南都編 その17 関係者の証言『その顔はあまりにも邪悪だった……』

「ツルギ……」

「マイカ……」


 と、抱き合い名を呼び合う元勇者と元聖女。きっと異世界転生者の王道を往くような感動的なシーン……なのだろうが、俺の中では『男爵いも』&『性悪魔女』と言う、それぞれに致命的な欠陥のある二人だからな? 

 何よりも他人のラブシーンなんて犬も食わねぇし。

 人のふり見て我がふり直せ?

 お、俺は他所様の前では奥さんとイチャイチャしたりしないから! 後ろに立つ黒い鎧の二人と会議中に手を握りあってたこともあるけど、あれはほら、まわりの人間にはただただドン引きされてただけだから! ノーカウントで!


 というか、それを言い出したら俺と奥さんとの馴れ初め話がラブロマンスになって、かなりの数が演劇に仕立てられて国内どころか他所の国にまで広がりまくってると言う。

 でもあれって物語の内容の六割くらいは『原作者(主に奥さん本人)』の捏造なんだよなぁ……ヘルミーナ嬢とかちびシア殿下の話なんて完全なフィクション作品だしさ。

 うん、今はそんな俺の恥部の話はどうでもいいんだった。

 さっそくこの部屋、魔女の隔離部屋を訪れた本来の目的である教国の企みや、これまでの他国への関わりなどの話を聞くことにする。


 先の戦争の話、ダンジョンの氾濫の話、人の性格を変える薬の話、モンスターボー……モンスターを閉じ込める魔道具の話、帝国にいた工作員(黒い皇女様の元パーティメンバー)の話などなど……今回の王国での騒ぎの事も含めて、魔女に聞きたいことは山程もあるのだ。

 とは言っても、魔女がこちらの世界に呼び出されたのは月見里姉弟と同じく一年数ヶ月前の事みたいでさ。

 日付も時間もまったく同じタイミングだったらしく、魔女が直接的に関わっていた事柄はそれほど多くはなかったみたいで……思っていたほど有用な情報は得られなかったんだよね。


 抜粋して話をまとめると。


「そう、ですね……まず戦争の経緯や結果なんですけど……私は何処何処の国が勝った負けたくらいのお話しか聞いていないです。それも、その時点ではこちらの世界の国名や位置関係なども一切知りませんでしたので……私がこの国、キルシブリテ王国に興味を持ったのは戦争の話からではなく、教国で上演されていた公爵様の演劇からですし。若き竜殺しの英雄、それも五色の魔竜を倒し、自国だけではなく、隣国のお姫様と浮名を流す傾国の美男子……」


 誰だそいつは……。てか、竜は一匹しか、ヒュドラを含めたとしても二匹しか倒してねぇよ! なんだよその五色の魔竜って! いつの間にか『ロー◯ス島戦記』みたいな内容になってるじゃん!

 そして俺の奥さんでお姫様はアリシア一人だけだ! 黒い人も白い人もちっちゃい子もただの同居人だ!


「お薬……麻薬じみた薬に関しましては、あの国では日常茶飯事のことですし……名前は『聖薬』と呼ばれてましたが、幸せな気持ちになれる薬として、それこそ毎日の食事を摂るように使用されていましたね。もちろん私は日本――こちらに来る前の世界での知識から自分で使ったことはありませんでしたけれど。聖霊の巫女が神託を降す際にも集団トランス状態になるために使ったり、奥で快楽を求める際に使用したり……。教会の神父が信者に対して使用していたと言う話も聞いたこともありますので、他国の人間に使っていたとしても不思議ではありませんが……その薬がどの様なモノなのかまではわかりません」


 教国、まさかの国民全員薬中国家なのかよ……。

 地球の神話とか伝承とかでも巫女さんとかシャーマン(これも巫女さんだな)が神託を降ろす時には某かの煙を焚いてたりとかするから珍しい話ではないんだけど、さすがに国単位でだったとは予想外だな。

 これに関しては一度王国内の教会をキッチリと調べる必要がありそうか。


「魔物を封印する魔道具とそれを使用した教国の工作員の存在ですか? 申し訳ありません、魔道具や諜報に関わる人間の話などは私は何も教えられておりませんでしたので……。でも、あの国ならそういった後ろ暗いお話があっても不思議ではありませんね……」


 これに関してはお飾りと言うか、国家として押し出さなければいけない偶像(アイドル)である『聖女(中身は魔女)』が何も知らされてないのは当然といえば当然か。

 アレ(ヒュドラを封印していた玉? 箱?)の作者も『魔人』なんて物騒な感じの存在だったしね?


「今回の、こちらでご迷惑をおかけした事につきましては……演劇を観たり、物語の本を読んだ私の思いつきでして……。その、私もそろそろ年齢的に色々と焦りもあり……向こう(教国)で相手を探すとなると、聖女に釣り合う地位にいる男性は全員年齢的にお父さん、下手をすればおじいちゃん世代となってしまうので、どうせなら若い方、それも演劇の主人公になるような有名な方が良いなと思いこちらにお邪魔しました。その、お恥ずかしい話になるのですが、私、元の世界で色々と拗らせた部分があってですね。公爵様が偽物の聖女に騙されている……などと勝手に思い込んでおりましたので……。王国の方々に魅了の力を使ったのも、あくまでもラポーム公爵との婚姻をスムーズに進めるためで、この国の方々をどうこうしようなどという思惑はございませんでした」


 なんだろう……魔女がこの国に来た原因の殆どがこちら発信の伝聞(それもフィクション作品)だという事実。

 このままだと完全な被害者であるはずの俺が加害者に仕立て上げられかねないんだけど?

 まぁそれもこれも、そのまま魔女の話を信じるならばって但し書きが付く事柄なんだけどさ。


「もちろん……いまではそんなこと……公爵様やこの国にご迷惑を掛けるようなことは一切考えてはいません! だって私にはそばで支えてくれる人が、ツルギが居ますから」


 そう言って月見里弟の首にそっと腕を回し強く抱きつく魔女。


「マイカ……」

「ツルギ……」


「閣下、非常に見苦しいので処分してもよろしいでしょうか? むしろ斬り捨てましょう」

「サーラ、さすがにヤマナシ準男爵が可哀想だから止めて差し上げろ」


 ヤマナシ準男爵? もちろん姉の功績により叙爵した月見里弟のことである。

 てか、この魔女の態度がもしも演技だったら……ツルギだけじゃなく俺まで女性不審になっちゃうかも……いや、うちの奥さんは裏表なく可愛いから大丈夫! そもそもサーラとかケィティなんてほぼほぼ野生、狼通り越してヤブイヌみたいな存在だからな!

 ヘルミーナ嬢とスティアーシャ皇女? 繰り返すけど彼女たちは嫁じゃありませんので。



 ということで、聞くことも聞いたし、恋する二人(笑)の邪魔をして馬に蹴られる趣味もないので軟禁部屋から退出して帰宅……するわけにもいかず、今度はオッサン部屋――王城奥の会議室に集合することに。

 いつメンとなりつつある、国王陛下、王太子殿下、ガイウス様、ブルートゥス様、マルケス様、コーネリウス様、そしてあまり知らない役職付きの上位の都貴族に先程までの魔女との会話を説明する。


「なるほど……当然といえば当然だが、教国を直接糾弾出来るだけの情報は出てこなかったか」

「さすがに外に出す人間には後ろ暗い内情は明かさないでしょうからな」

「もっとも、国民に対する薬物の使用だけでも……いや、それがどのような薬なのかが分からない以上、風土病の治療薬だとでも言われればどうしようもないか」

「せめて先の戦への関わりが少しでも見えれば……」


「今更ながらに我が国の諜報力の弱さがこれでもかと露呈しているのである!」

「それを考えれば流石に白狼……いや、コーネリウス殿は凄まじいと言わざるをえんな。遠く教国の魔女の名まで知っておったのだからな」

「はっ、ははは、それほどの話でもありませんけどね?」


 笑いながらも座った目で『どうするんだよこの状況!?』と訴えかけてくるコーネリウス様。

 敢えて言わせてもらおう! 知らんがな。


「それで、正直な所、同国人としてマリアン嬢は魔女の話をどう思った?」

「そうですね、恐らく嘘はついていなかったと思います」

「そうだな、そもそも魔女が命の危険すらあるこの状況で教国を庇うメリットが何も無いからな」


「……ただし」

「……ただし」


 俺と月見里姉の声が重なる。

 ……これで、もしも二人の意見が全く違うものだったらとても恥ずかしい結果になってしまうので、もちろん自分が喋るのではなく相手に続きを促す俺。


「あくまでも私の感想となってしまいますが、彼女の話にはとくにおかしなところは無かったように思います。でも、『何も知らなかった不幸な自分』を押し出しすぎていて少々あざとすぎたのが玉に瑕でしたね」

「そうだな。まぁ恋人……ヤマナシ卿の前でもあったから致し方なしではあるが『教国その他の場所で自分のやらかしたあれやこれや』の話がまったく出ていなかったからな」

「彼女の話し方やその身振り手振りなど、自分をどうやって魅せるかを知っている人間だと思われる雰囲気から考えると、向こうの世界ではそのような仕事……異性相手に接客をするような仕事などに付いていたのかもしれませんね」


 あー、何となく感じた態度の胡散臭さはそれか!


「まぁ今のところは嘘をついていない……と、思われるだけでよしとしておくべきじゃないかな?」

「そうだな、相手は教国の切り札でもある聖女だからな。こちらの手の内にあるというだけで何かの役には立つだろう」

「しかし、対教国の話となると進展したようで何も変化が無いのがなんともじれったい話ではある」

「確かに、今回の魔女の行動は教国とは直接的に関係のない個人の行動と言う一面が大きいですからな」


 まぁやってることは『車と船が見たいから俺の屋敷まで押しかけてきた上にいきなり剣を抜いちゃった某ジャガイモ』とたいして変わらないからなぁ……もちろん他人にかけた迷惑度では段違いに魔女……いや、ジャガイモはジャガイモで国一つ滅びかけた原因になってるんだけどさ。


「何にしても一度向こうに出向いてちゃんと言い聞かせて躾ける必要があるかもしれませんね?」


 俺以外の他人に見せることの出来ない魔眼での情報多数という状況とは言え、間違いなくいろいろとやらかしている国なのだ。

 家族に手を出そうとしたそのけじめくらいはとってもらわないと……ねぇ?

 ついつい出てしまった俺の含み笑いに顔を引き攣らせる国家の重鎮&マリアンと、頼もしげにこちらを見つめるメルティスとサーラだった。

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