北へ南へ編 その13 別室にて(困惑の大商人)

一晩でおっさんに一体どんな心境の変化があったのかやたらとやる気指数の高いハフィダーザが連れてきたのは結局6人。そしてその中には先程のお姉さんも含まれているという。

うむ、出会って間もないのに俺の気持ちを理解しているとか非常に大儀である!


「ハフィダーザ、帰りに卿の家族に果物を持ち帰ってやるといい」

「はっ!閣下のお心遣い心より感謝いたします!」

「お、おう・・・あれだよ?普段からそこまで気を入れなくていいからね?力を抜く時は抜く、入れるとき入れるのオンオフを付けないとそのうち血管切れるぞ?」

「はっ!畏まりました!」


・・・とりあえず何も理解してないことだけはわかった。

おっさんのことは置いておくとして、この部屋まで案内された6人を順番に見渡す。


「ふむ、いかにもやり手商人と言う面々の中に妙齢の麗しい女性が混ざっているというのは少し予想外だな。いや、決して軽んじているわけでは無いのだけどね?今のところ我が家が唯一御用商人として扱っている商会の商会長もお嬢さんとそれほど齢の変わらぬ女性でね?よろしければ貴女の名前をお聞きしても?」

「はい、侯爵閣下。申し訳ございませんが私は商会を束ねるような器ではありませず・・・隣りにいるトゥヤーム商会商会長、商議員でもあるサムサールの孫娘でございます。ご迷惑とは思いましたがこの素晴らしいお屋敷、そして飾られている全ての物に魅了され閣下と少しでもお話させていただければとハフィダーザ様に無理を承知でお願いさせて頂きました」

「ほう、それは嬉しい言葉。でもどうせなら美しいお嬢さんには屋敷よりも私に興味を持ってもらいたかったな」


優しい笑顔をそちらに向けたまま少し苦笑い。

あと爺さんじゃなくてお姉さんの名前を聞いたんだけどな?


「まぁ・・・この様な年増にそのような優しいお言葉、御冗談でも心が蕩け落ちてしましそうでございます。それにこのお屋敷一番の芸術品は閣下ご自身ですもの、閣下のその光の精霊様もかくやといういう美しいお姿、そして凛々しくも優しいそのお声・・・その存在そのものがこの地に舞い降りた幸せだと思っております」

「これは過分な褒め言葉。美しい人、もしよければ私のことはハリスと呼んでください。しかし光の精霊様ですか・・・ははは、精霊様に聞かれたらきっと困惑した顔をされるでしょうね」


なぜならば既に俺が困惑してるもん。えっ?俺って商国人からは子熊に見えてるの?

ちょっと意味がわからないんだけど・・・。


「ではまことに勿体なくございますがハリス様と・・・私のこともどうぞトゥニャサとお呼びくださいませ。はい、光神教のルフレ神殿にて神殿奥で祀られております光の精霊様、その似姿がとてもハリス様と似てらっしゃいまして」

「ふむ、ならそう言う姿形の精霊様もいらっしゃるのでしょうね。私が見知っている光の精霊様、王国の守護精霊たる六大精霊の皆様とはあまりにお姿が違われるので少し混乱してしまいました。王国にいらっしゃる精霊様は先に案内した中庭に飾られていた彫像の様なお姿ですので」

「まぁ!ではあの女神様の様なお姿なのですね!」


同じ光神教でもエタン派とルフレ派とでは違いがあるのだろうか?

てか女神様?下に有ったのは精霊さんとうちの奥さんの像だけなんだけど・・・たしかに嫁が女神なのは間違いないんだけどな!


「ああ、すまない、ついついお嬢さんのお相手に夢中になってそちらを放置してしまったな。さて、他の皆の名と要件を聞かせてもらおうか」


もちろんおっさん、むしろ爺さん連中になんて何の興味も無いんだけどね?確実に名前なんて覚えないだろうけど・・・ハフィダーザが知ってるだろうし問題ないだろう。

順番に一人一人名乗りを上げてゆく商人たち。俺はただお姉さんを見つめながら鷹揚にうなずいてるだけ。こちらを見つめ返すお姉さんの頬が少しピンク色になっているのがなんとも可愛い。

自己紹介も終わり、一番に話しだしたのはお姉さんのじいさん。


「では僭越ながら。孫娘に先ほど紹介されました通り私はトゥヤーム商会のサラサールと申します。まず遅れてしまいましたが昨日のご無礼のお詫びを。そして商国の友好国である王国に対しての対応の遅さのご説明も含めましてお時間を頂きたくお伺いいたしました」

「ほう?商国が王国の友好国だと?」


「もちろんでございます!こちらでは王国より第二王子殿下も外遊されておりますれば、王国に対する他意など」

「他意も反意も敵意も無いと?はて、おかしな話だな?皇国のセルティナ皇女殿下からは『商国と皇国は王国に対する荷留及び海上封鎖』で話はついていたと聞き及んでいるが?卿は皇女殿下が嘘をついていると?それとも私が何の証拠も無くただただ言いがかりをつけているとでも思っているのか?もしそうなら随分と舐められたものだな。私の懇意とする商会の話を先程したな?そちらの商会から物の流れ、エルドベーレに出入りしていた商国の船がどのような物を持ってきてどのような物を持ち出していたか全て調べはついているのだが荷留の事実も無ければ塩や鉱物資源の持ち出しもしていなかったと、卿は責任を持って、一族郎党の首をかけてそう言い切れるのだな?」

「そ、それは・・・」


青い顔で口ごもる爺さん。そしてその隣で心配そうな顔をするお姉さん。


「さて、一人目の用は済んだみたいだな。次は誰だ?」


獰猛な笑顔と威圧を商人連中に向けてやる。

もちろんそんな状況で話し出すどころかピクリと動ける人間すらいるはずもなく。


「閣下、申開きにしかなりませんが今暫し話を聞いてはいただけませんでしょうか?」

「ほう・・・まだ囀るか」


いや、脂汗を流しながらだけど爺さん、サラサールがさらに口を開いた。

大商人だけあってかなり肝が据わってるなこの爺さん。

一応最低限の仕事と言うか『仕込み』は出来たし


「他の者は特に話したいことも無いようだな。ではそちらの二人以外は退出してもらおうか」


役に立ちそうもない連中にはとっととご退場願うことにしよう。

青い顔の四人をメルティスが屋敷の外へ、青い顔の二人をサーラが待合部屋へと案内した後・・・昼ごはんの用意を始める俺。

てかこの国に来てから対応してる人間がほぼほぼ全員青い顔をしている件。

もちろん威圧的な態度に出てるんだから当然の結果なんだけどさ?

お姉さんにだけは悪いことをしたと反省している。




こちらは待合室に通された爺孫。


「侯爵閣下・・・お怒りでございましたね。と言うよりもお祖父様、閣下があの様にお若いお方だなんて聞いておりませんよ?十歳以上お齢が下の方に大年増を押し付けようとなさるとか、私の気持ちをとても理解してらっしゃる・・・ではなくてですね、こうして冷静になってみるとただの嫌がらせではないですか!」

「いや、いま大切なのはお前と公爵閣下の年齢差ではなく商国の行末」


「何をおっしゃってるのですか!お祖父様は『お前の良人として最良の相手が見つかった』とおっしゃったのですよ?ええ、私もこの齢ですからね?既に諦めも付いていますしどこかの大店の店主の後添えにでもなるしか嫁ぎ先など無いと諦めていたのですよ。それが『婿が見つかった』などとぬか喜びさせておいてこのざま・・・」

「いや、婿が見つかったとまでは言ってはいない」


「ええ、ええ、確かに私はこのように引っ込み思案で人見知りでございます、その上面食いでどちらかと言いますれば年下の殿方が好きな行き遅れ、少し見目が良いだけで何の取り柄もない箱入り娘で『コラリエの桃色珊瑚』と呼ばれ、蝶よ花よとちやほやされていたのも昔の話。今では「トゥヤーム商会一番の売れ残り」や「やり手のサラサールが唯一売却先を見つけられなかった不良品」とまで言われる始末」

「いや、だからそれはお前の被害妄想であると」


「そんな私が初めて、そう、初めて心を蕩けさせたお方・・・ああ・・・この気持さえ知らなければこの先も何一つ楽しみ無くとも生きていけましたものを・・・」

「いや、お前は結構多趣味であったと思うのだが?そもそも嫁に行かなかったのはお前が相手を気に入らず勝手に全て断っていただけ。なのにどこからか私が全部邪魔をしているなどと噂に」

「その様な言い訳など聞きたくありません!」

「えー・・・」


何故か国の事ではなく孫娘の事で頭を抱える爺さんであった。

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