北へ南へ編 閑話 商人の孫娘と他国の貴族様 その1
その日も何気ない退屈な一日が始まると思っていたのにお祖父様に「お前の良人として最良の相手が見つかった。今すぐその方にご挨拶に伺うから一番のドレス、一番の宝飾品を身につけて用意せよ」といきなり伝えられました。
まさかあのお祖父様がそのような事を言い出すなんて思いもせず、少しのあいだ口を開いてポカンとしてしまったのは仕方のないことだと思います。
今までお父様がどの様な男性を連れてきても首を縦に振らなかったあのお祖父様ご本人が選ぶ殿方・・・いったいどの様な出自の方なのでしょうか?とても興味が湧いてしまいます。
二人で乗り込んだ馬車の中、いつもより饒舌になるお祖父様に聞いた話ではお相手の方は他国の貴族様・・・それも侯爵様だとか。
確かにお祖父様はこの商国で商議員をなされてますがその権威はあくまでも商国内だけのこと、他所の国ではただの大商人と扱いはそれほどかわらず・・・。
それなのにその孫娘が他国の侯爵様の側室になどなれるのでしょうか?
何よりも私、既に25歳という大年増なのに・・・。ああ、お相手の方がよほどのお年なのかもしれませんね、だって侯爵家のご当主様なのですものね。
そして到着した先お祖父様と二人馬車から降りた先に見えるのは・・・確かここは数年前に海に出たまま遭難された方のお屋敷ではなかったかしら?そのまま廃墟と化して荒れ地となり、ずいぶん長く放置されていた場所だったはず。それがこの様な・・・
「なんだ、なんなのだこれは・・・」
「これはなんとも・・・すばらしいお屋敷ですわね、いえ、お屋敷はまだ見えてもおりませんけれど・・・」
まず目に入ったのは深い堀。狂いもなく同じ幅で外周をくるりと一周しているように見えます。
そしてその内側には真っ白な高い外壁。そう、いっぺんの穢もない白。
その壁には継ぎ目が無く、全周にわたり柱の浮き彫り、そして柱と柱の間には精巧な戦士や魔物の彫り物、あら、向こう側は違う彫り物ですわね?戦士が女性に跪いている姿・・・もしかしてこれは何かの続き物、物語になっているのではないかしら?
じっくりとお屋敷の外周を見学して回りたい衝動にとらわれてしまいそうですが・・・ぐっと我慢、だって今日はこのお屋敷の主様にご挨拶に来たのですから。
そしてその様な方にお目もじしたいと思うのは私達だけのはずもなく、重厚な青銅製の扉の前にはうちにいらっしゃったこともある商議員の方、おそらく服装から商国の商人の方、そして他国の商人の方までちらほらと・・・全部で百名ほどはいらっしゃるのでは無いでしょうか?
いえ、そんなことよりもあの青銅製の扉のなんと素晴らしいことかしら!大きな竜の顔、今にも息吹を吐き出さんかの様なその躍動感、生きている様な表情のなんと恐ろしいことでしょうか!炎揺らめくその瞳は・・・火の魔水晶ですよね?まさか魔水晶をこの様に使われるとは・・・。
ああ、これだけでもこのお屋敷の主様の美術に対する造詣の深さが伺われます。
・・・これはなんとしても側室の一人として、いえ、贅沢はいいませんので愛妾の一人としてお迎え頂きたいです!
むしろこのお屋敷の管理人など任せていただけませんかしら?
そんなやくたいないこと考えている私の隣ではお祖父様がなにやらお知り合いの方?に声を掛けていました。
「そこに居るのはハフィダーザではないか?というか港に居ないでこのようなところで何をしているのだ?」
「これはこれはトゥヤーム商会のサムサール様とトゥニャサお嬢様ではありませんか。昨日侯爵閣下より滞在中のお世話を任せると仰せつかりましたもので港の方は部下に任せてこちらに詰めさせて頂いております。サムサール様も侯爵様にお取次ぎのご希望でしょうか?と、言いましてもお屋敷の中からどなたかが出てこられるまではこちらからご連絡することも叶わぬのですが」
はしたないとは思いながらも顔をキョロキョロと動かし周りを確かめてみますが・・・確かに門番の方はいらっしゃらない様ですね。
「ほう・・・それは恐らく『別に自分からは誰とも合う必要はない、もしも面会したいのなら黙って大人しく待っていろ』と言うことであろうな」
「ああ、なるほど・・・さすが大貴族様ですな、我々商人の様にセコセコと動き回らずどっしりと構えてらっしゃる」
お祖父様の自重気味の声にやや皮肉じみた声でそう答えるのは・・・どちらの商人様かしら?何にしてもその貴族様のお屋敷の前でその様な事を口に出す方、大した商人では無いのでしょう。
とりあえず待ち時間の間お屋敷の外周を周って来ては駄目かしら?ええ、もちろん勝手な行動は致しませんがほら、時間は有効に活用するべきでしょう?
・・・お祖父様にたしなめられてしまいました。まぁ良いです、堀に掛かる橋と門扉の観察をしておりますので。
そんなこんなで精巧に作られた門扉の鑑賞をしている間にお屋敷の内側から鍵が外される『ガチャリ』という音、そしてゆっくりと開いていく青銅製の重厚な扉。
思ったほど待ちませんでしたわね?えっ?あれからもう小一時間過ぎている?
中から現れたのは扉に描かれた竜ですら逃げ出してしまいそうなほど邪悪、凶悪、そんな漆黒の全身鎧を身にまとった騎士様。
「ハフィダーザは居るか!ラポーム閣下が門前での騒ぎの説明をお求めである!」
その地獄の門番もかくやと言うお姿とはウラハラになんと美しく澄み渡った、それでいて辺りに響き渡る凛とした声なのでしょうか。先程までざわめいていた扉前の人達があっという間に、まるでそのお姿と声に凍りついたように収まっていきます。
そしてそんな中
「皆様、これから侯爵様に面会の申込みをして参りますので今しばらくお待ち下さいね?」
・・・ズルくありませんか?私も騎士様に駆け寄りその身にまとう鎧をじっくりと観察したいですのに!ああ・・・行ってしまわれました。
次に扉が開いたのはそれから十分ほど後でしょうか?
先程お祖父様と話していたハフィダーザ?さんと共に一人の可愛らしい女の子が現れ扉の奥、その向こうに続く階段の上にある、こちらは多頭竜をモチーフとした扉を開いて中に案内してくれました。ああ、もっとよく細部まで見たかったのに・・・こちらでも外で一時間ほど待たせていただけないものかしら?
「主の用意が整いますまでどうぞ敷石を進んで頂きました先の内庭でご休憩ください。また、敷石の上以外を歩かれますと屋敷の警護魔法が発動いたしますのでご注意願います。特に壁に触れられますと大変危険でございますので絶対にお近づきになりませんよう」
警護魔法?というのは一体何なのでしょうか?王国では商国と違い魔法が発達しているのでしょうか?もちろん他所様のお宅のお庭を荒らすような無作法は致しませんけれど・・・それにしても美しいお庭です。
白い砂がまるで波打っているような模様を描き、ところどころに点在する石は大海原に浮かぶ島々のよう。
そしてその先に見えるのは・・・天上の神々が暮らす神殿も斯くやと思えるような白大理石で出来た大きなお屋敷。屋根のエメラルドグリーンがさらにその荘厳さを引き立てています。
先程の少女がこの神殿に仕える巫女だと言われても何の違和感もありませんわね。
―・―・―・―・―
ということで(?)行きおくれのお孫さんこと『トゥニャサ』お嬢視点と言う。
最初はサムサール爺さん視点だったんだけどちょっとクドくなりすぎたので書き直し・・・。
このお嬢、骨董品とか美術品の好きなお爺ちゃん、それもゴヤとかダリみたいな少し本道から外れた品が好きなそこそこの変わり者だったりします。
外見的には千夜一夜物語的な感じ、シェヘラザードの妹さんのドニアザードをご想像いただければだいたい正解であります!
そしてハリスくん、顔を知られていない国ではだいたい『ヒヒ爺系のおっさん』だと思われてしまう不幸・・・。
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