北へ南へ編 その12 頑張れ!おっさん二号!

さて、集まった商人たちに対してちょっとした様子見も兼ねて煽ってみたのだが・・・さすがに商人の国でしのぎを削り合っている商売人だけあるな。

少しくらい皮肉を言っても『某東の街の商人』みたいに無駄に騒ぎ出す様な人間は居ないようだ。いや、あいつらはあいつらで沸点低すぎだった気がしないでもないけど。相手が幼女と少年だったから舐められてたのは確かだな。

それに比べてこの国の商人(以外も多少は混じってるけど)、許しもなく勝手に喋りだすような無礼な人間も無く、そのままじっと頭を下げたままでいる。


「ああ、別に正式な謁見と言うわけでは無いのだからそこまで固くなる必要はないぞ?しかしこれだけの人数、さすがにめいめいで勝手に口を開かれても困るな・・・ハフィダーザ、卿が選んで私が話す必要がある人間だけ『談話の間』まで通すと良い。無駄な時間はそれほど無いので手早くな」


流石にこのままここに居る百人あまりと順番に話をするのも面倒くさい、と言うかどうせ半ば以上は商売のために顔繋ぎに来ただけの人間だろうし?俺が顔を出しただけで十分だろう。いつまでも大量のおっさんを床に這いつくばらせて喜ぶ趣味もないしね?とっとと必要のない人にはお帰り願いたい。

ちなみに『談話の間』とか言ってるけど『円』の右足部分の二階、広めの部屋に家具を設えただけの部屋である。だって寝室以外はほぼ空っぽの空き部屋なんだもん・・・。

そもそも建てたばっかりの屋敷に翌日来るとかどう言う了見なんだろうか?普通に引っ越し出来てないってわかりそうなもんだろう?

もちろん何でも出来ると思われた方がいろいろと都合がいいのでそんな事言わないけどさ。


伝えたいことは伝えたのでその場に案内と警戒役のメルティスを残し、俺とサーラが入ってきた扉から退出すると中庭にいた全員の頭が上げられていく気配がする。

踊り子のお姉さん、色々とお話ししたかったなー。でもあの雰囲気の中で『きみ可愛いね!一人で来たの?のんびり奥のお部屋でお話しようよ?』なんて言えないしなー。王国でなら言っちゃうんだけどなー。そしてコーネリウス様にお小言をくうまでがデフォ。

そう、ヤツは俺が年上のお姉さんと仲良くしようとするのをすぐに阻止しようとするのだ!大体はそのお姉さんが人妻なのが理由なんだけどさ。

うん、そこそこやらかしても叱られる程度で済む王国、とても暮らしやすい良い国である。



「あれが王国の侯爵様ですか・・・まだまだお若いのにお姿を拝見しただけで、何も言われずとも頭をたれてしまう存在感・・・本物の大貴族様とはあれ程のものなのですな」

「それを言うならご滞在されている王族の方、王国の王子殿下などは気楽に接することが出来る方で・・・」

「眉唾ものの伝聞も多いですがあのお方ならそのくらいの功績を上げられても不思議とは思えませんな」

「お屋敷に並べられた品物、果物や飲み物だけでも分かるお心遣いと財力、是非ともご贔屓にしていただいたいものです」


ハリス退出後、部屋に残された海千山千の商人たちが思い思いに近くの知人と語り合う。

そしてそんな中に残されたおっさんこと『ハフィダーザ』、緊張で顔を青くしていた・・・かと言えばむしろ興奮で顔を紅潮させていた。

港を任されていた責任者と言えどもただの雇われ小役人、大した権限などあるわけもなく、そのくせ何か不都合があれば責任を取らされ首をすげ替えられると言う形だけの存在なのである。

その自分に対し、この国でも10本の指に入る様な実力者である商議員や商人がどうにか侯爵に便宜を図ってもらおうと心からの笑顔を向けて親しげに話しかけてくるのだから・・・ソレが暗い喜びであることはわかっていても嬉しいものは嬉しいのである。


最初出会った時、あの迎賓室に案内しようとした時はそれこそここで自分は死ぬのかと思うほどの恐怖を味わわされた他国の貴族。しかしその後すぐに自分を滞在中の世話役として抜擢してくれた侯爵閣下。

最初は『自分の不始末に怒り、事ある毎にいびりたおすため』にそばに置くのだろうか?と思ったのだが侯爵閣下がいらっしゃらない時に黒い服の奥方様が


「閣下はあなたの身を案じているのですよ?もしもあのままであなたをほうっておけば商国の上の人間に責任を取らされて、間違いなく物理的に首を斬られていましたからね?そもそもあそこで閣下が怒られたのもあなたに対してではなくこの国のやり様に対してなのですから。むしろあなたに関してはその真面目な仕事ぶりに好感を持っておりました」


とご説明してくださった。

・・・なるほど、確かに知っているだけでも二人ほど仕事の責任を取らされ解任、そのあと姿を消したと言う前例がある。閣下がお声をかけてくださらなければ自分もそうなっていたのだろう。

そして奥様が仰るとおりあれ以降閣下は自分に対して悪い感情をぶつけることなど一切無く、むしろお若いそのお年相応の笑顔まで向けてくださっている。

ご自身では何もおっしゃらず、むしろ自ら憎まれ役を買ってまで自分の様な小役人を助けてくださる。そんなお方が果たしてこの商国にいるだろうか?いや、いない、いるはずがない。


「それは仕方の無いことなのかもしれませんね。この国を治めるのは議員とは言え元は商人、結局最後に求めるのは国の利益ではなく、自分の利益。民のことなどそれこそ使い潰せる労働力としか見てはいないのかもしれません。しかしあの方は違います、何故ならあの若さで都市を一つ治める大貴族と言う責任を背負った方なのですから。この国では貴族なんて民から税を搾り取るだけの必要の無い存在だと教えているかもしれませんが、民を慈しみ国を富ませてゆく責務を持つのもまた貴族。そもそもあの方の功績を知ればその様な世迷い言は・・・いえ、そんな事を説明すればあの方は『行うべき人間が当然の事をしたまでだ』と苦笑いをされるだけですね。そもそも帝国の皇女である私と侯爵との出会いは――」


・・・なんという、なんという崇高なお方なのだろうか。あと奥方様、閣下との馴れ初め話が長いです、手足の千切れた描写がリアルすぎてドン引きしそうです。

もちろん王国から離れた商国で暮らす自分の様な人間にも侯爵閣下、『竜殺しのハリス』の名声は届いている。嫁と娘にねだられてこの街でも演じられてる『6種類の』演劇も観に行ったし皇国や帝国との戦争の話も伝わっているのだから。

それなのにこの国の商人、特に商議員連中は「馬鹿げた話だ」と「眉唾ものだ」と「真実ではない」と言って笑う。


まぁそのような連中も今回のように御本人を目の前にしてはただただ頭をたれていただけのなだけどな!

侯爵閣下とはなんと、なんと誇らしい主なのだろうか!いや、その様なわかりきった事はいまは良い。

そう、自分はそんな主のご恩に報いるためにも与えられた仕事に精一杯取り組まなければな!


―・―・―・―・―


ハリスくんの預かり知らないところで腹心の部下が増えました(笑)

てか黒い皇女様、人心掌握に長けているというかほぼ洗脳術だと言う・・・。

そして『竜殺し』シリーズの演劇、いつの間にか演目が増えていたらしいです。

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