もしていない、礼なら力を貸してくださった聖霊様とその巫女様、そして何度も俺に頭を下げたヤマナシ準男爵に言えば良い」

「もちろんです! ツルギ……ありがとう……これまで私のことを支えてくれて……これからも、こんな私だけれどあなたの側でいさせてもらえますか?」

「もちろん、どこにも行かないしどこにも行かせないに決まってるだろ! マイカ……良かった、本当に良かったな! 兄貴……ああ兄貴……超兄貴……」


 特に問題もなくクランメンバーに出来てしまったという。

 俺から魔女に対する好感度を考えると絶対に無理だと思ってたんだけど……。

 魔導板さんの話しでは『おそらく勇者と呼ばれる者の強い思いにより、何らかの力が働いたのでは無いかと思われます』という話だった。

 ……そう言えば最初にこいつと出会った時、普通なら斬り捨ててても不思議じゃない状況だったのに外に捨ててくるだけで許したんだよな俺。

 もしかしたら同じ『元』勇者としてなんらかのシンパシーを感じたとか……無いか。


 そして恍惚の表情で兄貴を繰り返す月見里弟はとても気持ちが悪いと思いました。

 もちろん俺には……この世界には魅了の魔眼なんてモノは必要は無い、持っているだけでも気持ちが悪いので速やかに経験点に戻してやったのは言うまでもない。

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使い潰された勇者は二度目、いや、三度目の人生を自由に謳歌したいようです あかむらさき @aka_murasaki

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