南都編 その18 ずいぶんと前から根回ししていたらしい
王城から帰宅後……相変わらずお義父さん連中がこぞってうちに来てるのは今更だから気にしてないんだけどね?
てか、娘婿の屋敷を訪れて最初にすることが全員でお風呂ってどういうことだよ……。
基本的には何でも食べる人たちだけど、一応好みのようなモノはあるので夕食は洋食のビュッフェスタイル。
残ったらメイドさんの夜食になるので主にAさん大喜びのスタイルなのである。
「ブルートゥス様、確かに好きなものを好きなだけとはいいましたが鍋ごとは禁止です。というか煮込みハンバーグ三十個とか絶対に食べられませんから初期位置に戻してきてください」
食後、人の家のリビングで思い思いにダラダラと寛ぐオッサン、オッサン、オッサン……そこに参加する家のメンバーはアリシア、スティアーシャ、ヘルミーナ嬢、マリアンである。
「なにこれ、自分以外全員悪巧みしてそうな連中しかいねぇ……」
「どうしてミーナまでいっしょくたにされているのです!? とても心外なのです!」
ぷくっと頬を膨らませて俺の膝の上にのぼってくるのはもちろんヘルミーナ嬢。
今日も見た目だけはとても愛らしい幼女である。
てかあなた、いっしょくたどころかこの国の謀略家筆頭じゃないですか……。
「とりあえずお父様とお祖父様がいらっしゃいますので自由気ままに人の首元を舐めようとするのはお控えください」
「大丈夫なのです! もしも何か言ってくるようならお母様とおば……お姉様にあのことを告げ口するのです!」
「ミーナ!? お父さんは人に聞かれて困るような疚しいことは何もしてないからね?」
「お、俺も別に……何も……無いからな?」
この幼女は一体、国家の重鎮のどんなスキャンダルを握っているのだろうか?
「昔は弟さんと一緒にアイスクリームメイカーでつくったアイスを楽しそうにメイドに振る舞うような、天使のようなお子様でしたのに……どうしてこうなってしまったたのか」
「ハリス、恋する女の子の成長は男の子よりも早いのですよ?」
「ハリス、そもそも君が初めてうちに来た頃からミーナの内面はそれほど変化も成長もしていな……うん、いつの間にか立派な淑女になってくれてお父さん、とても誇らしいよ!」
「まったく、娘に睨まれただけで途中で意見を覆すとは、白狼も案外だらしのない」
「父上もマリンシア相手ではあのようなものだと思いますけどね?」
「アレはほら、アリシアと比べるとイマイチ掴みどころのない性格をしておるからな……何をしでかすか図りきれん怖さがあるのだ」
「そんな危険人物を他所の屋敷で住まわせるのはどうかと思うのですが?」
「息子よ、王女が二人も同じ男に嫁ぐのはこの王国でも初の快挙であるからな! いや、実にめでたいことだな!」
「陛下は何をとんでもないことを言い出してるんですか……それでなくとも王国の綺麗所を全員かっさらったと他の貴公子から睨まれてるんですからね? 流石に妹姫まではもらえませんからね?」
「うん? フィオーラ嬢がいるのにヘルミーナ嬢までお手つきにしている卿なら特に問題はないのではないか?」
「王太子殿下、あくまでも姪っ子として慈しんでいるだけで、いっさい手など付けていないですからね? そもそも年齢的にマリンシア様がご降嫁なさるならコーネリウス様のご長男である、ご長男である……あれ? 長いお付き合いをさせていただいてるはずなのに、ご長男のお名前を一度もおうかがいしたことが無いような……?」
これまで何度も顔を合わせてるし、いろいろとプレゼント(主にぬいぐるみ)をしてるから付き合いはあるんだけど……歳も離れてるし名前で呼び合うようなことなんて無いから仕方ない……と、思いたい。
「あー……うちの息子はねぇ……二度ほどマリンシア殿下とお目見えしたことはあるんだけどね?」
「その度に数日部屋に籠もって震えていたな……」
「マリンシアはあまり感情を表に出さないからな。同年代の子供からすればいきなり人形が動き出したような恐怖があるようだ」
「えっ? そうですかね? うちでは案外感情豊か……確かに表情はあまり動かされませんが喜怒哀楽がハッキリとされていますし、むしろ子供らしい子供だと思いますけど? ほら、うちの屋敷には『幼女のような人物』はたくさんいますけど、安心のできる幼女は姫様だけですし」
「それはどういう意味なのです!?」
どういうって……そういう意味ですが何か?
てか、どうして陛下も殿下もそんなびっくりしたような顔をしてるんだよ。
「……ふむ、やはりあれもハリスに面倒を見てもらうしかないな」
「そうですね、妹の幸せを考えれば他に嫁に出すなど考えられませんね」
「まぁその話はうちの娘と同じ様に大きくなってから本人がその気であれば……ということでよろしいではないですか」
その気も何も、おたくの娘さんはご自宅から私物から使用人から一切合切こちらにお引越しされてますけどね?
そしてマリアン嬢やスティアーシャ皇女と同レベルで働いてくれてるから居なくなられると色々と回らなくなると言う……。
「ふふっ、もう数年もすれば……ハリスは間違いなくミーナが居なくては生きていけない体になるのです!」
「さすが白狼の名を継ぐ者。おっかない娘御なのであるな……」
「そう言えば、面倒を見るで思い出したのだが……と言うか、その話をするために今日はここを訪れたのだが。卿は教国の聖女のことをこれからどうするつもりなのだ?」
ああ、今日は風呂に入って食っちゃ寝しに来たわけじゃないのか。
「どうすると言われましても……別に魔女に関しましては私の担当というわけでも……」
「いや、彼女に関しては間違いなくハリスの担当だっただろう?」
「そうであるな! そもそも婿殿の婚約者としてこの国を訪れた経緯もあるのであるからな!」
「確かに最初はそのようなお話ではありましたけれどもっ!」
というわけでダラダラとしていた義父&義兄、嫁&従姉妹の態度がちょっとだけ改まり、情報を引き出しはしたものの特に役に立つほどでもなかった魔女をどうするかの話に移行する。
俺個人の意見としてはとっとと処分! なんだけどねぇ? ジャガイモのこともあるからなぁ。
「んー、ハリスの言いたいこと、心配することは分かるけど、腐っても教国で聖女と呼ばれていた娘だからね? さすがにこちらに目に見えた被害が出なかった現状で、王国内で処刑するのは色々と難しいんだよね」
「それはわかっておりますし、利用出来るならばそれに越したことはないんですけどね……そちらにいる勇者の姉と同じレベルで腹黒そうなのがなんとも」
「閣下! 私のお腹の中は閣下がご覧になられた私の………と、同じくらい綺麗なピンク色をしております!」
「ややこしい話になりそうなところを伏せ字にするんじゃない! 俺が見たことがあるのはお前の口内くらいだ!」
「それはそれでどういうことなのだ……」
いや、虫歯があるって言うから治療してやっただけなんだけどね?
ちなみに虫歯は特に無く指を舐め回されただけだったという。
「取り込めるなら聖女の名を活かし、王国の内外問わず民衆に教国の悪行や危険性を伝える役目を担って貰えれば良いのだがな」
「いかんせん今の、目を斬り裂いたままの状態で人前に出せば我々に脅されての発言だと取られかねぬしな」
「かといってあの目が治ればまたぞろ魅了の力の餌食になりかねん……今回はハリスとコーネリウスの機転で大きな被害なく事が解決できたが、もしも王都の住民を大量に扇動でもされた日には……」
悩みだしたオッサン連中に変わり、女性陣が意見を述べる。
「かといってこのまま、これ以上あの女を軟禁しておくのは大義がないのでは? 今はまだ気付いてはおらぬようだが、時が経てば教国も状況を把握して『王国が聖女を拉致した!』などと騒ぎ始めかねん」
「確かに……それでなくとも先の戦では王国が大勝いたしました。面白く思わない近隣の国がその噂に乗っかりでもすれば……王国にとってはあまりおもしろくないことになるやもしれません。ああ、もちろん帝国がそのような噂話に乗るようなことはありえませんが」
「聖女……魔女がこちらにいるのは事実ですので、噂が出回ってから反論したところで事実の追認にしかならないでしょうしねぇ……教国に手を打たれる前にこちらから何か仕掛けておくべきだとは思うのですが……」
アリシア、スティアーシャ、マリアンが『しかしその方法が……』と思い悩む中、何でもないことのようにヘルミーナ嬢が語りだす。
「それほど悩むようなことではないのですよ? 現状では王国の内外を問わず、ハリスの民衆からの人気は絶大なのですから!」
はい? 確かに王国内では戦争や南都のこともあったから多少は名を知られてもいそうだけど、他所の国で人気と言うのは……。
「……なるほど。アレにはそのような目的もあったのか……」
「まさか一年も昔からこのような状況を想定していたとは……」
「さすがヘルミーナ様です! ヤマナシマリアン、これからもおそばで勉強させていただきます!」
何やら気付いた女性陣と、俺を含めて頭の上にハテナがいっぱいのオッサンチーム。
と言うか、どうして『俺の民衆人気』なんて話だけでアリシアたちは何もかもを納得したみたいな感じになってるんだよ……。
とりあえず誰か! 『それは一体どういうことなんだ?』と質問してっ!
「そうだな、それならばまず最初にするべきは我が国に『勇者が現れ、それをハリスが保護した』と大々的に発表することからかな?」
「今のところまだ、お前の祖国は帝国であろうが……しかしそのとおりだな。その後『教国に精神魔法で操られた悪辣な魔女が王国に送られてきた』と広め」
「最後に『しかし! 勇者の愛により魔女が改心。聖女としての意識を取り戻し二人は幸せなキスをしました』ですね!」
「……ああ、なるほど! そういうことか!」
「コーネリウス、自分だけ納得せずにちゃんと陛下にもご説明せぬか」
「これは失礼をいたしました。そうですね、彼女たちが言っているアレと言うのは黒竜退治から始まるハリスの冒険譚、演劇として国内国外問わず人気の物語のことですよ」
「最近は冒険譚というよりも恋愛モノが大量に出回っておるようだがな。もちろんその中には平民の娘との恋の話もいろいろとあったが……ふむ、あのような話があれば大貴族と言えども民が親近感を覚えもするか」
「竜殺しの英雄との恋など年頃の娘にとっては夢のような話であろうからな。城で上演された田舎町での美しい姉妹との喜劇はなかなかに傑作であった!」
「異国の地から商人の娘をかっさらってくる話もなかなかに面白かったですね」
何だその身に覚えしかない話は……。
「ふふっ、ミーナの旦那様は自国だけでなく他国の民からも絶大な人気なのです! ……もう十年もあれば世界征服すら可能になるのですよ?」
「そんな面倒くさいだけで何の利益も生み出さなそうなことしないけどね? いや、でもそれって物語の中の主人公である俺の話……とも言いきれないか」
テレビも映画も、ラジオすら無い世界である。
多少……多大に誇張された物語であろうが事実として竜が退治され、戦争で活躍し、お姫様のみならず平民の娘まで嫁に迎えて……いや、ダーク姉妹のことは囲ってすらいないんだけどさ。
てか、どこから詳しい話を仕入れたのかバケツ幼女とか、一緒に仲良く暮らしている売られかけた五人の娘との恋愛譚まで存在していたのにはビックリしたわ……。
つまり、どういうことなのかまとめると、
『王国が聖女様を拉致しただって?
でも王国の勇者様が聖女様を助けたって話を聞いたぞ?
教国からの発表? 王国とどっちを信じるのかって?
そりゃ教会を信じたいけど……あの平民の味方である竜殺しの英雄様が支援している勇者様がすぐバレる様な嘘をつくなんて考えられねぇしな……』
と言う話に持っていこうということである。
その後本人(聖女)の口から『私は教国に騙されていたのです! でも今は勇者様のおかげでこうして自分の本当のお役目を思い出せました! 聖霊様万歳(ジーク・フィオーラ)!』と宣言させてから村々を回って無償で治療などの偽善行為を行えば完璧である!
……あれ? 教国がいろいろとやらかしていることを筆頭にうちの国にはなんの非もない事実でなんら後ろ暗い所の無い話のはずなのに、まるで大勢の民衆を騙しているような気持ちになるのは一体どうしてなのだろうか……?
―・―・―・―・―
現代だって人気、知名度さえあれば政治になんて何の関心もないような芸能人でも、その人間の中身など関係なく国会議員になれるんだから民衆の支持さえ集めてしまえば宗教勢力にだって対抗することは可能なのである! というお話。
てかハリスくんの奥さんには宗教の開祖様がいるし、聖霊神殿の巫女様もいるのでハリスくん自身が宗教勢力と言うか、『権力のあるジャンヌ・ダルク』みたいな存在と言えなくもなかったり。
と言うか『ジャガイモの想いと魔女の目の治療の話』だったはずなのに、違う、そうじゃない!と流れを修正していくうちに最初の内容が一文字も残っていないほどまったく違う話になっているという……(笑)
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